第九話 KITE -カイト-
新生ブラックマーケットの事件から数日後、未だ傷の癒えない安部雅人は病院内を歩いていると一人の医者に呼び止められた。
「あ、すいません……少々伺いたいことがありまして……」
「ん? なにかね?」
「えっと、こちらに来て貰っても大丈夫でしょうかね?」
「いいだろう」
安部雅人は医者に呼ばれるがまま付いて行き、小さな部屋に入ると一つのベッドがおいており、その上で見覚えのある赤子が眠っている。
「……この子は」
「貴方と一緒に保護されたと聞いて、この子の親かどうかを確認したかったのですが……」
医者は安部雅人の存在に怯えるように縮こまった声で尋ねるが、安部雅人は直ぐに首を横に振った。
「残念ながら私に子供も妻もいない、残念ながらな」
「あ、え……そうでしたか、お手を煩わせて申し訳ございません」
「謝るような事ではない……それに謝るのは私の方だ、この子の親は死んでしまったのかもしれないからな……私のせいで」
遠くを見ながら数日前の出来事によって周りがどうなったかを思い出す。
この数日間病院内には事件の犠牲者やマスコミが入り乱れており、その現状を作った本人である安部雅人は居心地が悪く、少し疲れた表情をしていた。
そして安部雅人は赤子に手を伸ばし、抱え上げると医者に質問をする。
「もし、この子供に親が見つからなかったら……私が引き取ってもいいだろうか?」
「え? あ、はい……後で上に聞いてみます」
突然の提案に驚く医者は唖然としながらもそう言うと、安部雅人は赤子をベッドに戻した。
「所で赤子は何処か怪我をしていたりするのかね?」
「いえ、大きなけがは無いです……」
「そうか、ならばいい……では部屋に戻らせてもらうぞ?」
「あ、了解しました」
最後にそれだけ伝えると安部雅人は部屋を後にし、自分の病室に戻りベッドに横になる。
それから一週間後、安部雅人は昼間に無事退院を言い渡され病院を後にするがその腕には赤子が抱えられており、新たな秘書が運転する車に乗り込んだ。
そしてスネイルに退院の際顔を出すように言われ、官邸に向かった安部雅人は秘書に赤子を任せ、公王スネイルに会いに行き部屋に入るとスネイルは待っていたと言わんばかりに安部雅人の方を見ていた。
「約束通り、来たな?」
「ええ、所でいかがなさいましたか?」
「……ブラックマーケットの首魁の口を割ったのだが、武器の製造をやらせていたようだな?」
「……さようでございます」
スネイル表情は何処か怒りを思わせるほどに眉間にしわが寄っており、その意図を理解できない安部雅人は小さい声で返答を返すと、スネイルの視線は更に鋭くなる。
「何のためにだ?」
「この国の発展のため……領土拡大のための下準備でございます」
「領土拡大?」
スネイルの眉間のしわは更に濃くなる一方、安部雅人は自らの脳内ある計画を自信満々に口にした。
「このフォルンという国は私にとってとても大事な大事な場所でございます、しかし私の会社が海外にも支店を持ち始めた時、この国の立場の弱さを感じてしまったのです……海辺に面し、戦前から田舎だったこの場所は過去の遺産が少ない……だから私はその全てを国の為得ようと思ったのです! 幸いにも技術力だけなら他の国にも負けません! 他の国が未だ未熟な技術を誇っているこの時代なら、必ずや勝つことが……」
「いい加減にしろ!」
机を叩き立ち上がるスネイルはいきなり立ち上がったせいか息を切らしており、すぐに座り込む。
「こ、公王様? ……わ、私は何か間違いを?」
突然の怒声に驚き、先ほどとは一変し顔を青くしながら小さな声で安部雅人は答える。
「戦争を始めようと言うのか? この馬鹿者が! この国の建国にどれだけ苦労したと思ってるんだ! 確実に勝てるかも分からない戦争を始めて万が一負けたらどうする? それに勝ったとしても他の国が黙らんはずだ! もしそうなれば袋叩きに遭う! 国民は乗るかもしれないが私は反対だ! リスクを冒すなら……ゴホッゴホッ! …………私亡き後にしてくれ…………ゴホッゴホッ!」
叫んだせいか咳込むスネイルは息を荒げながら背もたれにもたれ掛かり、それを見た安部雅人は膝から崩れ落ち、頭を下げた。
「あ…………あ…………も、申し訳ございませんでした! 危うく私は貴方様の意に反した行動を…………申し訳ございません!」
涙声になりながら大声で許しを請う安部雅人だが、スネイルは未だ怒りの表情を見せ椅子から立ち上がり安部雅人に近づく。
「いいか、戦争は勝てる見込みがないならするな……とにかく武器は没収だ、お前は国の為になる事だけ考えろ……いいな?」
