第六話 First Gears -始まりの歯車-

 それから一年後、無事軍学校を卒業した安部正人はスネイルから貰った工場の管理者となり、それからさらに二年間特定の物に拘らずに多くの金属製品を扱っていた。

 灰皿やボウル等の小さな物から棚やベッドなどの大きな物を受注生産する事が主であり、復興中期の時代の中多くの製品を取り扱ったことが強みとなり工場は常に人手不足に近い状態になっている。

 そんな中社長室で作業をしていた安部正人の元をとある男が訪ねて来た。


「安部社長、お客様がお見えです」


「通したまえ」


 ドアの奥から聞こえてくる社員の声に返答すると作業服の社員とどこか見覚えのあるくたびれたロン毛の男が横に立っており、安部正人はため息交じりの笑い声をあげた。


「あはははぁ、随分と懐かしい顔ぶれだ……悪いが彼と二人きりにさせてくれないか?」


「承知いたしました」


 作業服の男はすぐさま社長室から退散し、男と二人きりになった安部正人は部屋の隅に置いてあるコーヒーポットを持ち上げカップにコーヒーを注ぎ机の上に置く。


「コーヒーだ、よかったら飲みたまえ」


「ああ、どうも……」


 ロン毛の男はコーヒーを受け取ると一口飲み、机の上に置いた。


「で? 久しぶりじゃないかね? スフル」


「まあ二年ぶりぐらいか? お前が施設出てから会ってないし……にしてもいい貰い物したんだな、F(ファースト)ギアーズだっけ? 会社の名前」


「ああそうだ、この国で最も早く動ける歯車……それがこの会社だ、現に他の追随を許さぬほどの成長をしているさ」


 にやけながら安部正人は自らの工場について熱心に語り始めるが、スフルはその話の途中に割り込む。


「あ~、お前が頑張ってるのはマジ良く分かるよ……そこでだ、お願いしたいことが一つあるんだけど……」


「何かね?」


「俺をここで雇ってくれないか!」


 スフルは突如両手を合わせ真剣な表情でお願いをする。

 その様子を見た安部雅人は少し考える素振りを見せ、コーヒーを飲み干した。


「君は、今どのような状態なのかね? 私と同じく学校を卒業した後すぐに炭鉱の仕事についたと聞いたが?」


「あ~……それがよ? 炭鉱が崩落して潰れちまってな……俺働く場所無くなっちまってさ……」


「炭鉱の崩落? 一年前ぐらいに聞いた気がするが……それから暫くどうしていたんだね?」


「どうって……まぁ、色々やってた……かな?」


 少し視線を泳がせながらそういうスフルだが、安部雅人は椅子に座り机の引き出しを開け一枚の書類を取り出し手渡す。


「まぁ君が困っているなら働く場所位は提供しよう、今は少し人手不足なのでな……故に少々忙しいがいいかね?」


「ああ、全然問題ない! いやぁ、やっぱ頼るべきは昔の友だな」


 スフルは書類を受け取ると机の上にあるペンを取り書類に住所や名前等の個人情報を記入し、誓約書や契約書に目を通して同意の為に拇印を押し手渡す。

 各項目を確認した安部雅人は社内放送のスイッチを入れ一人の従業員を呼び出し、部屋に入って来た従業員にスフルを紹介した。


「やあ、唐突で済まないんだが彼は今日からこの場所で働く事になったスフル・セロ君だ……確か余っている作業着が一着あったよな? 彼に貸してあげてくれ、靴もな」


「あ、はい……えっと、じゃあスフルさん案内しますね」


「よしきた」


 浮かれた表情で後ろをついていくスフルと従業員は部屋を後にし、安部雅人は椅子に座り仕事の続きに取り掛かる。




 それから二年の時が過ぎFギアーズは復興中に貯めた資金で新たな工場を建てどんどんと大きくなっていき、金属製品だけではなくプラスチックや半導体等を扱い始めそれまで過去の部品を改修し使っていたフォルンの物資は段々と新たな物に置き換わっていく。

 他にも自動車などの大きなものにも手を出し順調に成長を繰り広げていたフォルンだったが、その成長の中でうごめく一つの影があった。


「こちら、私からの気持ちとなります……お納めください」


 社長室の中で安部雅人はスネイルに電話を掛けており、スピーカーの向こう側からは少ししわがれたスネイルの声が聞こえる。


「雅人よ、まさか現金輸送車が届くとは……驚いたよ」


「私は貴方様から貰った工場でこの国に新たな時代を到来させました、現に今のフォルンの技術力は核戦争が始まる前の技術水準よりも少々下回ってはいますが、それでも着々と近づいてきております」


