第七話 cause and effect -因果応報-

 昼下がり、Fギアーズの社長室では安部雅人が売り上げの推移を見ながら資料を作成していた。

 新しく始めた建設業の融資を安部雅人を崇拝する者から受け、建設業務を請け負う会社を買収し新たに進め始めた計画だが人手は少々足りなく、工場の人員を数人移す為長い間机に向かっていたためか目頭を押さえる。


「失礼します」


「……入りたまえ」


 ノックが鳴り疲れた目頭を押さえながら返答をすると、スフルが現れ軽く手を振り安部雅人の前に行く。


「よう、なんか話があるって聞いたから来たんだけど……」


「ああ、実は建設業をそろそろ稼働させるのでね……悪いが建設業務に当たって貰いたいんだ、君は人を引っ張る力は一人前だからな」


 手の上に顎を乗せ語る安部雅人だが、スフルは驚いた顔をしながら首を横に振る。


「おいおい、急に左遷かよ! ちょっと待てよ! 俺に土方をやれっつうのか?」


 突然の転勤にスフルは詰め寄るが、安部雅人は表情を崩すことなく答えた。


「君に頼みたいのは現場監督の方だ、君のリーダーシップは良く評価しているからな……それに給料も今より多めに出してやろう、それでも不満かね?」


「…………それならまぁ……しかし俺がいなくてもこの会社大丈夫か?」


「心配は要らん、従業員も多い……君がいなくても問題なく回るさ」


「なんかそれはそれで腹立つな……」


 安部雅人の発言に顔をしかめるスフルだが、その時安部雅人携帯電話が鳴りすぐに電話を取り受け答えを始める。


「もしもし、こちらFギアーズ社長安部雅人でございます……おや、スネイル様でしたか……ええ、用意のほどは出来ていますよ」


 電話の主はスネイルであり、安部雅人はにこやかに受け答えをしながら通話をするがその後ろでスフルは静かに待ちながらもどこか薄ら笑いを浮かべていた。


「……なるほど、でしたらすぐにお送りいたしますよ……ええ、いつもの場所で大丈夫でしょうか? 了解いたしました、ではすぐに手配します」


 そう言うと安部雅人は電話を切り、胸ポケットにしまうとスフルは身を乗り出しニヤリと笑いながら安部雅人にとある提案を持ちかける。


「なあ今の公王だろ? なんか運ぶ予定があるのか?」


「様を付けたまえ……まあそうだが」


「なら俺に任せろよ、最速がお望みなら俺のドラテクにな」


 自信満々に親指を自分の方に向け、スフルは笑うと安部雅人は少し考えこみ電話を取り出し別の物に掛ける。


「もしもし私だ、今日発送分だったアレをスフル君に任せてやれ……積み込みは終わってるんだろう?」


「え? ええ……」


 電話越しに聞こえてくる作業者の声は何処か困惑したような声であり、その態度に安部雅人は不満をぶつけた。


「私が任せたと言ってるんだ、何か問題があるかね?」


「いえ、大丈夫です……」


「ならよし……ああ、念のため花も添えておけ」


「あ、了解です……でもいいんですか? 信用して? 自分も運び屋やっててあの名前はちょっと信用しかねると思うんですが……」


「なに、信用できるさ……利害関係は一致してるからな」


 そう言って電話を切ると安部雅人は机の中から鍵を一つ取り出しスフルに渡す。


「現金輸送車の積み荷の扉を開けるための鍵だ、くれぐれも無くしたりしてくれるなよ?」


「おう、任せとけって! ……所で花ってなんだ?」


 通話の中にあった花と言う単語に引っ掛かりを覚えたスフルは質問するが、安部雅人は気にすることなく言葉を続ける。


「行先は官邸、私の名前を出せば通れるはずだ」


「了解、んじゃ行ってくるぜ親友」


「社長と呼びたまえ」


 カギを握り手を振りながら社長室を後にしていくスフルの背を見送るが、スフルが見え無くなって早々電話を取り出し、再びどこかに電話を掛け始めた。


「もしもし、私だ安部雅人だ……結果はどうかね? 沈黙は肯定と取らせてもらうよ…………なるほど、ではもう一つ頼み事だ……今からわが社から現金輸送車が一つ出る、私が合図を出したら運転手もろとも押さえたまえ」


