第八話 Withdrawal -逃走劇-

 スフルの死から十五年後、Fギアーズはスフルの死は公にはならず成長を続けていき、不況の時代を支えた大企業からフォルンの大黒柱と言われ、他の企業の買収や外国からやって来たブランドの吸収を行い全ての国を傘下に置くまであと一歩のところまで来ていた。

 そんななか安部雅人は三十五歳になり、若手ながらも国王と並ぶ人物として崇められる一方、市場の独占を推し進める姿勢と公王との密接な関りから行く末を不安視する人や反発する人が少数ながらも存在している。


「社長……社長?」


「ん? ああすまない、少し眠っていたようだ」


 昼の太陽を浴びて後部座席に座って眠っていた安部雅人は秘書の男に起こされ、少し寝ぼけた表情を見せながら受け答えをし頬杖を突く。


「お疲れならこの後の予定をずらす事も検討いたしましょうか?」


 秘書が手帳を開き予定表を確認するが、安部雅人は秘書の手帳を取り上げ閉じる。


「悪いが今日が彼らとなれ合う最終日だからな……休む訳にも行かんのさ」


「……そうでしたか」


「ああ、ブラックマーケットはこの国に手を出さない限りという条件の元、私が十五年じっくり育てたからな……滅びる時も付き添ってやるべきではないかね? あはははぁ、あはははぁ」


「ああ、人工衛星が奪われた時以来ですよね……結局あの事件の犯人ってどうなったんでしょうか?」


「あはははぁ、さあなぁ? だがしっかり試作型人工衛星は帰って来たのだ……心配することは無い」


 少し疲れの見える目元だが、いつもと変わらない不気味な笑いを浮かべる安部雅人。

 その時安部雅人の携帯が鳴り電話に出ると、電話の向こうからはこれから会談の予定が立って居たブラックマーケットのリーダーが居り、安部雅人はいつもと変わらない表情で声を掛ける。


「おやおや? これはブラックマーケットリーダーのリヒティ・ラーク殿……到着まであと少々ですが何の用ですかね?」


 国の隅にある大きな川を越えるための橋を通過したことを確認した安部雅人がそういうと、電話の向こうのリヒティからは少し余裕を感じ安部雅人は少し顔をしかめた。


「大したことでは無いのですがね、こちらの準備が整った事だけお伝えしようかと」


「全員揃ったのですね? これはお早い……予定よりも早く事を進められそうで何よりですよ」


「ではお待ちしていますよ」


 リヒティがそういうと電話を切り、安部雅人は携帯をポケットにしまうがそのタイミングで車体が揺れ、何事かと外を見ると黒い車が強引に追い越しをしたようで運転手が愚痴を漏らす。


「あの車……すいませんね、社長」


「なに、問題ない……車が誰でも持てる時代になったのだ、多少は仕方ないさ」


「そうですかね……あ、見えてきました」


 安部雅人を乗せた車は川沿いにある大きな鉄工所に停めると中から作業員が現れ、一列に並び安部雅人を出迎える。

 秘書と運転手に車で待つよう伝え安部雅人は作業員の間を通っていき、鉄工所の中に入りその奥で立って居たリヒティ・ラークに声を掛けると、リヒティは振り向き丁寧にお辞儀をした。


「ようこそいらっしゃいませ」


 リヒティは作業服に防塵マスクをしており、一見すると裏社会を仕切っているようには見えないが、筋骨隆々な作業員が多い事や作っている物が銃であるため目を凝らせば健全な会社ではないと見抜ける。


「ああ、しかし私が与えた鉄工所はもっと小さかったはずだが……いつの間にこんなに巨大化したのかね?」


「数年前に資金提供された際に大きくしましてね、密造銃の保管庫もラインも多くしたのですよ……なんせあなたのお陰で売れるのでね」


「あはははぁ、私も戦争の準備で必要なのでね……とはいえ、流石に自社で誤魔化して作るのは無理があったのでとても助かっているよ」


「ならばよかったです、ちなみに受け取り分は全て積み込みましたよ……トラックで用意しました」


 リヒティは窓の外を指さすと大型トラックが止まっており、それを見て安部雅人は笑うとリヒティは銃を突きつけにやりと笑う。


「しかし貴方があれを手に入れることは無い、残念だが」


「あはははぁ、そうか……やはりそう来たか……そうだよなぁ、私が居なければお前らはこの国に手を出せるからなぁ」


 銃を突きつけられてなお安部雅人は笑みを崩さず、リヒティ以外の全員が安部雅人に照準を合わせるが肝心の安部雅人は腕時計を弄っていた。


「ようやく分かったか? それとも分かっていて来たのか? まぁどちらにせよお前はもう用済みだ……消えて貰おうか」


「あははははぁ、喋りすぎだ……お前」


 安部雅人は腕時計を弄ると鉄工所のあちらこちらが爆発し、その隙をついて安部雅人は逃げ出すが、当てずっぽうに撃たれた弾丸を背中に受け地面に倒れこむ。

 だがうずくまっている暇もないと考えた安部雅人は立ち上がり近くの車の窓ガラスを銃で割り、乗り込みエンジンを掛けアクセルを踏みこんだ。


「馬鹿どもめ、その改装工事を請け負った会社も……その設備を作った会社も私の子会社だ……あまり舐めるなよ……反社の屑どもが……爆発の合図で国軍が雪崩れ込む手はずだ……その間に……なんとか逃げ延びなければ……」


