第十九話 good news -吉報-

 セイとイバンの死の翌日、アジトでは目を覚ましたカトルとサンが暴走をしていた。

 二人とも仲間がやられたことに憤りを感じており、それを晴らすために今すぐにでもFギアーズ本社に向かい殲滅戦を始めると言い出し、それを止めるために結城は二人の前に立ちふさがり、医務室から出ない様に二人を抑えていた。


「僕の師と親友を奴らは殺した! 一刻も早く奴らを裁かなくては……また同じことになってしまう!」


「ああ! あいつらは俺らの仲間に手を掛けたんだ! 完膚なきまでにぶっ壊す!」


「二人とも落ち着け! 君らは怪我人なんだ!」


 目を覚ましたとはいえ、まだ何か所か骨にひびや骨折の跡があり万全ではない事は誰の目で見ても明らかだが、二人はそれでもと押し通ろうとする。


「僕らの怪我は死んだ二人に比べればどうって事ない!」


「あいつ等はもっと酷い痛みの中戦ってたんだ! 俺らだって引き下がれるか!」


「それでも! 君らが死ぬと分かっていて死地に向かわせたくない!」


 二人は結城に掴み掛らんとばかりに詰め寄り、結城も負けじと押し返しているが扉まで押し込まれてしまう。

 もう二人を抑えきれない所まで来てしまい、焦る結城。

 そんな時結城が背を押し付けていた扉が急に開く。


「おわ⁉」


 三人とも雪崩れる様に廊下に倒れ、何が起こったのかと辺りを見渡すとピーチャが扉の前に立っていた。


「ピーチャ⁉ 目を覚ましたのか?」


 全身に数か所銃弾を浴び昏睡状態だったピーチャも目を覚ましたようだが、起き抜けの表情は非常に不機嫌そうだった。


「あんたら! 結城さんに迷惑を掛けるんじゃないよ! サンもカトルも死にかけたなら分かるだろ! ……セイが死んだ悲しみでアンタらが暴れるのと同じで、アンタらが死んだら別の人が同じように悲しむんだ……アンタらはそれでいいのか!」


 死の淵から蘇ったピーチャの怒鳴り声を聞き、サンとカトルは大人しくなる。

 二人ともピーチャの言う通りだと思った。

 自分の事は良いと思い、仲間の仇を取るため結城に無理を言ったがピーチャの言う通りそれでは同じことを引き起こすだけである。

 カトルとサンの二人は立ち上がり、結城さんに手を伸ばす。


「……お前の言う通りだ、少し冷静さを欠いていた……でも必ず殺すよ、あいつ等は」


「俺も……少し頭に血、上ってたかも」


 二人とも少し冷静になった表情で反省する。

 だがカトルだけは口調にまだ少し怒りがあるが、それでも先程の様に結城に詰め寄ったりはしそうにない。


「ピーチャ、ありがとう……」


「どういたしまして……いてて……」


 脇腹を抑えながらよろめくピーチャ。


「……医務室に戻った方が良い、歩ける?」


「大丈夫……」


 壁に手を付けながらよろよろと医務室に向けて歩き出す。


「……二人とも、医務室に戻ろうか……大丈夫、今海斗さんが準備をしているから、心配しないで」


「……わかった」


 二人とも静かに医務室に戻っていく。

 それを見た結城は膝の埃を払い、廊下を歩いていた小夜に話しかける。


「あ、小夜さん! ちょっとお願い事が……」


「はい?」


 今丁度カトルやサンの為の料理を持ってきたようで、二人分の料理の乗った台車を押して歩いていたところだった。


「ピーチャが目を覚ましたみたいなんだ」


「本当ですか?」


 あれ程の重症でありながら、奇跡的に目を覚ました事実に驚きを隠せないのか普段冷静沈着な小夜からは想像できない程に驚き、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せている。


