第十六話 valediction -決別-

 一方銀行内では、三対一の状況にもかかわらず三人は地下まで押し返されていた。

 中がまだ燃え盛る金庫を背にしながら絶体絶命の状況に追い込まれた三人は既に満身創痍の状態である。


「私の勝ちだな……さあ、武器を捨てて投降しろ! そうすれば命は助けてやる」


「だれが……アンタなんかに……」


 アサルトライフルと杖代わりに立っているのがやっとのピーチャ。

 その後ろでサンは残り二本まで減らされたアームと打ち抜かれたサブマシンガンを持ちながら膝をついていた。


「まだ……負けません……負けられません……」


 頭から血を流しながら、朦朧とする意識の中貧血で震える膝に喝を入れながら立ち上がるセツコ。

 しかし敵は対照的に銃を指で回すぐらいには元気である。


「君たちも負けられない理由を持っているのか……私と同じだな……だがそうとなれば私は君たちにもうチャンスを与えない、お互い正々堂々殺しあおう!」


 ガンブレードを構え乱射し、三人は何とか体を動かすが逃げるのが精一杯である。

 銃を構える隙も無く続く銃撃、オートリロードを最大限生かして攻撃のスキを与えずに確実に与えれる場面では当ててくる。

 今のところ体を掠める程度にとどまっているが、このまま逃げ続ければ直撃を受けてしまう。


「逃げてばかりでは負けてしまうぞ! もっと攻めて来い!」


「言われずとも!」


 銃弾の間を潜り抜けながらピーチャはナイフを抜き近寄る。

 しかしナイフはガンブレードの刃に阻まれてしまい、額に銃口を押し当てられ自分が口車に乗せられた事に気づき、冷や汗が垂れるピーチャ。


「威勢がいいのは良い事だが、相手をよく見て突っ込んで来い」


 引き金は無慈悲に後ろに下がっていく。

 ピーチャはその場から動く事は出来ずにただ動揺して固まってしまった。

 やがて銃声が鳴り響く。

 しかしピーチャに銃弾は当たることは無かった。

 どうやら動かないピーチャ目掛けてセツコが飛び込み、庇ったセツコは床に倒れ込む。


「セツコ!」


 動けないピーチャをかばって銃口の前に飛び込んだのだ、確実に撃たれているだろう。

 ピーチャは心配になり顔をのぞき込む。

 するとセツコの目元に弾丸が通過した後があった。

 放たれた弾丸はセツコの眼球を貫通していったようで、砕けたバイザーから見える顔には目玉らしきものは無かった。

 口と鼻と耳……それと無数の血の涙を放出する穴だけがそこにあるだけだ。


「セツコ!……お前ええええええ!」


 自分の無力さ、そこからくる悔しさとやるせなさをぶつける様にアサルトライフルを撃ち込む。

 しかし少女はそんな状態のピーチャの射線など簡単に読み切り、逆に立ち止まって銃を乱射するピーチャに鉛玉を数発お見舞いする。

 気力を振り絞り、弾切れになるまでトリガーから手を放さずにその場に崩れ落ちるピーチャ。


「仲間思いなのは良い事だ、だが冷静さを欠いては当たる弾も当たらない」


「うおおおおお!」


 そんな少女のうしろから声を上げサンが襲い掛かる。

 だが捨て身の特攻も読み切られ、回し蹴りをみぞおちに喰らい壁に衝突し、崩れ落ちるサン。

 痛みから唸り声を上げ、それでもなお立ち上がろうとするサンは、顔を上げるとその頭に銃を突きつけられていた。


「攻撃する時に声を出すのは敵に合図を送っているのと同じだ、気持ちは分かるが止めた方が良い」


「くそ……くそが……」


 床に突っ伏しながら握りこぶしを作るサン。


「君たちの負けだ、残念だが」


