第二十六話 steak -最後の晩餐-

 カルボニア基地の崩壊の翌日、基地に付いたレジスタンス達は直ぐに会議室に集まり次の作戦についての会議を始めていた。

 かねてより予定していた本社への突撃を目的とした作戦をカルボニア基地襲撃前にすでに練っていた為か、画面には基地の詳細な図まで用意されており海斗が自室に籠っていた時にあれこれまとめていたことが伺える。


「今回の作戦はとにかく時間も無ければ失敗も許されない、イヴァンディア連合が和平交渉の準備をしている間に安部雅人の動きを封じなければいけない……その為には君たちが生まれ、我々が不満を抱いたFギアーズに突撃し徹底的に妨害をする!」


 海斗がそういうとレーザーポインターを手に取り図の中にある赤いマーカーで囲まれた場所を一つ一つ解説していきながら、作戦の概要を伝えていく。

 今回は兵器保管庫兼クローン精製工場と本社にあるサーバールームの破壊を目的とし、ハジメとティオ、そしてサンの三人チームで工場を破壊しノインとハチの二人でサーバールーム内の全てのサーバーを破壊し後世にクローン技術を残さず全てこの世から消し去り、他のメンバーは安部雅人捕縛の為に本社を襲撃する運びとなっている。

 しかしこの人数を運ぶとなるといつもの貨物機が必要になるが、本社のある場所は本土の最奥でありただの貨物機ではすぐに撃ち落されあっけなく全員死んでしまうだろう。

 そこでアンダーと海斗が先に侵入し、情報を収集した後に工業地区にある入り口に居る審査官になりすまし結城が普段アンダーが買い出しで使っているトラックで侵入し、目的地に着き次第全員荷台から降りそれぞれの役割を果たす。

 その為に今日すぐにアンダーと海斗は出ていかなくてはならず、この会議の最中にもアンダーは出席せずに移動のための準備をしていた。


「という事で俺とアンダーは少しの間居ない、その間の事は小夜と結城に任せた」


「了解しました」


 結城は頷き、それを見た海斗は最後にカトルを呼ぶ。


「それと最後に……カトル」


「はい」


 カトルは名前を呼ばれ、立ち上がると早々に皆に向かって頭を下げた。


「勝手な行動を済まない、僕自身どうしてもセイが殺された憎しみから抑えきれなかった……」


 悔しそうな表情でカトルはそんな言葉を口にする。


「ほーんと、アンタが勝手に居なくなって皆探したんだからね! でもとりあえず生きててよかったわ」


 ピーチャがやれやれと言わんばかりの表情でカトルにそう言うが、安堵の表情が伺えた。


「とにかく、私達は気にしてないので……カトルさん頭を上げてください」


「申し訳ない」


 カトルは頭を上げ、再び椅子に座り海斗は皆に解散することを伝え海斗はすぐさま部屋に戻り荷物を確認し、最後に机に置きっぱなしにしていたスマホを手に取る。


「俺は……俺が生み出した責任を取らなくては……」


 そう呟いて海斗は部屋を後にし、普段使いしている物ではなく今日の為に近くの違法店から調達した車の窓を叩き、先に準備を終え乗り込んでいたアンダーに声を掛け荷物を積み込む。


「準備はいいか?」


「問題ないぜ、お前も大丈夫か?」


「問題ない」


 シフトレバーを動かしアンダーはアクセルを踏もうとした時、サイドミラーに小夜が写り込んでおりアンダーは窓を開けた。


「海斗様! ちょっとよろしいですか!」


「どうした?」


 発進寸前に呼び止められた海斗は窓から顔を出して小夜の方を見る。


「護衛も付けずに行くんですか?」


「ああ、大人数で行ってもリスクが上がるだけだからな」


「でも少しずつCEOは海斗様に近づいてきています……どうか護衛をつけてください」


 小夜は必死な表情で海斗にそう伝えるが、海斗は少し悩んだ表情を見せ考え込む。

 小夜の言う通りレジスタンスの行動をある程度予測しているのか、先日の作戦内で妨害電波を使ったり自爆装置を使ったり等待ち伏せに近い行動を取りつつあり、今回の作戦内でも何かしらの妨害や待ち伏せが用意されている可能性も否めない。

