第七話 7's tear -ナナの涙-

 一人会議室に置いて行かれた結城は仕方なくアンダーの元に行くと、地下の元々武器庫だった所が、お手製のジムに変わっていた。

 鉄パイプやロープで作られた簡易ジムで価値無したちは真剣にトレーニングに励んでいた。


「潜入の基本は誰が何処に居るか、音や匂いで感じ取らなくてはいけない」


「アタシは耳がいいの! 任せて!」


 親指をぐっと立てながら笑うハチをみて、アンダーは冷静に返す。


「場所は軍港だ、足音だけじゃなくて波の音や鳥の音……それに近くに道路もあるから車の音もするはずだ、その中から足音だけを聞き取るんだ……そう簡単じゃない」


「難問だな」


 冷静に考えて、そんな雑音の中から足音だけを拾うのは難しい。


「まぁ最悪聞こえなくてもばれなきゃいいんだ、その為にも少しでも視線の通りにくい場所選びをしないといけない」


 アンダーは地図のコピーを広げ、どのルートが最も適切か解説をする。

 その光景の中、結城は一人手持ち無沙汰で立ち尽くしていた。

 他の価値無し達は何も言わずに自分のやるべきことを理解し自主練を続け、今回の作戦の要となる ノインとハチはアンダーに潜入の基礎を教えてもらっているこの状況の中結城は何をすべきかすぐには思いつかなかった。


 そんな光景を目の当たりにしてポツリと結城が呟く。


「自分……いるのかなぁ?」


 アンダーは元軍人で戦闘経験もあるし、コックとして皆に料理もふるまっている。

 海斗も自身の立場と権力を生かして、皆のためにいろいろな物や情報をかき集め皆に指示を出しリーダーシップを発揮している。

 だが結城は何か才があるわけでもなく、権力も経験も無い。

 だからこそ結城はここで何をしたら良いのか分からず、静かに皆の様子を眺めていたが、急に背中をつつかれ驚き、後ろを振り返る。


「すいませぇん……ちょっと怪我しちゃって……」


 ナナは突き指をしたのか、少し赤くはれた指を握りながら泣きそうな顔でコチラを見て居た。


「大丈夫⁉ 救護室に湿布があるかもしれないから行こうか」


 半べそをかいているナナを連れて結城は救護室に向かう。

 幸い救護室には湿布が置いており、シップを指に巻き付けテープで補強する。


「これで大丈夫なはず」


「ありがとうございます……」


 少し浮かない顔をしながら指を見つめるナナ。


「どうかしたのかい?」


 心配になった結城はつい尋ねてしまう。


「いえ……私ってドジで何もできないなぁって……」


 最初のドローンを使った訓練で失敗したのを引きずっているのか、悲しそうな表情で笑っている。


「ピーチャさんにも迷惑をかけてしまったし……」


 少し目に涙を浮かべ、膝に手を置きうつむいてしまう。


「最初のドローンの訓練の時にも、私がピーチャさんに誤射をしてしまいそうになって……それに驚いたピーチャさんが撃たれて……」


 ここに来た時から抱いていた劣等感が今吹きこぼれたのか、ポタリポタリと涙が手の甲に落ちていく。

 だが、結城はそんなナナの肩を掴み声を上げる。


「……君は何も出来ないわけじゃないよ」


「え?」


 咄嗟の言葉に驚くナナ。

 彼女の状況は今の結城にも通ずるところがあった。

 自分は何もできないんじゃないかと思い始め、考えれば考えるほどに動けず何も出来なくなってしまう。

 今まさに結城が陥っている状況と同じだ。

 だが結城はこの瞬間ふと思ったことがあった。

 彼らは軍の目標値にたどり着かず、価値無しの烙印を押されて処刑を待つ身だったはずなのだが、今ここでは貴重な戦力として重宝されている。

 つまり今の場所で自分が無力で無能でも、所変われば有能になれるかもしれないと言うことに気づいたのだ。


「確かに君は戦うのには向いていないのかもしれない……でも戦うことが絶対ではないはずだ、君がもし非戦闘員の方が向いているなら自分がアンダーさんや海斗さんにお願いしてみよう」