「はい、承知いたしました……二度もお見苦しい所を見せてしまい申し訳ございませんでした……」
「分かればいい……それと、退院祝いはそのうち持っていく……ゴホッゴホッ……楽しみにしておけ」
「ありがとうございます……では失礼します」
深々と頭を下げ、安部雅人は部屋を後にし再び車に乗り込む。
「屋敷に走らせてくれ、今日は疲れた……」
「かしこまりました」
秘書はすぐに車を出し、官邸を後にし安部雅人が保有する館を目指す。
官邸から二十分程走らせると、山沿いの自然あふれる場所に大きな屋敷が立っておりその立派な屋敷にはメイドが何人か見える。
「この後の予定はどうなさいますか?」
「すまないがキャンセルと伝えてくれ……病み上がりでとてもじゃないが……」
「かしこまりました、ではそのようにお伝えします」
「ああ、運転ご苦労」
安部雅人は手を振り秘書を見送り、屋敷の前に立つとメイドが並び迎え出るが疲れ切った表情の安部雅人はメイドに目もくれる事無く屋敷に歩いていく。
そして屋敷内で頭を下げた高齢のメイド長に赤子を手渡し、何があったかを説明する。
「…………という訳だ、私には生憎仕事があり赤子の育て方が分からん……故に、任せてもいいか?」
「はい、我々にお任せを……ところで、お名前は何と?」
「名前? ん……ああそうだな……」
名前を聞かれ、咄嗟に辺りを見渡すと船の置物が目に入り咄嗟に名前を口にした。
「カイト……ああ、海斗だ……安部海斗、それがこの子の名前だ」
「了解いたしました、では海斗様を我々が全力を持って育てます」
年季の入ったメイド長は再び頭を下げ、赤子を育てる準備をするため屋敷の一室に連れて行き、安部雅人は自室に戻っていく。
自室は簡素であり、机と椅子……そしてタンスとベッドがあり飾りや本などが無くどこか質素に感じてしまうが、安部雅人は殆どを仕事に費やしており家にいる事は殆どないのである。
故に家の管理の一切をメイドに任せる形をとっている安部雅人は、自分の部屋に装飾を必要としていない。
「…………」
椅子に座り、天井を見上げながら先程公王に叱りつけられた事を思い出す。
「この国は、どうすれば豊かになるのだろうか……」
窓の外に見える町の景色は活気があり、戦前の写真ほど高い建物や明るさは無いがそれでも文化的な生活や、技術の進歩は見ることが出来る。
だが安部雅人にはこの現状は未だ物足りない物であった。
「観光や伝統芸能……この場所には足りない……観光業は殆どなく、この国から出ていく若者が多い……これではいずれ枯れ果ててしまう……この国も……」
人口が増加傾向であるフォルンはその出生率から学校の建設が多くなっているが、それと同時に三十代の復興組と呼ばれる世代が海外に憧れを持ち、移住してしまうものが多い問題が発生している。
「この国は若者が住むには退屈すぎるのか? ならばアミューズメントを手掛けるか……いや、しかし土地が足りない……」
安部雅人は紙とペンを用意し、机に広げ色々な考えを書いてはその案にケチをつけ問題をブラッシュアップしていく。
だが何を書いても土地問題をクリアすることが出来ず、その度に頭を悩ませる。
「…………やはり、この国は少し狭い……狭い国では発展が限られてしまう……どうにか、戦争を……だが公王は戦争を好まない……私は……どうすれば……」
どうするのが国民の為、国の為になるか頭を悩ますも答えが出ず安部雅人は紙を丸めてごみ箱に叩き込んだ。
「とりあえず、今は技術を発展させるべきだ……技術さえあれば圧倒的な力で他国を圧倒できるはず……そうなればあの方も理解してくださるはずだ……」
安部雅人はそういい立ち上がると再び紙とペンを用意し技術案を書き起こし、数時間椅子の上から退かずかき上げた多くの技術案を持ち部屋を後にして運転手を連れ会社に向かう。
そして書き溜めた技術案を技術者に渡し、その検証を任せ日暮れに家に戻るとメイド長が海斗を乳母車にのせ庭を散歩しているのを見つけた。
「おかえりなさいませ」
「ああ、海斗はどうかね?」
「海斗様は少々力がお強いですね、将来頑丈な男性になられると思います」
「そうか、体が強いのは良いことだ……いずれ後を継ぐにはな」
安部雅人は海斗の頭を撫で、部屋に戻っていく。
だがその背中を見て居たメイド長はどこか不安そうな顔で見送っていた。
「……少々不満そうな顔をなされていた……何か、少し怖いですわ……」
「キャッキャッ!」
日暮れの風に吹かれながら、海斗は無邪気に笑っている。
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