 だが工業地区に入るには外出許可証が必要であり、海斗やアンダーは偽の許可証があり小夜には正式な許可証が与えられている。

 しかし他の価値なしや結城は許可証を持っておらず、その事がバレてしまうと非常に動き辛くなってしまうリスクがあり、そのリスクは二度目の無いこの作戦内で背負うのは少々辛い。


「……だめだ、やはり彼らを連れていくのは危なすぎる」


「しかしもし海斗様が襲われ、死んでしまっては……」


「……大丈夫……とは言わないが、最善を尽くすよ」


「ダメです! 海斗様はすべてが終わった後に皆を導く人なんです! 私たちクローンをあるべき姿に出来る人なんです! ……どうかご検討をお願いします」


 つい先日死人が出たあたりから小夜の胸はざわついていた。

 今はまだ一人の犠牲だがもしこの犠牲に次があり、これが順番の始まりなのではないかと思えるほどに敵は兵力をレジスタンスに割いている。

 そんな中生身の人間が二人本拠地に潜入するというのは無謀に近く、ましてやその先頭を切るのか海斗であるという事に小夜は居ても立っても居られなかった。


「……はぁ……アンダー、俺はまだ一人で何でも出来るほど器用じゃないな……まだ他人に迷惑を掛けてしまってる」


 助手席のアンダーを見る。

 すると当たり前だと言わんばかりの笑顔でこちらを見ていた。


「お前が何でもできる程力と器量がありゃ俺や結城を頼ったりしねーだろ」


「だな……今は自分の不甲斐なさに感謝しておくか……小夜、護衛は何人必要かな?」


「一人二人は欲しいですが……どうしても心配なら私だけでも連れて行ってください」


「しかし、そうなるとセツコの看病が……」


「私に任せてください!」


 次はナナがこちらに近づいてくる。


「小夜さんから施術を一通り聞きました、それにセツコさんの様態も安定してきて山は越えたはずです……なので小夜さんを連れて行ってあげてください」


 生きているか死んでいるかの瀬戸際に居たはずのセツコの様態が安定してきたという言葉に海斗は安堵し、海斗は後部座席のドアを指さす。


「……仕方ない、乗れ」


 後部座席に小夜を乗せ、車は出発する。

 このアジトから工業地区までは片道三時間ほど掛かり、途中で交代しながら運転し何とか工業地区の入り口にたどり着く。

 工業地域の入り口には武装した見張りが立っており、海斗たちに外泊証の提示を求めてくる。


「外泊証はお持ちで?」


「ああ、ここに」


「……失礼、海斗様でしたか! ご苦労様です……さあお通り下さい」


「ああ、ありがとう」


 海斗は見張りに手を振り工業地区に入る。

 中はいつもと何ら変わりなく、町の住人はレジスタンスが国に反旗を翻していることなど全く知らなさそうだ。

 夕陽が差し込む商店街では子連れの主婦が手をつないで歩いていたり、くたびれたサラリーマンが帰宅途中だったりとそれぞれの日常を過ごしているようで、戦争とは無縁の表情を浮かべている。

 それもそのはず、この国の国民は戦争している事等忘れ去られているも同然であり過去の教訓から弾道ミサイル等は暗黙の了解で禁止となっており、この場所に弾や爆撃が届くことは無い。


「いやー、国の慰安所はやっぱりいいよなぁ……工場に勤めてりゃ安いしなぁ」


「木戸さんハッスルしてましたもんね」


「年甲斐もなくはしゃいでしまったよ」


 結城が務めている工場と同じと思われる作業員が国が運営している慰安所から数人下品な会話をしながら出てくる。

 価値無しと言う存在が唯一身近で戦争を感じられるはずなのだが、価値無しが人間と定義されていないせいなのか気にする様子も、価値無しに対し咎める声も無いことは無いが日に日に小さくなっていく。