 それは結城も同じ、海斗やアンダーの様に皆を引っ張っていくのは難しいかもしれないが、彼らのメンタルケアや雑用等は出来る。

 そうやって自分の出来る事を絞らずに考えれば必ず良い方向にたどり着くのではないかと結城は考えた。

 見方を変えれば苦手なことから逃げているだけかもしれない、だがそれでも集団でいるならば苦手な物を自分一人で飲みこみ続けるのは良くない。


「……良いんですか?皆戦ってるのに……」


「君さえ良ければ、その方が良いでしょ? それにちゃんと伝えれば皆も分かってくれるはずさ」


 きっと海斗やアンダーも戦いたくないナナを無理に戦闘に駆り出すことはしないだろう。


「私……ずっと戦うのが怖かったんです……でもその感情は絶対に許されないと思っていました……」


「戦うのは誰だって怖いさ、自分だって君たちを救ったあの夜の前日や当日はどうなるのか怯えてたんだから……」


 まだ数日前の出来事だったはずの眠れぬ夜が今は懐かしく感じる。


「ありがとうございます……話を聞いてくれて……」


 暫く泣きじゃくるナナの頭をなでてなだめていると救護室の扉が開き、メイド服の小柄な少女が旅行鞄を引きながら入ってきた。


「あなたが結城涼真さんですね?」


「あ、はい」


 会って早々名前を呼ばれ、少しびっくりする。


「海斗様からの命で参上しました、月見小夜(つきみさよ)です」


 小柄な少女はスカートの端を摘まみ丁寧にお辞儀する。

 彼女が海斗の言っていた助っ人なのかもしれないが、価値無し達と同じぐらい幼く見える月見小夜に、結城は少し動揺しながら丁寧に頭を下げた。


「あ、ご丁寧にどうも」


 ナナの頭に手を乗せながらお辞儀を返す。


「あら? お楽しみの途中でしたか?」


「いや、そんなことはないから……ところで君は見たところメイドっぽいけど……」


「見た目通りです」


 えっへんと胸を張る小夜。

 ただのメイドに海斗の代わりが務まるとも思わないが、海斗が助っ人として呼んだという事は、恐らく結城の思っている以上に優秀な人材なのだろう。


「あ、やっぱりそうなんだ……じゃあとりあえず皆の元に案内するね」


「よろしくお願いします」


 またも丁寧にお辞儀する小夜。

 まだ少し目元が赤いが、泣き止んだナナも連れてジムに戻ると皆ちょうど休憩を始めた所だった。


「結城、どこ行ってたんだ? ……小夜の嬢ちゃんか?」


「お久しぶりです、アンダー様」


 どうやら旧知の仲らしく、対面早々握手をしている。


「海斗の寄越した助っ人って所か」


「ええ、しっかり働かせていただきますよ」


「そりゃ頼もしい、なあ結城」


「え? ええ……」


 あのアンダーが頼もしいと言える人物である小夜に疑問が残る。


「えっとアンダーさん、この小夜さんとはお知り合いなんですか?」


「ああ、こいつは海斗の秘書だ……海斗と同じぐらい有能な人材さ」


「へ、へぇ……」


 まさかこんな少女が海斗に次ぐ有能さを持つとは、人は見た目ではないなと頭の中で確信した。


「まぁ良くしてやってくれ……所でナナはなんかあったのか?」


「あ、実は……」


 アンダーに救護室で話していたことを伝える。


「と、いう訳で……」


「なるほどなぁ……しかしそいつぁ海斗にも聞いてみないと分かんねぇな……戦力にかかわる重要な部分だしな」


「しかし海斗さんは今何をしているんですかね? 作戦を自分に任せてまで何を急いでいるのかちょっと分からなくて……」


 この施設で一番の決定権を持つ海斗が、作戦を結城にまで任せて本社に戻らないといけない用事が何なのか、それでどれ位で帰ってくるのかさっぱり見当がつかない。


