第十七話 Great Mother's Embrace -母なる慈愛-

 アジトでは他の皆が起きた所で、皆自主練に励んでいるのが貨物機の窓の外から見える。

 着陸した結城たちは貨物機を所定の位置に戻し、怪我をした価値無したちは海斗と小夜が運び皆医務室に向かう。

 その中で特に重症なピーチャとセツコはすぐに海斗が手術を始め、アンダーは皆を貨物機や医務室に近づけない様に森の中での仮戦闘訓練を指示する。

 その間結城はイバン・ラークの死体をアジトの裏に埋め墓を建て、その横にもう一つ墓を用意し、墓碑銘を刻み込む。

 墓づくりに時間がかかったせいで真上に上がった太陽に照らされたそれはセイの墓である。

 しかしその下にはある筈のセイの死体は入っていない。


(墓なんて初めて作ったけど……なんて虚しいんだろう……完成した今、人が死んだ実感が湧いてきてしまう)


 初めての仲間の死、結城はそれをすぐには受け入れられなかった。

 最初の作戦は順調に進み、無事に終えた。

 今回もそうなるだろうと思っていたが、それは甘い考えだったようだ。

 無傷で済んだものは誰もおらず、それどころか死人が出てしまうという最悪なシナリオを呼び寄せた心の緩み。

 慢心、不運、怠慢。

 何が原因か考えるなんて無駄なはずなのに、結城の頭の中は原因究明を繰り返し続け、答えのない問いを量産する。


「あの……」


「うん?」


 呼びかけられ、後ろを振り返るとそこにはナナが居た。

 非戦闘員になってから朝早くに掃除や訓練用の荷物などを用意しており、その関係かアジトの裏に居る結城に気づいたようだ。


「それって……誰のお墓ですか?」


「これは……」


 まだ皆に死者が出たことは伝えていない。

 一応朝食後に皆に伝える予定ではあったのだが、海斗は手術に忙しく。

 アンダーも海斗のいない所で無暗に仲間の死を伝えるわけにもいかず、結局昼まで伝えきれてはいなかった。

 結城は悩んだ。

 ここで伝えてしまっては皆に動揺が広まり、良くない結果を生むかもしれない。

 だが仲間の死をひた隠しにするのは罪悪感があった。

 結城は決心して口を開く。


「この墓は……カトルの恩人のイバン・ラークさんの墓と……戦死したセイ君の墓だよ」


「っ⁉」


 ナナは口を押えて固まってしまった。

 無理もない、今初めて伝えられたのだから。

 大の大人だって信じたくないその事実をこんな小さな少女が受け止められるはずもなく、ナナは目から涙があふれ出ていた。


「セイさん……死んじゃったんですか……どうして……」


「……仲間を……サン君達を助けるために……単身敵を倒すために……」


 最後の通信を思い出す。

 通信は途切れ途切れで、声もノイズ交じりではっきりとは聞き取りにくかった。

 しかし声は安らかで、穏やかに感じられた。

 セイはきっとやり遂げたのだろう、その命を代償に敵を倒したのだろう。

 だから彼も、満足したのだろう。

 だから結城はセイの最後の伝言を、ナナに伝えた。


「セイ君は最後に言っていた……自分の事を忘れてほしいって……自分の事を忘れて、国に恨みだけで行動しないでほしいって……」


「……気持ちは分かります」


 セイが最後に伝えた言葉は、きっとサンやカトル達に伝えたかったのだろう。

 彼らは今回の失敗で今、国に恨みを募らせているはずだ。

 だが恨みだけで行動すれば必ず失敗するだろう……それに、平和の道とはかけ離れている。

 それを思って伝えたのだろう……しかしこれを皆に伝えるには心配な点が一つあった。


「でも、この事皆に伝えたらきっと……敵討ちに行ってしまうと思います……」


 そう、セイは死に際にまで仲間の事を思い死んでいった。

 自分の事ではなく。

 それを踏まえたうえでセイの伝言を皆に伝えれば敵討ちに出るものも出るだろう。

 そうなれば統率が取れない。

 いくら優秀な装備と練度があっても統率を失い烏合の衆となっては成せるものも成せなくなってしまう。


「でも伝えない訳にはいかないんだ……セイ君が最後に言った言葉だから……」


 それでも伝えなければいけない、伝えない訳にはいかない。

 結城の中にはそんな使命感が渦巻いていた。

 だが何を思ったのかナナはそんな結城をそっと抱き寄せた。


「き、急にどうしたの?」


「結城さん……気づいて無いかもしれないけれど……さっきからずっと、涙が止まってません……」


 ナナにそう言われ結城は自分の頬を触る。

 すると確かに濡れていた。

 結城は全く気付いていなかった、涙が流れていたことなど。

 いつからなのだろうか?