 それもそのはず周りで戦死した人など殆ど出ておらず、出ていたとしてもクローン兵士の量産が追い付くまで戦線を支えていた軍人達が少し戦死した程度である。

 戦争がはじまり十数年。

 どうやら国民にはこの生活が当たり前になっていた様だ。


「今戦争を実感しているのはクローン兵士と役人と軍需産業に携わる連中と俺たちレジスタンス位か」


「ま、ある意味理想的と言えば理想的なんだがな……」


 国民から見れば誰も死なない戦争であり、国に住む人たちが脅かされない代理戦争と言うのが適切な状況に二人はため息が出た。


「海斗、どこに停める?」


「団地に停めよう、あそこなら停められる場所はあるだろうしな」


「了解」


 車を団地に向かわせ駐車場に停めアンダーの店に行き、そこで作戦会議を始める。


「まず俺は次の作戦の為に会社のデータにアクセスしてある程度兵の動きを確認しておく……その間アンダーは昔の仲間から今CEOがどれぐらいの情報を持っているか探ってくれ」


「ああ、分かった」


「小夜は俺のオフィスに行って全データを抹消してくれ、前に殆ど消したがもしかしたら隠してあるバックアップを復元されるかもしれない」


「かしこまりました」


 現地に赴いた三人は覚悟を決めた表情で頷く。

 ここで三人がうまく動かなければ後続は続かない事を考え、集合時間を決めその時間に間に合わない場合は探しに行かない旨を伝える。


「では健闘を祈る、解散だ」


 それぞれ別々の場所に向かい、アンダー以外は店を後にした。

 海斗はFギアーズのサーバー内のデータにアクセスするために車に小夜と乗り、走らせる。

 海斗のオフィスで小夜を降ろし、そのままFギアーズの本社に入っていく。

 本社は地上52階、地下10階に及ぶ大きな建物で、この国唯一のブランドを支えるデスクワークは殆どここで行われている。

 社員証を入り口に通し海斗は中に入り本社にもある自分の席を目指し歩いていく。

 いつもならタブレット一つで行われる内部データの洗い出しだが、普段使っているサーバーは現状からワンテンポ遅れた情報であり、最新のデータを欲している現状ではその手は使えない。

 海斗はすれ違う社員の挨拶を返しながら、本社の自分の席に座りタブレットをPCに繋ぎ、最新のデータを纏める作業に取り掛かる。

 その間偽造していた出張届の辻褄を合わせるために、偽の報告書をでっち上げ提出。

 三時間ほど机に向かい、資料をまとめた後に突然スマホに着信がはいり、アンダーや小夜からの通信だとマズいと思い一旦離席し、誰も居ない喫煙室に入っていく。


「もしもし? こちらFギアーズ技術企画部開発部長の安部です」


「ああ、海斗! 久しいなぁ……あはぁ……」


「父さん……」


 聞きなれた父親の声が聞こえ、海斗は冷や汗が流れる。

 仕事外だろうと仕事だろうとあまり電話を掛けてくることのない父親こと安部雅人が、まるで見計らったようなタイミングで電話を掛けてきたことに海斗は不信感を覚えつつも平静を装い返答をした。