 安部雅人が言うようにフォルンの都心部には電話回線が引かれ、自動車を持つ家庭も増えている事から技術の水準は少しずつだが上がりつつある状態であり、日が沈んだ町の景色の中には街灯が光っており夜景を作り出していた。


「確かに、君にその工場を渡したのは正解だったようだな……しかし、七十万Ⅾ(ダール)もの金を渡して経営に影響は出ないのか?」


「私の稼ぎから出ているので問題はありません、ご心配無用です」


 フォルン公国が新たに作った新紙幣であるⅮを眺めながら安部雅人は呟く。

 それまで使っていた旧紙幣であるドルは悪貨が入り交ざった物であり、流通の加速の中新たに打ち出されたⅮがフォルン公国の中で主流となっていた。


「しかし旧紙幣ドルが混ざっていないとは、律儀な奴だな」


「ええ、貴方様が作った新たな通貨……ならば私はその通貨を使うのが礼儀かと思いまして」


「ふふふ……まぁ、それが君の良い所でもあるな」


「では私はこれにて失礼いたします、新たに始める建設業の為の準備がありますので」


 机に散らばる資料を一瞥しながら安部雅人がそう言うとスネイルは少し嬉しそうに笑う。


「ふふふ、このままいけば揺りかごから墓場まで作ってしまいそうだな」


「揺りかごから墓場まで?」


「例えだ、このまま君が事業を拡大すれば人々は人生の始まりから終わりまでFギアーズの製品を使う事になるだろうな」


「……そのような時代が来れば、私は大変喜ばしい限りです」


「ふふふではそうなるため頑張りたまえ、では」


 スネイルは通話を終わらせると安部雅人は資料をかき集め凝り固まった首元をぐるりと回し、資料を目で追い始める。

 しかしそのタイミングでドアがノックされ部屋に突如スフルがやって来た。


「よう! 今時間あるかい?」


「…………少し落ち着きたまえ、それとノックするなら合図位は待ちたまえ」


「いや、すまんね……ちょっと急ぎで聞きたい事があってさ」


 どこか急いだ表情のスフルが雅人の前で申し訳なさそうな表情をみせる。


「でだ、現金輸送車が一台止まってただろ? あれが無くなってて……」


「ああ、それは私が私用で使ったからだ……その事は事前に周知している筈だが?」


「え? 俺は聞いてないっつぅか上司も聞いて無いから聞きに来たんだけど……」


「…………まぁそういう事だ、後私は君と青春を一緒にした仲だがここでは社長と一社員だ、少しは敬いたまえ」


「ああ、まぁ善処するよ……あ、後俺がこの前申請したプレス機の発送が始まったっていう報告書も預かってたから置いとくぜ」


 スフルはそれだけを言い残すと部屋を後にしていき、雅人は一人部屋の中でため息を吐く。


「やれやれ、会社が大きくなった弊害か情報の共有が遅いな……何か手を打たなくては……」


 コーヒーを啜りながら椅子にもたれ掛かる雅人は今一度資料に目を通すのであった。




 時を同じくしてFギアーズ本社の駐車場では現金輸送車が丁度停まり、スフルは乗っていた運転手から鍵を預かっていた。


「予定外だったから凄い焦ったぜ」


「安部社長からは一報あった筈なんだけどね……はい鍵」


「どうも、所でどこに幾ら持って行ってたんだ?」


 スフルは車内に積まれている行先の表を見ても何も記入されていない事に首を傾げ前の運転手に尋ねると、前の運転手は愛想笑いを浮かべながら答える。


「それは言えないんだよな、まぁ俺もほぼ口封じされてるし」


「そんなに厳重なのかよ……気になるなぁ」


 スフルは煙草の箱が入ったレジ袋を前の運転手の手に握らせると前の運転手は声量を抑えスフルに伝えた。


「あ~、それじゃあここだけの話にしてくれるなら……」


「マジか? 教えてくれ!」


 嬉しそうな表情を見せるスフルは耳を澄ませ行先を聞き出す。


「実はな、今公王のいる官邸に持ってったんだ……内緒だぞ?」


「…………官邸……か…………なるほどな、せんきゅ」


 肩を叩き親指を立てるとスフルは現金輸送車に乗り込み、積み込みの為の場所に走らせていく。


「…………良い事思いついたっと……」


 ハンドルを握りながらニヤリと笑うスフルは帽子を目深にかぶり、ギアを変える。




 それから約二か月後、とある事件が発生した。

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