 電話の相手は終始無言で聞いており、やがて電話は切れたが安部雅人は携帯をポケットにしまいコーヒーを淹れ一口嗜みながら窓から現金輸送車を見下ろす。

 丁度運転席に乗り込んだところであり、再び一口コーヒーを嗜んだ安部雅人はにやけながら呟く。


「さあ、君を試させてもらおうか……あはははぁ、あははははぁ」


 どこか不気味な笑みを浮かべ安部雅人は椅子に座った。




 一方その頃スフルは現金輸送車を発進させワクワクした表情でアクセルを踏んでいる。


「ははは、こんなにうまく行くとは思ってなかったぜ……これで借金チャラ……いや、上手く行きゃ遊んで暮らせるぞ!」


 あれこれと金の使い道を考えながらハンドルを握るスフルだが、早速官邸までの道とは違う道に入り込み、高笑いを響かせた。

 そしてその現金輸送車の横に黒い車が並走し始め、黒い車の運転手が右方向を指さすと二台の車は右折し細い道に入って行き、荒れた平地に車を停める。


「よし、降りろ」


 黒い車から降りて来た男はスフルに声を掛けるとスフルはすぐに降り、荷台の鍵を渡すと男は荷台を開け中身を確認し始めるが、スフルが得意げな顔をしている横で男は首をかしげた。


「おい、この中に金があるんじゃねぇのか?」


「え?」


 スフルは荷台を覗くと中には大きな機械が入っており、スフルが想像していた現金は影も形も無く、スフルは冷や汗を掻く。


「あれ? なんで?」


「……まあこいつが金になりゃ俺は構わねぇがな、とにかくこいつを移すぞ……いや、移せるか?」


 中に入っている機械は大きいが、それ以上に周りが金属製であるため男二人で移せる代物ではなく、二人は頭を抱える。


「とにかくあまり長居はしない方が良いな、この車が尾けられてる可能性もあるし……お前こいつ運転してアジトまで運べ」


「俺が⁉」


「当り前だ、誰が借金取りとの間に入ってやってると思ってんだ……その位の危険は犯せ、いいな! 後無線も渡しておく、逃げるなよ」


「はいはい」


 スフルは渋々現金輸送車に乗り込み、黒い車についていき先ほど通った細い道を通るが、出口に見慣れない車が一つ止まっており、スフルは無線を開き男に問いかけるた。


「おいおい、あそこに止まってるのさっきまで居たか?」


「居なかったな……もしかしたら追ってきてるやもしれん、飛ばすぞ」


 黒い車はアクセルを全開でふかし現金輸送車はその後ろでアクセルをふかすが突如前の車が爆発し、スフルは急いでブレーキを踏みこむ。


「うわっ⁉」


 エアバックの開いた車内で驚きの声を上げるスフルだが、すぐさま後ろに大型のトラックが迫り、退路を断たれたスフルは全身に冷や汗を掻きながら辺りを見渡す。

 すると先ほど止まっていた車から一人の男が身を乗り出し、中からスフルにとって見覚えのある人物が居り、帽子を目深にかぶったコートを着た男は銃を構え声を上げる。


「降りろ! スフル・セロ! 貴様は完全に包囲されてる!」


「おいおい! マーケットの連中かよ! 借金の返済なら目途が立ってるって言っただろ!」


 窓を開け大声でスフルは返答するが、コートの男は容赦なく引き金を引きフロントガラスに着弾しスフルは慌てて頭をひっこめ窓を閉めようとするものの、後ろのトラックから降りて来た男が窓の隙間に銃を挟み降りろと脅す。