 そして涙が流れているのを実感してから、結城は少し恥ずかしくなり俯いてしまった。

 そのまましばらくナナに抱き着かれていると、ナナは小さな声で話し始めた。


「私昔から落ちこぼれで……その時私と一緒にダメダメな子がもう一人いたんです……その子とはすぐに仲良くなって……時々泣きそうなときはお互いにハグをして……慰めあっていたんです……結城さんも辛いことがいっぱいあって、それでも使命感もあって……自分を赦す事も出来てないんだと思います……だから……私でよければ話を聞きます……だから、皆の前では笑ってあげてください」


 たどたどしく纏まっていない話だが、それを聞いて結城の涙はさらに溢れてしまった。

 確かに結城はここに来てからずっと自分を律してきた。

 海斗とアンダー、そして結城の三人で皆をまとめ上げていく都合上弱音は吐かずに皆に接してきていた。

 いま仲間が死んだ後も出来る事をして、そして心苦しいが皆に伝えるべきことは伝えなければいけないと、言い聞かせ続けている。

 だがナナはそんな結城の中の抱え癖を見抜き、慰めた。

 ずっとナナに抱き着かれていただけの結城だったが、結城もナナに手を伸ばしお互いに抱き合う。

 そうしてしばらくした後、結城は恥ずかしさで壁によりかかりながら顔を覆っていた。


「大の大人がこんなに泣いてるところを見せてごめんね……」


「いえ……それに私は泣かない人の方が不安です……」


 ナナは最後まで結城に優しい言葉をかけてくれた。

 結城は数日前のただの一般人だった頃を思い出した。

 そのころは泣き言や弱音などを職場で吐いたって誰も相手にはしてくれなかった、もちろん職場外でもそんな甘えを許してくれる人はいない。

 だが彼女は結城より過酷な所で過ごしてきたはずなのに、他人を気遣う余裕がありその優しさはまるで……。


「君は俺の母親みたいだ」


 恥ずかしいが、率直な感想。

 こんなにも他人を気遣える人間は他にはいないだろう。

 だがそれを聞いたナナは笑っていた。


「うふふ……結城さんが自分の事を俺って言うのは初めて聞きました」


「え? ……ああ……そうだね、言ったことなかったかも」


 確かに結城は職場や皆の前では一人称は自分にしている。

 だが一人の時ではラフに俺と言っていた。

 それが今ここで出てしまったと言う事は、きっと今結城は安心しているのだろう。


「安心してくれたようで何よりです……じゃあ私は皆のスーツを掃除しますので……」


「うん……なんだか色々ありがとうね……俺は君のお陰で自分を取り戻せた気がするよ……ありがとう」


「私なんかでよければいつでも話を聞きます……では」


 ナナは頭を下げて、倉庫に向かっていく。

 ナナが遠くに行ったあと結城は新品の煙草の箱を開け、一本取り出して火をつける。

 普段は彼らの事を思いあまり吸わないようにしているのだが、今日はそれを破り一服し、そして一本吸い切った後、残ったたばこ全てに火をつけ墓の前に置く。


「昔の日本という国ではこういう風習があったはずだ……」


 少し違う気もするが、結城は満足げに煙が昇っていく空を見る。


「俺が次タバコを吸うときは……すべてが終わった後にするかな……」


 今まで悔しさを滲ませ続けた表情だった結城は、清々しく笑う。


「青春ですね」


「うおあ! びっくりした……小夜さん?」


 窓から顔をのぞかせながら小夜がこちらを見る。