 背中の痛みをこらえながら銃弾飛び交う鉄工所を走り抜け公道に出た後、安部雅人は先ほど通ってきた橋を目前にするが、橋の上では車が横になり道を塞いでおり民間人の車がクラクションを鳴らす中、防弾チョッキを着て銃を握った集団が車から降り安部雅人の車に照準を合わせる。


「あははぁ……屑どもが……あははぁ、あははははははぁ!」


 安部雅人はシートベルトを外しながらアクセルを全会で踏み、銃弾の雨を真正面から受けフロントガラスやヘッドランプが砕ける中、ギリギリまで引き付けた安部雅人は直前で車から飛び降り路上に転がった。

 乗り捨てられた車は渋滞にぶつかり、玉突き事故のようにいろいろな車と衝突し車の隙間に挟まれた構成員が喚きながら銃の引き金を引き、パニックが起きる。

 そしてマシンガンの銃声が鳴り響いた後一台の車が炎上し、爆発を起こすと次々と他の車が連鎖し爆風で安部雅人は川に落ちていく。


「ぷはぁ! これは……少々想定外だが、このまま逃げ切れば……」


 突然の爆発で痛みを感じる暇もなくなったのか橋脚に掴まり、流れのはやい川の中で岸まで泳ぐ算段を立てていると、爆炎の中から何人かの人が橋から身を投げ落ちてくるが橋脚に掴まる前に流されて行ってしまう。

 何とか手を伸ばし流れていく人の手を掴もうとするも届かず、大きな爆発音が聞こえた後バラバラになった死体が橋の上から降り注ぐが、その中で一人大きな声で泣いていた赤子の手を掴み首に跨らせる。


「……私のせいとは言え、これはあまりにも……」


 流れていくバラバラ死体に絶句しつつも安部雅人は岸を目掛け泳ぎ始めるが、背中が再び痛み始め、苦悶の表情を見せながら泳ぎ続けるも川の流れに負けてしまい段々と岸が遠のいていき歯を食いしばった。


「私は……死ぬわけには…………私は、国の為に……国民の…………為に…………あの方の……………………」


 痛みと疲れからか遠のいていく意識の中必死に何かに掴まろうと腕を伸ばす。

 その時何かが腕に触れた気がした安部雅人はその正体を確認することなく意識を手放した。


「こちらフォルン国軍第一部隊! Fギアーズの安部社長を見つけた! 酷い怪我だ……今すぐ処置が必要だ! ヘリを回してくれ!」


 軍人はそういうと無線の奥からは了解の一言が聞こえ、隊員は二人を岸に上げると川を流れていくバラバラの死体を見てため息を吐く。


「ブラックマーケットが復活したのは知ってるが……まさか此処までやるとは……民間人もお構いなしか?」


 近づいてくるヘリのローター音を聞きながら二度目のため息を吐く。




 翌日、目を覚ました安部雅人は病院のベッドの上で静かに天井を見上げていた。

 背中の痛みと視界に映る点滴を見て前日あったことが夢ではないと確信し、尽くすべき国に住まう国民の命を奪ったことに後悔を募らせため息を吐く。


「…………私は最悪、処刑だろうか……」


 最悪の未来を口にしながらうなだれていると病室のドアが開き、ぞろぞろと清掃した男達が部屋に押し入り、最後にスネイルが現れる。


「傷の具合はどうかね?」


「…………心と同じく、ひどく痛みます」


「そうか……」


 年を取ったスネイルは七十八歳になり、ひどく掠れた声をしており杖を使い歩いているせいか老いを感じてしまう。


「……何をそんなに怯えている? 私がお前に何をするか考えてるのか?」


「ええ、私は死刑でしょうか? それとも終身刑でしょうか?」


 目を覚ましてすぐに頭を過った疑問をスネイルに話すとスネイルは取り巻きを部屋の外に追いやり、すぐ横の椅子に座りやれやれと言わんばかりの顔をする。


「お前は水面下のブラックマーケットの駆除を提案した、そして致し方ない犠牲として国民が少し死んだ……で? 私が貴様を罰する理由はなんだ?」


「し、しかし……国民の命は……」


「……ふむ、国民の命がそんなに重要か……なら国の為に尽くせ、国の為私の為にな……そうするなら無罪放免、それでいいだろう?」


「…………私にもう一度チャンスをくれるのですか?」


「チャンスか、そうだな……ゴホッゴホッ! この通り私はそこまで長くは君臨できないだろう……息子に席を明け渡すのも時間の問題だな……」


 咳をしながら自嘲気味に言うスネイルだが、安部雅人はどこか不安そうな顔をしながらスネイルの方を見つめた。


「その、ご子息は……私が思うに、まだ若いかと……」


「そうだな……まだ三十三、しかし私とて遊んで過ごさせている訳ではない……必ずこの国を引っ張っていくはずだ……が、私亡き後の息子の力になってくれるとありがたい」


「勿論です、私はこの国を愛しこの国の為に生きております! その国のトップの為ならば私の命、ぜひともお使いください!」


 胸に手を当て鬼気迫る表情を見せるが、同時に背中の傷が痛み始めたのかうずくまる安部雅人の横でスネイルは笑う。


「まずは傷を癒す事に専念したまえ、私はもう行く」


「ははははぁ……お騒がせしました……」


 スネイルは杖を突きながらふらふらと歩いていき、病室を後にする。


「必ず国の為に……尽くさねば……私にできる全てを……」


 もう一度のチャンスをつかんだ安部雅人はニヤリと笑い、枕に頭を埋めた。

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