 観念したスフルは車から降り、両手を上げ地面に座るが即座に銃で後頭部を叩かれ意識を失う。




 それから数時間後、就業時間がとっくに過ぎた頃スフルは目を醒ましやけに近い銀色の天井と自らの両手両足を縛る縄に気づき声を上げた。


「おい! どうなってんだここは!」


「やぁ、お目覚めかね?」


「その声……雅人か! 雅人なのか!」


 声の主に気づいたスフルは間一髪助かったと思い横を見るが、先ほどから天井だと思っていたもの、そして自らが縛り付けられている場所が何処かを理解し顔が青ざめる。


「やあ、スフル……元気そうじゃないか! しかし仕事を放り出して何処に行こうとしていたんだ?」


「あ、いや……あれは襲われて……と言うかなんで俺がプレス機の下に居るんだよ! まさか俺を疑ってんのか! 心外だぞ!」


 自らが縛り付けられた場所がプレス機の真下である事を理解したスフルはいら立ちの声を上げるが、安部雅人はその声を聞き笑い声をあげた。


「あはははぁ! 疑っている? 疑いだけならここまでしないさ! そうだろう? 君達」


「君達?」


 安部雅人の言葉に首を傾げたスフルだが、その時聞き覚えのある声が耳に届く。


「そういう事だ、スフル・セロ!」


「……おい、なんでマーケットの連中と雅人が組んでんだよ! まさかあの時嵌めたのはお前なのか! 雅人!」


 大声でわめきながら問いかけるも、安部雅人はスフルとは反対に笑いながら答える。


「嵌めた? 君こそ経歴の詐称をしたじゃないか……薬の密売、そしてその利益をくすねたそうじゃないか……それで私の会社の利益にも手を出そうとした、なら仕置きをするのは当然の事じゃないかい? あっははぁ!」


「ふざけんな! おいマーケット! 借金は返すって言ったじゃねぇか! 今すぐ俺を助けろ! そしたらこの会社ごとくれてやらぁ!」


 逃げ場がない事を悟ったスフルは開き直り命乞いをするもマーケットの男は首を横に振るだけだった。


「貴様の借金よりも高い金を払われたのでな、悪いが貴様の命を助ける義理はない……」


「そういう事だ、では君が発注したプレス機の使い心地……私がテストしてやろう、喜べ! 親友に看取られる最期をな」


「おい! やめろ! やめろって! おい! おい!」


 安部雅人がスイッチを押すと徐々にプレス機が迫りスフルは声にならない叫び声を上げながらメキメキと音を立て、プレス機の隙間から血が流れ滴る。


「あはははぁ、これで一件落着だな……協力感謝するよ、ブラックマーケットの花屋さん達」


「我々も薬代を誤魔化し雲隠れしたこいつには手を焼いてたからな、アンタがこいつの過去を探ってるときに偶然出会えてよかったよ……顔の広い運び屋に感謝だな」


 流れ落ちる血液に目もくれず二人は談笑するが、安部雅人は花屋の男の言葉を聞き笑う。


「私が現金輸送の時に使ってる運び屋は私の名前を気に入ってるからな……かく言う君もそうだろう?」

「……ああ、偶然だが俺らの元居たボスと同姓同名だからな……とは言え何でもかんでも頷く訳じゃ無いからな、町中の爆発なんてリスクのデカい真似はこれっきりにしてくれ」


「これから先があるかどうか分からないが、善処しよう……では金をトラックに積んでいる、そのまま乗って行きたまえ」


 トラックの鍵を渡し、花屋の男は背を向ける。


「では面倒掛けた、失礼する」


 花屋の男は工場を後にし、とっくに就業時間を過ぎた工場の中で安部雅人はプレス機のプレス部分を上げ、見る影もなくなったスフルの死体を見て笑う。


「あはははぁ、ブラックマーケットが水面下で復活を遂げていたとはいい知らせになった……ありがとうスフル、君の死体のお陰で私は公王にとっておきの情報を提供できる……いやはや、君はいい親友だよ」


 ニヤリと笑いながら安部雅人は死体を放置しどこかへ歩き出していき、死体だけが月明りに照らされていた。

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