第十八話 insane peace -狂気たる平和-
「頼む、上手く行ってくれよ」
タブレットを開き回線の周波数合わせ、幾重にもかかったプロテクトをながら作業でこじ開け一方的に通信を送る。
すると音声がタブレットから流れ、次第に映像も映り出す。
「こちらイヴァンディア連合国総司令部総司令官のマ・カーポだ……何者だ?」
「こちらフォルン公国FギアーズCEOの息子の安部海斗だ……お初にお目にかかります」
「フォルンの一企業の息子が何の用だ!」
荒い声が聞こえる。
どうやら快く迎えてはくれなさそうだ。
「突然通信を開いてしまって申し訳ない、ですが我々は貴方たちと敵対をするために通信を開いたのではありません」
「では何の用だ? 悪の枢軸め」
「我々はこの戦争を終わらせるために動くレジスタンスであります、その為にイヴァンディア連合国にはお願いしたいことがあります……もちろん只とは言いません、今から送るデータを開けてみてください」
一つのファイルをイヴァンディア連合国のデータベースに送る。
「……おい、ウイルスチェックを始めろ」
イヴァンディア連合国の総司令官は部下に命令した後ウイルスチェックを待ち、終わったのを確認して総司令官はファイルを開く。
するとざわざわと驚く声が聞こえた。
それもそのはずである、送られたデータはフォルン公国の機密情報である。
「これは……」
「フォルン公国の保有する軍艦のデータに兵器開発のデータです……まだほんの一部ですが」
そう、送ったのは全体の二割ほど、だがそこに記載されている情報は敵国のイヴァンディア連合にとっては喉から手が出るほどに欲しい情報である。
それを敵国から送られた事に未だ信じられなさそうな表情を浮かべる総司令官マ・カーポ。
「……なぜこんなものを送ってくる? 何が望みだ!」
これ程までに美味しい話には裏があるのが世の理であり、当然マ・カーポは海斗に疑いの目を向けるが、海斗は声色を一切変えず話を続ける。
「……我々の望みはただ一つ、戦争の終結です」
嘘偽りのない本心、それを力強く伝えるが総司令官はその言葉に激高した。
「ふざけるな! この戦争は元々貴様らが仕掛けた戦争だ! なぜ我々が貴様らの指図を受けて戦争を終わらせねばならん!」
マ・カーポの言う通りこれはフォルン公国が先に仕掛けた戦いであり、イヴァンディア連合は肥大化するフォルン公国に対抗するために連合国となった存在である以上戦争終結のために動くならばまずフォルン公国が頭を下げるのが先である。
しかし現状はフォルン公国の公王はFギアーズの傀儡であり、頭を下げることは愚か戦争を止めようと思っていても止められないだろう。
だがそれでも止めなくてはならない、どうしても止めなくてはならない。
だから海斗は激高する司令官に熱く語りかけた。
「確かに最初に仕掛けたのは我々の国だ……しかし今国を動かしているのはフォルン公国公王ではない! FギアーズCEOの安部雅人だ! 私の父なのだ! 公王は今やCEOの傀儡! すべての元凶はCEOにある! ……その暴走を止めるにはイヴァンディア連合国とフォルン公国が手を取り戦争を止め、Fギアーズの利益の大半を占める軍需産業を奪わないといけない!」
「ならば貴様がそのCEOを殺せば済む話ではないか! それに貴様の国が多くの兵士を送っているではないか! 貴様らの国民の多くは戦争に賛成しているのではないのか!」
「今のCEOを殺しても軍需産業が無くならない限り暴走は止まらない! そして今前線で貴方達と戦っている兵士は全てクローン兵士なのだ!」
「なに? ……クローン……だと?」
衝撃の一言に戦慄する総司令官。
それもそのはず、ずっと戦ってきた連中が人ではなく作り物なのである。
この事実を知った今、総司令官の顔は先ほどの怒りの表情ではなく、恐れの表情になっていた。
クローン技術で作られた兵士など誰も想像が付いていなかったのだろう。
「そんな……では敵の総数は? 我々が少しずつ勝利に近づいているという考えは……」
「……クローン生産ラインは順当に整備され日に100人は作成されています……そこから一年の教育期間を設けて戦場に放出される……低コストで無限の戦力……底なしの泥沼の戦いなんです」