「父さんから電話を掛けるなんて珍しい、何かありましたか?」


「なに、父親が我が子に電話を掛けるのに込み入った用など必要無いだろう? ……まあ、用はあるんだがな」


「何でしょう?」


「何、今日出張から帰って来たんだろう? 夕飯がまだならディナーでも如何かな? いい店を見つけたんだ」


 嬉しそうに雅人は話す。

 だが雅人が嬉しそうであればある程海斗は不安を覚える。


「……どこのお店です?」


「ああ、住宅街にあってな……アンダー君が経営してる店なんだ」


 海斗に衝撃が走る。

 スマホを耳に当てたまま海斗は喫煙室を飛び出し、車に飛び乗りエンジンを掛けた。


「もしディナーがまだなら今すぐ来ると良い、私はそこで待っているぞ」


「わかりました、すぐに向かいます」


 通話を切り、助手席にスマホを投げつける。

 アンダーに迫る危険を察知した海斗は法定速度を無視しながら団地に向かい、乱暴に車を停めアンダーの店に向かう。

 怪しまれぬよう仕事道具を持ち、仕事の途中で来たと思わせる様に自分に言い聞かせながら階段を降りて行く。

 はやる鼓動を押さえつけながら店の中に入って行くと、店の中では雅人がカウンター席に座りながらステーキを食べていた。

 鉄板の上で油が際限なく弾ける極厚の肉にナイフを突き刺し、そのまま持ち上げかじりついた。

 宴会の場等では絶対にしないが、基本的に雅人の食事マナーは悪い事を海斗は思い出す。


「父さん、遅れました」


「ん、いやぁみっともない所を見せたな」


 口の周りを油で汚し、滴った肉汁をスーツに落とすがそんな事は気にせず海斗の方を向く。


「しかし彼の飯はうまいなぁ……彼を秘書にしているとき、つい料理をなんどもねだってしまい健康診断に引っ掛かってしまったのを思い出すよ」


 ステーキを鉄板の上に戻し、ナフキンで口元を拭う。

 その行動一つ一つに何か裏があるのではないかと海斗は目を凝らしてしまう。


「おや? 座らないのか? 海斗の分もステーキを頼んだはずだからもう少しで出てくるはずだぞ?」


「……いただきます」


 何も悟らせないよう、平静を装いながら雅人の隣に座るが未だ鼓動はなりを潜めない。


「最近どうかね調子は? 仕事で困った部下などは居ないか?」


「いえ、皆自分で考えて動いてくれる優秀な人材ばかりです……ただ少し教育係の教育が多極化してしまって派閥の様になってしまっていますが、抑圧せず野放しにせずで上手くやっていけてます」