「詳しいことは小夜の嬢ちゃんなら知ってるんじゃないか?」


「ええ、存じております」


「何があったんだい?」


「現在CEOが定例会議を開いているのと、海斗様はレジスタンスの情報がCEOと公王に知られぬよう、ここまでのデータの削除と口封じをするために奔走しています」


「なるほど……そうでしたか」


「しかし話を聞く限り海斗様は作戦を急いでいるようですね……」


 小夜は少し不安げな顔をしながら呟く。


「今日急に作戦を告げていったんだ」


「おそらくCEOに会議で生産管理を全体共有制にするように整えていると言われたので……それで焦っているようですね」


「それがどうかしたのか?」


「生産管理が全体共有になると、海斗様が私用で使っていたラインで物を作成するのが難しくなってしまいます、なので短期決戦に出たのかと……」


「動きが鈍くなっちまうって事か」


 海斗が朝言っていた自由に動かせるラインが不自由になると、物資の回転も止まってしまう。

 それを聞いた結城は海斗のあの急ぎようには納得できた。


「しかし伝える間も無く行ってしまうなんて……よほど急いでたんですね」


「いや、海斗は昔から言葉足らずなんだ」


「あ、そうでしたか」


「さて、そろそろ後半戦始めるぞ!」


 休憩を終わり、皆体を動かし始める。

 ナナは出来る限り指を使わないストレッチを行い、結城と小夜はアンダーに頼まれ午後の訓練で使う荷物の用意を頼まれた。

 籠に入った幾つかの小物と小さな机を運ぶだけだが少し距離があり、その間結城は小夜に声を掛けた。


「あの、小夜さんっていつから海斗さんの秘書に?」


「んー、そうですね……秘書として本格的に働き始めたのは最近ですね」


「本格的に?」


「それまで雑用の様な事はこなしていました」


「あ、そうなんですね」


 幼く見えるのか、実際に幼いのか分からないが雑用をこなしていたと聞くだけで立派に聞こえてしまう。


「他に質問が無いなら、私から質問してもいいですか?」


「あ、はいどうぞ」


「結城さんはどうして工業地区に? 海斗様が結城さんの経歴を調べているときにふと見えたのですが、一般企業……といっても今は何処もFギアーズの傘下ですが……国の機密に触れる仕事の評判が良くない事は知らなかった訳では無さそうですが……」


「えっとまぁ……昔は国の為にって気持ちで……」


 結城は工業地区の様な国の機密に近いエリアで育ったわけではなく、一般的な家庭で育った身であった。

 だが昔の結城は極力見えない所で努力を続け、国民の為と動いているFギアーズに感動を覚えた時期があり、軍需産業に身を置いた。


「……今は国の為にと言うお気持ちは?」


「……国の為にって気持ちはあるよ……自分の国が貧しかったら嫌だから……でもだからって人の命を奪うのも、失う前提の命を作るのも……それを処分するのも嫌だ……」


「……海斗様も似たような事を言っておりました、だからこそ海斗様は結城さんを認めたのかもしれませんね」


「え?」


 結城はビックリして、間抜けな声が出てしまう。

 だが小夜はその声に反応する事無く、すぐ目的地に着いたためその続きを聞くタイミングを失ってしまった。

 身軽になった二人は元来た道を戻る、その間結城は海斗が何故そこまで自分に肩入れをしているのか十分には理解していなかったが、少しだけ納得出来た気がしていた。

 要するに、似た者同士だったのだろう。

 そう考えると結城は少しだけ今の自分を誇ってもいいような気がし、さわやかな気持ちになりアジトに戻った。

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