「馬鹿な……今我々は総力を挙げて前線に兵を送っても殆ど無駄足じゃないか……かくなる上は我々もクローン技術を……」
総司令官の呟いたその言葉に次は海斗が激高した。
「クローン技術の戦争転用など絶対にいけない! それを使えば戦争は更に醜く姿を変える!」
「ええい! 貴様らも使っている技術だろうが!」
「我々はその非人道な技術の悪用を止めたいから亡命まがいの事をしているのだ!」
「知った事か!」
ヒートアップする二人。
だがその間に割って入るしわがれた声があった。
「待ちたまえ、マ・カーポ総司令官」
通話越しからでもわかる落ち着いた声。
この状況で落ちつける人間はそう居ない筈……ならばこの声はきっと……。
「首相!」
「なんだって⁉」
予期していなかった最高権力者の登場。
イヴァンディア連合国首相のハンニバル・チャイコフスキー。
正義感と徹底した真面目さで肥大化するフォルン公国に対抗する為に他国に頭を下げ連合国を建国した元アジア最大の国の首相。
そんな彼の登場に海斗は内心焦りを覚えつつ、海斗はチャンスを感じていた。
ここで思いっきりこの話を蹴られれば海斗たちの働きは全て無駄になる。
しかしここで首を縦に振ってもらえれば国のトップとの約束になり、確実性を帯びる事になるだろう。
「話はここに来る途中に聞いていた……で? 目的は本当にそれだけなのか?」
「……と、言いますと?」
イヴァンディア連合国の首相はこちらの真意を探る様な質問をぶつけてくる。
「君は戦争終結によるFギアーズの衰退を目的にしているようだが……私にはそれだけで自分の身を危険に晒すとは思えん」
「……お伝えしたことが私の中での全てですが……あえてもう一つ理由を挙げるなら、クローン兵士の解放です」
「ほう? 解放とな?」
髭の生えた顎に手を添えこちらを見つめるハンニバルは、今まさに見定めている最中の様だ。
「私は戦争の為に生み出され、戦争によって散っていく作られた命を救いたい……その一心です」
海斗の心の中を口にし、映像のハンニバルを見つめ返すと顎髭を触りながら考える素振りを見せる。
が、ハンニバルが答えを出す前にマ・カーポが間に割って口をはさんだ。
「綺麗ごとを!」
再び声を荒げ、海斗の方を見るマ・カーポ。
しかしそんな彼の肩を掴み、ハンニバルは無理やり後ろに下げた。
「司令官、今彼と話しているのは私だ……口を慎め」
「いやしかし……こんな綺麗ごとを真に受けるのは……」
「綺麗ごと? 実際に彼はデータを我々に明け渡し、聞けば前線で銃を持っているのはクローン兵士だと言うではないか」
首相の言葉にたじろぎながらも返答する総司令官。
「しかし、嘘かもしれません」
「嘘なら彼は馬鹿者だ……しかしここまで現状と合致した話を聞かされれば私は嘘とは思えん……現に敵は我々が予想していた数より多くの兵を戦場に送っている……誰が見ても明らかだ」
「でしたら我々もクローン兵士の導入を……」
「その結果がこの通信なのだろう? ならば我々は彼の提案を受けるほかない……減らぬ兵相手に戦い続けては国民も国も疲弊し……そしていずれは敗戦するだろう……ならばここで提案を受ければ我々にとっても有利だ」
首相の言っていることは正論だ。
このまま戦えば不利になるのはイヴァンディア連合国である。
だが今ならこの情報を盾に有利に条約を結ぶことが可能だ。
「君の提案を受理しよう……で君は終戦条約締結の間どうするつもりかね? 場合によっては君をイヴァンディア連合国で受け入れることも可能だ」
「いえ、私はまだ少しやる事があります……終戦条約締結となればCEOが黙っているはずがないので」
「……なるほど、では頼んだぞ……我々も平和を望んでいるのでな……では我々は今から二週間後に終戦条約の為の手はずを整える、その日まで我々も何とか持ちこたえよう」
「お言葉、感謝します……残りのデータは今から送信します」
「よろしく頼む」
無理を承知でこじ開けた通信が切れる。
「よっっっっっっしゃああああああああああ!」
海斗は両手を上げ大声で叫ぶ。
アジト内にこの声は響くかもしれないがそんなことは関係ない。
一先ず終戦条約締結には大きく動き出せたのだ!