 撃鉄がゆっくりと下がっていく。


「君たちを一人でも捕縛すれば私は軍から除隊できるんだ……もう殺さなくて済むんだ……君たちが最後なんだ……だから、私を許してくれ」


 母親が子供に子守唄を歌うがごとく優しくつぶやく。

 そして銃声が三回連続して鳴る。

 それはバースト銃特有の銃声であった。


「お前ら……無茶すんじゃねぇ!」


 階段上から少女に向かって銃を打ち下ろすセイ。

 もろに直撃を受けた女は血を流しながら膝をつく。


「不意打ちだと……」


 階段から飛び降り着地したセイは少女にバーストハンドガンを向けながらサンに話しかける。


「玄関突破するのに少し時間かかっちまった、わりぃ……選手交代だ!」


「セイ……俺も戦うよ! こいつをぶっ壊す!」


「だめだ、お前はピーチャとセツコを連れて逃げろ! あの出血じゃ長く持たねぇ!」


 二人とも床に倒れたまま動いていない。

 かろうじて呼吸をしているのは分かるが、それも長くは持たないだろう。


「……わかった……絶対に倒せよ!」


「ああ……でももし俺が数分経って戻らなかったら死んだと思って帰投してくれ」


「やだ! 絶対に待ち続けてやる!」


「わがまま言うんじゃねぇ! ……全滅だけは避けろ……分かったら行け!」


 いつになく真面目な表情で叫ぶセイに従い、サンはゆっくり立ち上がりピーチャとセツコを抱え階段を上っていく。


「さて……わざわざ待ってくれていたんだろ? ありがとうな」


「何……君のその犠牲の心に感心していたんだ」


 サン達の様にボロボロになり出血をしながらも三人を逃がし、この場に残ったセイに少女は感心していた。

 ここまで仲間を思い、自分を犠牲にしてでもこの場に留まる……それは普通の人間では出来ないことだ。

 だがセイは、おとぎ話や英雄譚の登場人物の様に勇敢でかつ仲間を想いここに立っている。


「君は英雄になれる……どうか私の屍を超えて英雄になってくれ……むろん、私も全力を尽くすが」


「聞いたぜ、負けられないんだろ?」


「ああ……私はこの戦いで勝てば軍を抜けて一般市民として生きる約束をしているんだ」


「そんなのをあの国が守るとは到底思えないんだがな……」


 軍から抜けるなどそれだけでも危険なのに、機密の塊であるクローン兵士が兵士をやめて普通に生きることなどまず無いだろう。

 だが彼女はそれを信じ、糧にして戦っている。

 守られぬ約束とも知らずに。


「守ると約束してくれたのだ、だから私は全力で報いるのみ!」


「そうか、なら俺も全力で相手してやるよ!」


 お互い一気に間合いを詰め接近戦を始める。

 セイはナイフでガンブレードを弾き、引き金を引こうとしたらハンドガンを構え回避行動を取らせる。

 少女は体術とガンブレードの取り回しの良さを生かし、つかず離れずの距離を保ちながら常に射程距離にセイを収める。

 互いに自分の間合いに相手を連れ込もうとありとあらゆる手を尽くし、一瞬の油断すら許さない高度な読み合いを続ける。

 だが先ほどまで別のクローン兵士と戦っていたセイはその傷が癒えぬ状態での連戦であり、読み合いを続けるには少々無理があった。

 そこでセイは背中のトラップを格納する場所に手をやり、少女がナイフではギリギリ届かない間合いに入ってきた時に思いっきり振りぬく。

 手には一階で破壊されたサンのデストロイヤーの背部についているアームが握られており、アームの先にあるレーザー口を思いっきり少女の顔面に叩きつけ、怯んだところにバーストハンドガンを向けるが片手で側転をしながら少女はセイの腕を狙い発砲する。


