第十話 Upheaval -激動-

 二千九十八年、海斗が十歳になった頃。

 安部雅人は新たに本社ビルを建設し、殆どを本社で過ごしていた時である。

 一軒の電話を受けた安部雅人は血相を変え本社を飛び出し、官邸に向かうとそこにはすでに冷たくなったスネイル・フォン・フォルンが眠っていた。


「こ、公王様は……何故……」


 安部雅人は震える声で医師に尋ねると、医師は淡々と何があったかを伝える。


「老衰です」


「ろ、老衰……しかし……公王の椅子は誰が?」


「それは我々には……ただこれから行う国葬の際に遺書を読み上げる予定だそうなので……」


「そ、そうか……派閥争いなどにならないのならいいんだ……争いはこの国の為にならない……」


 安部雅人はどこか自分に言い聞かせるようにつぶやき、冷たい公王の手を握り言葉を残す。


「必ず私の手でこの国を世界の中心にしてみます、だから今はお休みください……」


 公王の手の甲に口づけをし、安部雅人はその場を去る。

 国葬は翌日に執り行われ、多くの人がスネイルの功績や気高さを称えパレードが開かれるが、その資金の殆どはFギアーズの寄付によって成り立っている物であり、世間はFギアーズを公王の意思を継ぐ会社と呼ぶ人が増え、称える声が上がる。

 そして国葬から数日後、安部雅人は官邸に呼ばれ新たに公王として迎えられたスネイルの実子であるドイル・フォン・フォルンの前で跪いて挨拶をしていた。


「この度は新たにこの国の王となる事、心からお祝い申し上げます」


「ありがとう、とはいえ私はまだまだ父の背にも届かな男……未だ未熟なまま玉座に座るが、これからも変わらぬお付き合いをしていただきたい」


「もしお困りの際はお声をおかけください、かつて貴方様の父上……スネイル・フォン・フォルン様を支えた私めが、全力でサポートいたしましょう」


 安部雅人は深々と頭を下げ祝辞を伝えると、ドイルは安部雅人の肩に手を置き優しい声で呟く。


「いや、君にはもう父が沢山世話になった……だから私からは何も望まないよ、それに私が手始めに新たに進める方針と君の会社は相反してる……だから私は君を頼らない」


「どういう……事でしょうか?」


 告げられた言葉の意味が分からず安部雅人は聞き返すとドイルは決心したような目つきをし、口を開く。


「私の父は貴方の会社に依存し過ぎた……私はこの国にも多種多様なブランドがあって然るべきだと思っている、だが父は貴方の会社を切り離せなかった……父にとって貴方は実の子の様に思っていたから……だから私は、ここで一度この国の在り方を変えたい……いや、変えなくてはならないと思っている」


 かつてのスネイルが安部雅人を助けたことを知っているのか、ドイルはその依存体制を終わらせるべくその関係にメスを入れるかの如く、安部雅人を突き放すような言葉をかける。

 しかし安部雅人はその言葉を聞き、小さくつぶやいた。


「私は……もう用済みだと?」


「そうではない、ただこの国に新たな風を吹き込ませるためには既存の物だけを使う訳にはいかないんだ……君の頑張りも栄誉も知っている、父から何度も聞かされた……だから……」