「よし……後は最後の仕上げに掛かからないとな……」
次の作戦の為、社内のデータベースを洗い、なるべく安部雅人の邪魔を出来るような作戦を考え始める。
時刻は少し戻り、昼十二時頃のFギアーズ会議室。
何人かの重役と安部雅人が部屋の中心にある丸いテーブルを囲うように座っていた。
「諸君、武器庫とあの刑務所が襲われたのは知っているかね?」
コーヒーカップを机に置き、皆に尋ねる安部雅人。
「はい……」
重役たちは暗い顔をしながら返事をする。
「つまり私の読みは当たり、レジスタンスが居ると言う事だ……予想通り武器を用いて奇襲を退け、兵器のデータを取っていった」
「しかし安部社長……その……レジスタンスが居るのは良いとして、なぜ画面に海斗様が写されているのですか?まさかとは思いますが……」
「そのまさかだ、あはは」
コーヒーカップを画面に投げつける。
液晶が割れ、映像が映らなくなったがそんなことはお構いなしに喋る。
「私は最初の価値無し脱走事件から即座に幹部の情報を洗った……その中で怪しさがあったのが四人、それから私は何か事件が起こるたびにまず社用のタブレットの位置情報を洗った……一回目の軍港が襲われたとき、海斗は会議に参加しており特に怪しさは無かった……が、違和感があった」
「違和感……ですか?」
ここに居る役員は海斗から発せられる違和感に気づかなかった。
なぜなら海斗は出張に赴いていると言う事になっていたからである。
しかし偽の外泊証や、つじつま合わせの為の会議への出席を行いバレない様に工夫をしていたが、そんなことはCEOにはバレバレであった。
「あいつは私の息子である為ある程度の権力を持っている……それに比べ他に怪しさがあった者は良くても主任……不可能なのだよ、ここまで念入りに準備をするのは」
確かに他にリストアップされた人は皆権力者ではない、しかしそこにあるわずかな疑問に他の人が口を開く。
「しかしイヴァンディア連合と裏で繋がっていればレジスタンスが武器を持っていても不思議ではないと思いますが……」
「ではそこまでを踏まえて今回の襲撃中の皆の位置情報を見れるよう、あらかじめイバン・ラークのデータベースを開いた者の位置情報を取得できるようにしていた」
リモコンを手に取り後ろのモニターに向けるが、先ほど壊したのを思い出し直接ノートパソコンを皆の方に向ける。
そこには幾つかの位置情報が映し出されていたが一つだけ海の上にあった。
それが海斗のタブレットである。
「これは……」
「今回襲撃された場所のすぐ近くにある川の下流はこの太平洋に繋がっている……それに報告では敵はボートで逃げたと聞いている! もう確実じゃないかね?」
「ひ、飛行機の移動での可能性は?」
「ない、数分経っても動かないからな……VTOL(垂直離着陸機)でも使っていれば話は別だが」
「あの海斗様が……」
重役のほとんどは信じられないという顔をしている。
それもそのはず海斗は真面目で熱意のある権力者で、下の者にも敬意を払っていた。
そんな人間が反政府運動をしているとは誰も思えなかった……思いたくなかったのである。
「あはは、私だって信じたくは無いがね……そして恐らくだが海斗はこの抜いたデータを売り飛ばす……もしくはこれをもってイヴァンディア連合の軍門にでも下るつもりだろう……まぁ詳しい事は未だ分からないが、知る術はある……後は前線近くのカルボニア基地からの吉報を待つだけだなぁ……いずれにせよ、必ずこの戦いの終わりには奴らは私の喉元に剣か弾丸を届けに来るだろう、そうしたら私がこの手で屠ればいい……なぁに、簡単な事じゃあないか!」
「はぁ……」
納得できない表情で皆雅人を見る。
自分が殺されるかもしれないのに妙に落ち着いた表情で笑う雅人。
それが誰も理解が出来なかった。
「皆海斗を見かけても不審な行動は取らない様に、私の手で私の子供に絶望を与えてやるのだからな……あはははは、あははははは」
笑いながら会議室を後にしていく。
その場に残された重役は互いに顔を合わせ、この会議の真意を考えていた。
ただ海斗を殺す邪魔をしないで欲しいだけならこんな会議は開く必要は無い筈である。
何かある筈なのだが、重役たちにはそれが分からなかった。
「さて……私の名前が世界中に刻まれるのが先か死ぬのが先か……私は確実に追い込まれている、だからこそ……だからこそ勝利を掴み戦争史に名を遺し、私が愛したこの国で世界地図を埋めるのだ! あはははははははははははは!」
外のカラスが一斉に飛び立つ。
そう、これは利益の戦いではなく安部雅人が世界に名を刻むための戦い。
身勝手な戦争である。
その思想に多くの人が振り回され、死のうともそんなことは関係ない。
彼はこの国を愛して病んでいるのだから。
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