「いつからそこに……」


「抱き合ってる辺りですかね?」


「ほぼ最初っからじゃないですか……」


 結城は全然気づかなかったが、小夜は静かに事の顛末を見届けていたらしい。

 しかし小夜は海斗の手術の助手をしていたはずなのだが、ここに居るという事は手術が終わったのだろう。


「あ、海斗さんの手術が終わったので皆集まって今回の話をすると……」


「なるほどね……どこでするの?」


「会議室ですね」


「了解」


 結城はその場を後にして会議室に向かう。

 その背中を次は小夜が見送る。


「……結城さん……気持ちは分かりますけどタバコは消して行って欲しかったですね……」


 小夜は窓から外に飛び出てタバコの火を消し、小夜は二つの新品の墓を一瞥する。


「……私のせいでこんな事になってごめんなさい……どうか安らかに眠ってください」


 手を合わせて黙祷する。

 その顔には少しの罪悪感が見え隠れしていた。




「皆、集まってくれてありがとう」


 会議室にハジメ、ノイン、ナナ、ハチ、ティオと海斗、結城、アンダーが椅子に座っていた。

 いつもとは違いスカスカな席に、ハジメが疑問を投げつける。


「あの……今回作戦に参加してた人は?」


 ハジメの何気ない質問が結城たちに刺さる。

 伝えるべきか否か、海斗は悩んでいるのかいつものようにすぐに返答しない。

 アンダーもそんな海斗を見るなりため息が出ている。

 そんな中結城が口を開く。


「カトル君、サン君は怪我の療養中でピーチャさんとセツコさんは重症により入院……そしてセイ君は……」


「結城」


 海斗が言葉を遮る。

 だが結城は喋るのを止めない。


「セイ君は、戦死した」


『⁉』


 空気が固まる。

 作戦に参加しなかった五人は息をのみ、海斗はため息を付いた。

 無理もない、初めての仲間の死なのだから。


「サン君達を守るために単身敵と戦ったんだ」


「結城!」


 海斗が大きな声を出す。

 恐らく彼らに隠し通すつもりでは無いだろうが、タイミングを考えて言うつもりだったのだろう。

 それを結城が急に話し始めたものだから、海斗の顔は驚きと怒りが混ざっていた。


「何を考えて喋っているが分からないが……事前の準備も無しに皆の不安を煽らないでほしい……」


 諭すような口調。

 だが結城は遠慮をしない口調で返す。


「海斗さんはセイ君の死を隠し通すつもりじゃないんでしょ? それにいずれ言うなら今言った方が良い、すぐにでも」


「ここは組織で運営しているんだ、タイミングってものがあるだろ!」


 机をたたき声を荒げる。

 だがそんな海斗を見ても結城は引き下がらない。

 前の結城なら遠慮して海斗に流れを任せていただろうが、今は違う。

 確かに海斗の言う通りここは組織で運営していく都合上下手に不安を煽るのは良くないのかもしれない。

 だが人の死をタイミングを計って言うの結城にはできなかった。

 仲間の死であれば尚更である。


「タイミングなんて無いですよ、今回の作戦で敵は待ち伏せを仕掛けてきたんです……つまり敵は少しずつこちらを掴んでる、ならタイミングなんて計ってる暇はないでしょ……」


「……しかし」


「しかしも何も無いです、俺らは今少しずつだけど追い詰められている……長期戦になれば全滅は免れない、そうしたら何もかもが無駄になる! セイ君の死も、命を張った皆の行動も!」