「…………分かりました、貴方がそう言うのなら私は貴方の父の思いを尊重し……私は私で動きましょう」


 安部雅人はドイルを見つめ、いつもとは違う声色で一言残すと官邸を出ていく。


「……どういうことだ?」


 最期の言葉の意味が分からず、部屋に取り残されたドイルは首をかしげるだけであった。




 官邸を後にした安部雅人は珍しく家に帰り、玄関を開けると十歳になった海斗が出迎える。


「父さん! おかえり!」


「ああ、悪いな急いでるんだ」


 久々に顔を合わせた父親に近づく海斗だが、安部雅人は気にすることなく押しのけ自室の奥へと向かっていき、海斗は思わず声をかけた。


「またお仕事? 今度は……いつ帰ってくるの?」


「さあな、だがこれから忙しくなるぞぉ……あははぁ……あはははぁ……」


 それだけ言うと安部雅人は自室に向かっていき、自分の着替えや他の家財を幾つか持っていき最後に海斗がいる部屋に入る。


「入っていいか? 海斗」


「うん、大丈夫」


 ドアをノックし、海斗の部屋に入ると海斗はベッドの上で医書を読んでおり安部雅人は首を傾げた。


「どうした? そんな本を読んで」


「この前怪我した小鳥が庭に居て……助けたかったけど分かんなかったから、調べてたの」


「あはははぁ、勉強熱心なのは良いことだ……そのうち、医者になるのもいいかもなぁ」


「うん、でも難しいから良く分かんなくて……資料と睨めっこしてたの」


 照れ笑いを浮かべながら幾つかの資料を取り出し、安部雅人に見せる。


「所で父さん、どうかしたの? いつもは家に居ないのに……」


「……私は、今から長い間会社に泊まり込みになったからな……この屋敷の事、任せたぞ?」


「……今度はいつ……」


「さぁな、数十年後かも知れん……何、私にはやる事が山ほどあるのだ……わかってくれたまえ」


 海斗の頭を撫でながらそう言うと、カバンを持ち部屋を後にする。

 去っていく父、安部雅人の背中を海斗は見ながら沢山の資料の山を見て医書を抱きかかえ呟く。


「父さんはきっと凄い人だから忙しいんだ……もっと俺が頑張れば……父さんの気持ちが分かるはず……」


 資料に囲まれながら海斗は再び医書を読み始めた。




 新公王が席に着いてから数か月後、フォルンの国内では新たな動きが起こり安部雅人はその対応に動き出していた。

 ドイルが打ち出した政策とは、新興企業の支援による経済の循環と文化の構成でありFギアーズ傘下の子会社ではない数少ない企業に税金で支援し、また核戦争前の文化の復興を行うため場所に旧名も一緒に表示する義務を与える。

 新興企業支援の動きが強い為、Fギアーズの子会社が独立する動きを見せたり旧名表示によりFギアーズの建設業や林業、農業が仕様の変化に追われたりなどが発生し安部雅人は徹夜を続けながらすべての企業に指示を送り続けていた。

 Fギアーズだけを狙い撃ちにした政策に安部雅人はだんだんとやつれていくが、それでも尚抵抗を緩めることは無く、子会社に資金や人員を提供し海外進出の話などを持ち掛け留め、旧名の使用は特設部署を作り全てを滞りなく進める。

 そしてその裏で安部雅人は別の事を行っていた。


「もしもし、こちらFギアーズ安部雅人だ……リスト受け取ったよ、金は送った……後はゆっくりしていたまえ」


 どこかへ電話をしていた安部雅人は通話を終わり、メモリに入ったリストをパソコンで読み込むと官邸に勤めるドイルの側近や、その他公務員等の顔写真や住所電話番号家族構成等が入ったリストがあり早速安部雅人は電話を掛ける。


「もしもし? ドイル・フォン・フォルンの側近のガネーシャだな?」


「はい? そうですが……」


 突如個人の携帯に非通知で電話を掛けられたガネーシャは驚きながら答えると、安部雅人は続けて脅しをかけた。


「私は貴様の個人情報のすべてを握っているものだ、要求は一つ……私の為に一つ動いてほしい……」


「なんだって? ふざけるな!」


 突然の要求に憤慨しながら大声を上げるガネーシャだが、安部雅人はにやけ面で続ける。


「そうかそうか、では今年で七つになる子も郊外に住む高齢の両親も命はいらない……そういう事でいいな?」


「まて! まて、話だけ聞かせてくれ……頼む……それからでも遅くは無いだろう?」


「だめだ、イエスかノーか……はっきり先に口にしてもらおうか?」


 怯える声で要求を伝えるガネーシャににやけながら無慈悲な二択を突き付ける安部雅人は、数秒の沈黙ののち肯定の言葉を聞き要件を伝える。


「……そういう事だ……もし失敗すれば分るよな? 私は賢い者の味方をする……この国を想う賢い者のな、では失礼」


「……はい」


 通話を終わると安部雅人はパソコンをいじり通信衛星にアクセスし今の通話履歴を消去し次のリストを開く。


「この国のインフラも我が社の物だ……舐めるなよ、紛い物の王が」


 コーヒーポットからコーヒーを注ぎ一気に飲み干し、叩きつけるようにソーサーにカップを置くとカップにひびが入るが、気にすることなく安部雅人は再びパソコンに向かう。

 手を休めることなく次々にドイルの周りに脅しや買収をかけ、更にはドイルの支援した企業を片っ端から買収し、新聞社に金を握らせドイルのヘイトスピーチを掲載させる等徹底抗戦の意思を見せつける。

 世論はこの戦いを旧公王派と新公王派の派閥争いとしてその行く末を見守り、ついにドイルは安部雅人を官邸に呼び寄せた。

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