第十一話 slave king -奴隷の王-
二千九十八年、雪が降る冬の夜。
官邸に呼び出された安部雅人は白いスーツを身に着け、秘書に運転を任せ自らは後部座席に座り携帯電話を取り出し公王の秘書であるガネーシャに電話を掛ける。
「やあ、首尾はどうかね? 例のデータは回収できたか?」
「……今なら引き返せると思いますが……」
「ん? 別にやましくもないのに手を引く理由があるかね?」
にやけ面を晒しながら安部雅人は得意げに言うと、ガネーシャは電話の向こうで黙ってしまう。
「まぁ上々ならいいんだ、今日はこの国の支配者が変わる日だ……立ち会える喜びを噛み締めたまえ」
「…………わかりました」
ガネーシャは呟くように一言残すと通話を切り、安部雅人は携帯を胸ポケットにしまい運転手に指示を出す。
「飛ばしたまえ、考える時間を与えたくはないからな」
「かしこまりました」
運転手はアクセルを踏み込み、法定速度を越し官邸へと向かっていく。
数分後、官邸に無事到着した安部雅人は車から降りると真っ直ぐ公王のいる会議室に向かい、扉を開けると公王とその他大臣が雁首を揃え椅子に座っていた。
「おや? 私が最後か……遅れてしまって申し訳ない」
「……座ってください」
ドイルは座るように指示し、安部雅人は深々と椅子に腰かけ公王の顔を見て口角を上げる。
「所で、本日はどの様な用件でこの場所を?」
「今更とぼけるつもりか? 私の政策に真正面から対峙する真似をして……」
「あはははぁ! 対峙? 何お仰るか、私は国の為にこの身を捧げているだけですよ? 貴方と同じく……まぁ、方法の違いはありますがね」
挑発するようなセリフに会議室は凍り付いたように緊張が張り付き、一触即発の安部雅人とドイルは互いに見つめ合いながら鋭い視線を送り合う。
そしてその緊張を先に破ったのはドイルであった。
「……貴方が父の理想に染まった傀儡と言う事は良く分かった、だがこの国には変革が必要なのだ……私の敵は貴方だけ、悪いが力を行使させてもらう」
ドイルは指を弾くと部屋に銃を持った兵士がなだれ込み安部雅人に銃口を向け取り囲むが、安部雅人はなおも余裕そうな表情のまま椅子に座り手を上げる。
そしてドイルの様に指を弾くと銃口は一斉にドイルの方向を向き、大臣の視線も同じくドイルの方に向く。
「な、なんだ一体……一体何が……」
突然の出来事にたじろぎながらドイルは安部雅人の方を見ると、安部雅人は大臣から一つのメモリーカードを受け取り、見せつけるように顔のあたりまで持ち上げる。
「何をしてる! それを返せ!」
慌てて手を伸ばすドイルだが、兵士が銃口でドイルをどつき机に押し戻す。
「これが例の……私の悪事を纏めたデータと? あははははははぁ! こんな物! こんな物! 私の望む世界には要らぬ物だ!」
メモリーカードを地面に叩きつけ懐から取り出した銃で撃ち抜き、粉々に砕けた破片をさらに撃ち抜き砕く。
「さて、私の番だ……私の敵は貴方だけ、権力を行使させてもらおう」
安部雅人は銃を構えドイルの額に照準を合わせるとドイルは恐怖のあまり壁際まで後退し、情けなく腰を抜かす。
「な、何故だ! 父の理想の何処に……父は汚職塗れではなかったか! 反政府組織との共謀! 死の隠蔽! 出所の分からない兵器保有! 父の功績を調べれば調べるほど出る汚職と癒着! そのデータの中に安部雅人! お前の名前が何度も上がっている!」
腰を抜かしながら喚くドイルはさらに言葉を続ける。
「私は正しくありたいのだ! この国の歴史に着いた傷が癒えるまで私は!」
その時一発の弾丸がドイルの横の壁を撃ち抜き、ドイルは口を閉じ安部雅人の持つ銃の銃口から登る硝煙を見つめていた。
「正しく? あはははぁ……あははははぁ! なら私と同じじゃないか!」
「同じ? 寝言は……」
「同じさ! 私は旧公王……スネイル・フォン・フォルン様の御意志と存在が全てにおいて優先される程正しいのだ! 貴様もそうなのだろう? ならいい、私から手を下す必要もない!」