「そうかそうか、それは良かった……部下とのコミュニケーションは良好か……施設も何不自由ないか?」


「そうですね、先日導入した個人ブースのお陰で社内のストレスも減った気がします」


 世間話は続いていく。

 そして海斗にとって尋問の様に感じられる親子の会話を続けていると、雅人の食べているステーキと同じ鉄板に乗った肉が運ばれてきた。

 しかし運んできたのはアンダーではなく、クローン兵士であった。


「なに⁉」


「どうした? そんなに驚いて? ……彼は今アンダーの手伝いをしているのだ、そうだろ?」


「はい、アンダー様はただいまお忙しいので私が料理をお運びいたしました」


 海斗は雅人の顔を見る。

 雅人は歪んだ笑顔を浮かべ、含み笑いを殺しながら口を開いた。


「なにをそんなに怯える? 食べないのか? 美味しいステーキだぞ? 冷めてしまう前に食べるといい」


 静かに椅子に座り直し、ナイフを手に取る。

 しかし海斗は今ので完全に確証を得ることが出来た。

 アンダーが忙しいからとクローン兵士を厨房に入れる人間ではない、ましてや敵対している兵士を。

 海斗はナイフを机に突き立て、雅人に強く問う。


「父さん、貴方は何処まで知っているのです!」


「あはぁ……あははぁ……食べないのか? ステーキ? 美味しいぞぉ?」


 安部雅人は再びナイフを肉に刺し、見せつける様に食べるが海斗は気にもせずに声を上げた。


「答えてください!」


「食べないのか……良かったな、共食いになるところだったな……あははははははは」


「なんだって……」


 厨房の奥からもう一人のクローン兵士が現れる。

 二人のクローン兵士は雅人の後ろに立ち小銃をこちらに向けるが、一人のクローン兵士の手には血が滴るアンダーの生首を持っていた。


「返してやれ、土産テイクアウトだ」


 雅人がそういうとクローン兵士はアンダーの生首を地面に転がす。

 それを見て海斗は雅人の発言とアンダーの生首から、今自分に出された肉の正体を想像してしまう。


「おええええええ!」


 海斗は堪え切れず上がって来た胃酸を放出してしまう。

 もしあのまま海斗が雅人と仲良し親子ごっこを続けていたならば、この肉に手を付けてしまっていた事だろう。


「汚いぞ海斗……まぁお前のした事に比べれば多少綺麗だがな」


「……父さん……貴方はなぜこんなことが平気で出来る……」


 普通の人間ならば生首を転がすだけでなく、調理し人に振舞う事すら躊躇うだろう。

 しかし安部雅人はこの光景を見てもなお笑顔を浮かべており、狂気だけがその瞳から感じられる。


「愛さ、この国に対する私の体では抑えきれない愛国心……それこそが私を形作る物だ!」


 ステーキに刺さっていたナイフを取り出し、アンダーの生首に投げる。

 ナイフはアンダーの耳に刺さり、そこから血が流れ床を汚す。


「海斗、お前も惜しい事をしたな……折角私の息子だったのにな、お前はちっとも私を理解しようとはしなかった」


「あんたの様な狂った人間を理解できるはずがない!」


「私はこの国を豊かにするために動いているだけだ、それすらも理解できないのか?」


「人の命を弄んで、戦争を助長する奴が国を豊かにするだと? 笑わせるな!」


 口からあふれ出た吐瀉物をぬぐい、雅人を睨む。

 そんな海斗を見て雅人は憐れむようにため息を付いた後手を上げ振り下ろし、そのジェスチャーを見ていた後ろのクローン兵士が引き金を引き、海斗に二つの風穴が開く。


「がはっ⁉」


 痛みと衝撃で壁に背を付く。


「海斗、私が優しい声色で話しているうちに頭を下げておくべきだったな……愛おしい我が子よ、永遠にさようならだ」


 とどめは雅人が決めるのか、クローン兵士から銃を取り上げ海斗に向ける。

 すると一つの小さな物体が部屋の中心に転がり、煙を噴き出した。

 呆気にとられた雅人は一瞬遅れて引き金を引き、クローン兵士は主を守るために雅人の周りを警戒する。

 だが煙は晴れ、辺りを見渡すと海斗の姿はそこにはなく血の道が部屋の外に繋がっていた。


「……まあいいか、どうせ逃げれんのだから……あぁ、つい高ぶって口を割り損ねてしまった……まあいいか」


 雅人はスマホを取り出し、秘書に電話を掛ける。


「海斗のタブレットを手に入れた、至急解析を頼む」


「了解いたしました」


「ああ、それと国から借りた軍全てを飛行船に載せていつでも飛べるようにしておけ……始まるぞ……レジスタンスとの最後の戦いが!」


 通話を切り、席を立ちあがる。

 そして海斗の席に置いてあるステーキを素手で鷲摑みし、一口かじった後手に持ったステーキを床に投げ捨てる。


「私が作る豊かで幸せなフォルン公国に貴様らの居場所は無いのだ、レジスタンス!」


 雅人はアンダーの生首を足蹴にし、店を出ていく。




 一方外では海斗を後ろに乗せ、小夜がハンドルを握り海斗の自家用車で自宅に向かっていた。


「海斗様、遅くなってすいません……」


「いい……構わない……」


「今すぐ海斗様の邸宅に戻り、手術をしましょう」


「いい……構わない……俺はきっと……そこまで持たない……」


「だめです! 堪えてください!……貴方は死んではいけません! あなたが死ぬなら……私も死にます!」


 涙を浮かべながら夜の街を走り去る。

 工業地区を抜け住宅街に入り、広い敷地の屋敷に車を停め海斗を下ろそうとするが、海斗はスマホを持ちながら小夜の方を見てほほ笑むばかりだ。


「海斗様、肩に手を回してください……」


 涙ながらに小夜海斗に訴えるが海斗はスマホを小夜に渡そうとするだけで、肩に手を貸そうとはしない。


「小夜……このスマホに俺の遺言が入っている……昨日の内に取っておいたんだ……これを皆に聞かせてくれ……」


「いやです……そんな……そんな事言わないでください……」


 浮かんでいた涙は重力に引っ張られ、小夜の頬を伝う。

 だがそんな涙を海斗がそっと拭い、笑顔を見せる。


「俺のセスナがある筈だ……お前なら動かせるだろ?……皆の元に行ってくれ……きっと……父さんは……攻撃を……仕……掛……け……て来……る……」


 最後にスマホを渡し、海斗は途中で力尽きてしまう。

 その光景を見た小夜は両手で顔を覆い泣くが、やがて決心した顔で海斗のスマホを取り邸宅裏にあるセスナの発進準備を整え始めた。

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