「うん、だからピーチャの世話を頼みたいんだけど良いかな? 自分はカトル君とサン君の事を海斗さんに伝えないといけないからさ……」


「……何かあったんですか?」


「……うん」


 結城は先程あったことを小夜に話す。

 すると小夜は少し納得した表情でその事実を受け止めていた。


「気持ちはわかります……」


「自分もわかるよ……でも危険な目には合わせられない、故にもし二人がおかしな行動を始めたら迷わず自分や他の人に伝えてほしい」


「了解しました、では私はこれで」


「うん、呼び止めて悪かったね」


 小夜は丁寧にお辞儀をすると再び台車を押し、カトルとサンの居る医務室に入っていく。

 そして結城は一人になった廊下を歩き、窓の外に見える演習風景を眺めながら海斗のいる部屋を目指していく。

 セイとイバンが死んだあの日から結城は医務室に入り浸り、二人の身の回りの世話や海斗がいない分アンダーの手伝い等と奔走していた中でのあの出来事は結城の中で渦巻いていた。

 結城はあの時もしセイを迎えに行けば助かったのではないかという後悔が時たま結城の心を責める。

 あの通信のノイズとセイの声から瀕死である事も、助けに行くことも敵わない事も容易に想像できたが、それでも皆で力を合わせ追っ手を振り切れば間に合ったのかもしれない。

 実際に目で見たわけではないが故、結城は自分の中で生まれるこの疑問と後悔を誤魔化す術を持ち合わせてない。


「海斗さん? 今大丈夫ですか?」


 心に渦巻かせたまま、結城は海斗の部屋の扉をノックする。


「結城か? ちょうどいい、大丈夫だ」


 中から少し疲れた表情の海斗が扉を開け部屋の中へと勇気を案内し、結城も誘われるがまま中に入っていくと、部屋の中にあるタブレットにはどこかの地図が映し出されていた。


「この地図は?」


「ああ、ちょっとな……それより先にそっちの用を済ませてくれ」


「ああ、はい」


 結城は先程小夜にした説明と同じ説明をし、二人に監視役を付けた方がいいのではないかと提案をする。

 すると海斗は悩む素振りを見せ、ため息を吐く。


「そんな事が……少し見ないうちに問題事が増えたな……だがその問題の解決策を俺は見つけたかもしれない……」


 タブレットを取り出し、何かのログを結城に見せる。

 ログには皆のスーツの状態やバイタルがフィードバックされているようだ、だが前回の作戦に参加した五人の中で一つを除いてログの最新状態が今日の早朝になっており、時間のずれたその一つが結城の目に留まった。


「これって……」


「ああ、これが解決のカギ……になるかも知れない」


 一つだけがついさっきの時刻を刺しており、そのスーツの名前はスケアクロウと表示されている。

 それは紛れもなくセイのスーツであり、ほんの数秒だけのログに結城は僅かな希望を見出す。


「もしかして……」


「もしかせずとも、セイは生きている! 恐らくセイとスーツは鹵獲され、中の情報を見る為に一回セイにスーツを起動させたんだろう……」


 真剣な表情で地図を見る海斗だが、バイタルログが送り出された場所は前線基地のカルボニアと明記されており、地図もそのにピンが立っている。

 しかし結城は海斗がその事について迷いを抱いている事が表情から感じ、その事について質問をした。


「海斗さん、もしかしてセイ君の救出に何か問題がありましたか?」


「……問題だらけだな、これから最後の作戦に向けて情報をまとめていた所だ……だがもしセイの救出に向かうなら、俺達はその予定を狂わさなくてはいけないし何より戦力の消耗は押さえたい……しかしだからと見捨てる訳には……」


「…………」


 海斗の苦悩は痛いほど結城には分かる。

 前回の作戦で敵は完全にこちらに近づいており、戦力を消耗する事も時間をかける事も危険だ。

 それでも結城は心に渦巻いていた後悔をもう一度繰り返さない為に、海斗に作戦の結構を促す。


「……行きましょう、彼らの手元にセイ君が居るなら情報を強請られているかもしれない……それに自分たちが失ったものを取り戻せれば、戦力にも心にも余裕ができます」


「……やはり、結城もアンダーも仲間思いだな……自分が嫌になる」


 苦笑いを浮かべながら海斗は結城を見るが、結城は首を横に振る。


「海斗さんの様な的確な判断は自分には出来ません、いざとなったら切り捨てる強さも……僕には……」


「その強さを冷酷さと見るか、その考えに対する疑問を甘さと見るか……俺も図りかねているよ、でも後悔に足を引かれる訳にはいかないんだ……よし、結城! 皆を会議室に集めてくれ!」


「……はい!」


 決心をした海斗の表情のような明るい返事は二人きりの部屋に響く。

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