安部雅人はドイルに背を向け手を振り下ろし、兵に撤退を伝え部屋の出口まで歩いていき足を止め振り返る。
「正しき内は同士としてこれからも末永いお付き合いを約束しよう……正しさを履き違いない内はな……」
部屋を後にする安部雅人に続き、兵や大臣も同じく部屋を後にしていき最後に部屋に取り残されたドイルは頭を抱え地面にうずくまった。
「私は……あの男を止められなかった……父よ……何故あのような怪物を残してこの世を去ってしまわれたのですか……」
涙を流しながら会議室の床をひっかき、嗚咽を噛み締め呟く。
「あの怪物も、同じくあの世に連れて行けばよかったものを……だがいつかあの怪物を打ち取る者達が現れるはずだ……その日まで私は……私を殺すしかない……」
事前に用意した策を破られ、打つ手を失ったことを実感したドイルはこの日を境に政策を変え新規事業の応援を打ち切る。
そして国の発展のためにFギアーズへの公金による融資を可決承認し、Fギアーズはいつしかフォルンを代表する大企業となり、専用区画である工業地区が建設されることになった。
この一連の動きは旧公王派の完全勝利と言われ、新聞の一面を飾るが新公王はその噂を否定も肯定もせずにただ黙っていた。
二千百五年、安部雅人がフォルンを操る程の実権を得た安部雅人は息子である海斗が飛び級を経て学校を卒業した話を聞き、卒業式が終わった海斗を車で連れとある場所へと連れて行く。
「父さん、まさか貴方が卒業式に来てくれるとは思ってなかった……どういった風の吹き回しなんだ?」
「親が子の卒業式に顔を出すのが不思議か?」
「いえ、そういう訳では……」
「あはははぁ、そうだろ? さて、そろそろ着くぞ」
二人を乗せた車は新たに建てられた地上五十一階の新たな本社ビルに着き、車を降りるとエレベーターに乗り込み二十階へと上がる。
「どうだこのビルは? 地下はまだ改装工事中だが、地上はほぼ完成状態だ」
「はぁ……で、どこに連れて行くつもりで?」
「あはははぁ、我が息子が入社するんだ……早速仕事を頼みたい」
「仕事……今ですか?」
「あはははぁ、そうだ……まぁ他の研究員も手伝うし、失敗しても文句はない」
エレベーターは開き、とある部屋に辿り着いた安部雅人が扉を開けると部屋の中には一人の少女がベッドに寝ており、見覚えのない少女に海斗は首を傾げた。
黒髪の細い少女は今にも死にそうな程白い肌が目を引くが、少女は目を開ける事も動くことも無く静かに横たわっている。
「この子は?」
「月見小夜、奇病に侵され目を開けなくなった少女だ……今は点滴で何とか繋いでいるが生きるか死ぬかの瀬戸際で揺れている」
「どこからこんな子を?」
「引き取った、親が見限って病院から追い出されそうになってたからな……さて、海斗……研究者を動員してこの子を救ってみてくれ」
「なんですって?」
海斗は安部雅人の言葉に驚き小夜の方を見るが、安部雅人は海斗の肩に手を置きにやけ顔を見せた。
「余命は今年中、合法だろうが非合法だろうが関係はない……その際のデータは取っていてくれ」
「は、はぁ……」
「じゃあ任せたぞ」
部屋を出た安部雅人は秘書と共にエレベーターに乗り込み、秘書は心配そうに口を開く。
「あれは良いんですか? だってあれは……」
「失敗作が救われるなら使い道もある」
ニヤリと笑いながら時計を見る安部雅人は社長室に向かい、その頃海斗はカルテを見ながらため息を吐いていた。
カルテの中では今まで見たことのない症状に、どの病気とも一致しない健康状態に頭を抱える。
「一体何だこれ……とにかく研究者連中と調べてみるか……」
実の父親の無茶振りに頭を悩ませる海斗は目を開ける気配がない小夜の顔を一瞥した後、急ぎ足で部屋を出ていった。
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