 ここでは全く見ることのなかった結城の強い言葉遣いと表情。

 その熱意に押されたのか海斗は椅子に再び座り直す。

 無音の空間、だがその空間で再び声を上げたのはアンダーだった。


「俺も結城と同じだ、こいつ等は仲間思いな奴らだ……セイの死を伝えるタイミングを見計らうってのは野暮だろう」


「アンダー……」


 アンダーは元軍人だったからなのか、どこか悲しい顔をしながら海斗を見る。

 それを見て海斗は大きなため息を付く。


「お前らの言う通りだ……少し悠長に物事を考え過ぎてしまったかもしれない……悪かった」


 皆を一瞥した後頭を下げる。

 そんな海斗に次は結城が語り掛ける。


「海斗さん、実は自分……セイ君から伝言というか……遺言を聞いていまして」


「何?」


「セイ君は最後に自分の事を忘れて、皆恨みだけで行動しないでくれって……」


「セイの野郎……」


 遺言を初めて聞いた海斗とアンダーは悔しそうな顔をする。

 他の仲間も皆、言葉を失っていた。


「セイは……自分の事より仲間の未来を優先しているんだな……」


「恐らく、そうでしょう」


「なら進まなきゃな、セイは此処で皆足踏みをする事なんて望んでないだろう」


 海斗が、握りこぶしを作る。


「次の作戦はなるべく慎重かつ、迅速に取り掛かれるように俺は準備をする……アンダー、俺は暫く自室に籠る、済まないがその他の事は任せても大丈夫か?」


「ああ、頼ってくれ」


「ありがとう、じゃあ今からアンダーにこの基地の事は任せる、俺は次の準備に取り掛かるから、分からない事はアンダーに聞いてくれ、では今日は解散しよう」


 海斗が皆にそう伝えると早速ノインが手を上げる。


「質問がある……皆怪我したのは分かったが、今どんな様態なんだ?」


 ノインの言う通り怪我をしていた彼らを見ていないノイン達からしたら実際どんな状態かは手術をした海斗が詳しく知っているだろう。

 皆一斉に海斗の方を見る。


「……皆ついてこい」


 海斗がゆっくり部屋を後にし、皆その後についていきまずはカトルとサンが居る医務室に入る。

 二人とも包帯が体の多くを覆っており、非常に痛々しい姿になっている。

 普段騒がしいサンも、クールな表情で凛とした立ち振る舞いをするカトルも苦悶の表情を浮かべながらベッドの上で寝ている。

 今回の作戦で敵もかなり本気で迎え撃ってきているのが分かったのか、作戦に参加していない彼らは皆息をのむ。


「二人とも骨の何本かにヒビが入っており、外傷もひどい……すぐには動けないだろう……」


 仲間の瀕死の姿を見て皆言葉を失っていた。


「……次に行こう」


 次はピーチャとセツコが療養している部屋に向かう。

 二人の部屋はカトルやサンが居た部屋とは違い、仕切りがあり点滴も刺されている。

 酸素マスクを付けられたその姿は先程の二人より痛々しさがあり、眺めているだけで涙が出そうだ。

 ピーチャはミイラのように包帯を巻かれ、身動きが取りにくそうに見える。

 そしてセツコは体にまかれた包帯は皆より少ないものの、目元にまかれた血の滲んだ包帯が傷の深さを物語っていた。


「セツコは何があったの?」


 ティオが指をさして質問をする。

 他の三人と違って顔だけを覆う包帯に違和感を感じたようだ。


「セツコは……銃弾が両目を通過したことにより眼球が吹き飛んだ……もう確実に視力は戻らない」


「まじかよ……」


 アンダーが驚愕の表情で呟く。

 結城もそれを聞いて手で口元を抑えた。

 戦っていれば体の一部が吹き飛んだり使い物にならなくなったりすることは出てくるかもしれない。

 しかし分かっていてもこれはあまりにも酷い。

 もうセツコは戦えない、それを本人が知ったらどんな表情をするだろうか。


「四人は一応遺伝子組み換えでダメージに対する回復能力は人よりは高い……だが起き上がれるのか、微妙なところだ……今は安定しているがここの設備では出来ることは限られている……」


 心電図は安定しているが、それも何時止まってしまうのか。

 止まってしまえば彼らはこれから変わる世界を目の当たりにすることが出来ない。

 そうなれば彼らも報われないだろう。


「四人は今こんな状況だ……辛いかもしれないが君たちも戦えばこうなるかも知れない……それでも皆力を貸してほしい」


「別に今更怖がらないよ、元々付いて来なかったらこれより酷いことになってたし」


 ティオがあくびをしながら喋る。

 それに続くように皆も口を開く。


「俺も構わん」


「ア、アタシも……みんなの為に戦うよ」


「僕も大丈夫です……皆をこんな状態にした国相手に今更下がる気はありません」


「ありがとう……さて、皆とりあえず解散だ……後は頼んだぞ、アンダー」


「おう、任された!」


 五人とアンダーは部屋を後にし、結城も部屋を後にしようとすると海斗に肩を掴まれる。


「結城、一服しないか?」


「……分かりました」


 場所を倉庫に移し、海斗がタバコを取り出す。

 海斗はタバコを一本咥え、もう一本を結城の方に向けるが結城は手を振って断る。


「禁煙中か?」


「いや、まぁ……そんな所ですかね……」


「ふぅん……なら俺もこの一本で止めておくかな」


 タバコに火をつけ、ふかす。


「なあ結城……お前急に性格が変わったように見えたが何かあったのか?」


「え? ……ああまあ……ちょっと吹っ切れましたね」


「そうか……最初あった時とまるっきり印象が変わったからビックリしたぞ」


 海斗がそう言うと結城は笑ってしまった。


「ははは、お互い様ですよ」


「え? 俺もか?」


「海斗さんだって最初キャッチみたいな口調で近づいてきたじゃないですか」


「いやあれは……お前を連れていくのにどういう話し方をすればいいのか分からなくて……書類上の情報しか知らなかったからな」


「ああそれで……てっきりあっちが素なのかと……」


「……俺はそんなに愉快な奴じゃないよ」


「俺も愉快というより乱暴者なんでね……お互い外面じゃ分からないですよね」


「そうだな……意外に分からないものだ……」


 タバコを吸い切り、携帯灰皿に入れる。


「まあお前が元気そうなら何よりだ……じゃあ俺は部屋に戻るよ、後は頼んだ」


「了解、上手くやりますよ」


 二人は拳を合わせた後、倉庫を後にする。

 そこから夜になるまでアンダーは皆の訓練、結城は小夜から看病のマニュアルを受け取り実際に看病をしていた。

 そして海斗はその間ずっと部屋に居ながらとある人物との接触を図っていた。

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