「くそっ! アリかよそんなの!」


「くっ、やってくれる……」


 ただでさえ劣勢の中、手を犠牲にする事が出来ないと踏んだセイは即座に射線から逸れ間合いを取り、喉奥からせり上がってきた血痰を吐き出す。


「こりゃ、俺も腹を括らないとな……」


 バイザーの端には残りエネルギーが8%と表示されており、もう後がない事を告げている


「私の目的は君たちを一人でも捕縛する事、君さえ捕まってくれれば命までは失わなくて済む」


「馬鹿言え、あいつらがそんな優しく扱ってくれるかよ」


 再びバーストハンドガンを構え間合いを詰めるセイ。

 それに合わせて少女もアームでリロードをし、間合いを放していく。

 そしてそんな二人の数分にも及ぶ死闘は意外な形で終わりを迎える。


「喰らえ!」


「はあ!」


 お互いの腹に武器が刺さる。

 相打ちである。

 女の腹にはセイのナイフが刺さり、セイの腹にはガンブレードが深々と刺さる。

 暫く二人は見つめあったまま動かなかった。

 早打ちのタイミングを見極めるガンマンの様に真剣な眼差しで血を流し続けながら見つめあう。

 そして血が地面に滴り落ちた時、二人は動き出す。


「……くらええええええええ!」


 セイはナイフを押し付けながら、そして少女はハンドガンの銃口を同じく腹に押し付け、引き金を引き何発かセイの腹に打ち込む。

 しかしながらセイはそれでも怯むことなく少女を燃え盛る金庫へと押していく。

 セイの気迫に押され、一瞬反応が遅れた少女も両方の銃の引き金を引き抵抗するも二人して燃え盛る金庫の中に飛び込んでしまう。

 まだ床が燃えていない部屋の中心まで二人は進み、そこで少女が倒れセイは女に覆いかぶさる形で同じく倒れ込む。


「……お前は逃げろ……仲間が……待っているんだろ……」


 少女が呟く。

 だがセイは首を横に振った。


「この出血では……流石に俺も逃げられない……かな……」


「まだ……動けるだろう……入り口が崩れる前に……君には未来がある……」


「未来か……はは……ははは……確かに、見てみたいな……でも……」


 入り口が崩れる音がする。

 入り口の金属が熱膨張を起こしたせいで壁が崩れたようだ。

 いよいよもって出口がなくなってしまいセイは女の上から退け、横に大の字になって寝転がる。


「時間切れみたいだ……」


「馬鹿者め……お前ほどの男が……こんな所でくたばるなんて……」


 少女は悔し涙を流す。

 だが燃え盛る炎の中、その涙もすぐに乾いてしまう。


「はは……人生、上手くいかないもんだな……でも……ただじゃ終わってやらねぇ……」


 セイは最後の力を振り絞り回線を開く。

 バイザー端に写ったエネルギーは残り2%。

 何とか開いた回線を結城につなぎ、ノイズだらけの結城の声が聞こえる。


「セイ君! 今どこだ! サン君達も帰って来たんだ! 君も早く! 追手が来てしまう!」


 どうやら三人は無事に帰れたようだ、しかし追手が迫ってきていると言う事は半ば追跡を振り切る形になったのだろう。

 焦る結城の声、しかしセイは逆に安心した声をしていた。


「あいつら……帰れたのか……よかった……」


「ああ、だから君も早く……」


「伝言……頼めるかな……結城さん……」


「……何を……言っているんだい?」


 結城も今のセイの状況を少し理解したようだ。

 呟くような声、ノイズまみれの通信。

 そこから割り出される最悪のシナリオ。


「皆に伝えてくれ……俺を……忘れてくれって……俺を忘れて……恨みだけで行動しないでくれって……おね……がい……し……ま……す……」


 そこで通信は途切れる。

 エネルギーが完全に切れたようだ。


「お前……」


「へへ……俺も……………男だ……悔いは……残……………さ……ねぇ……」


 その言葉を最後に、セイは動かなくなる。

 それを見て女は天井を見ながら遠のく意識の中、再び涙を流した。


「私は……いや、私も…………悔いは残したくなかった……なのに私は…………君を……もう少し……知りたく……なって……し……まった…………よ……」


 最後にセイの手を握り、女も目を閉じる。

 燃え盛る金庫の中、二人は目を閉じ真っ赤な炎の真ん中で眠りについた。




 セイの通信が途切れたタイミングで、結城は船の上で涙を流していた。


「結城さん……セイは……まだなんですか!」


「……」


 カトルの問いかけに結城は黙ったままだった。


「セイが早く来ないと追手が来ちまう!」


 焦るサンが下水放流口をのぞき込むと、奥に集まっているクローン兵士が見えた。

 それを見た結城は静かに船を前進させた。

 船は下水放流口を後にし、エンジンを唸らせながら川を下っていく。


「結城さん! まだセイが乗ってないです! 止まってください!」


 カトルが結城の肩を掴み揺する。

 しかしその手はすぐに結城の肩から離れた。

 カトルには見えたのだ……結城の頬を伝う一筋の涙が。


「嘘ですよね……結城さん……」


「もしかして……」


 カトルとサンは茫然と結城の顔を見る。

 結城は前を睨みつけたまま涙を流し、奥歯からはギリギリと歯のこすれる音が聞こえた。

 誰もがセイの状況を理解し、サンは下を向きながら静かに涙を流しカトルは拳が震えるほどに強く握っていた。


「あのバカ……骨は拾えないって……言っただろ……」


 涙声のカトルの言葉を最後に船の上での会話は無くなってしまった。

 船はやがて水上に止まる貨物機に到着する。

 貨物機に乗った後海斗がピーチャとセツコの応急措置を始める。

 セツコは目元に包帯を巻きつけられ、ピーチャは全身に包帯を巻きつけられている。

 他にもカトルやサンは二人ほどではないが痛手を負っており、絆創膏や湿布などを体中に貼った痛々しい姿になっている。

 四人は朝の日差しの中、貨物機の椅子に寝転がりながら療養するはめになった。


「結城……少しいいか……」


「はい……」


 貨物機後方に座っていた猫背の結城の隣に海斗が座る。


「セイは……その、残念だった……俺のミスだ……敵がこんなにも早く仕掛けて来るとは想像できなかった、読みが甘かった……」


「仕方がない……とは言えませんが、でもみんな最善を尽くしたので……海斗さんだけの責任じゃありません……すべての元凶はあのCEOなんですから……」


 皆最善を尽くしていたのは誰が見ても明らかだった。

 ボロボロになりながら立ち上がり、作戦を成功させようと必死になった。

 誰も彼らを責められない……責めてはいけないのだ。


「ああ……必ず父さんを止めて……もう誰も悲しい思いをしない世界を作るんだ……」


 時刻は午前六時半、貨物機はアジトに到着する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る