第十二.二話 charm -愛嬌-
実戦訓練の三日後、いつも通りの夕食を食べているとアンダーが食器棚を開けて首をかしげる。
「なあ海斗、食器使って戻してない奴あるか?」
「なんだ藪から棒に?」
「いや、持っていってないならそれでいいんだが……」
納得いかない表情でアンダーは首をかしげた。
「やっぱ皿減ってる気がするな……」
「気のせいじゃないか?」
「うーん……そう言われりゃそんな気がするが……でもやっぱスープ皿が足りない気がするな……」
「まぁ、足りなかったら買えばいいさ」
「そうだな」
そういうとアンダーは食器棚を閉め料理に戻るが、そこにハチが食べ終わった食器を戻しに来る。
「ご、ごちそうさま!」
「おう!」
どこかぎこちない表情で食堂を後にするハチだが、それを見たノインは何か企んでいると感じ同じく食器を下げた。
「ごちそうさま」
「おうよ」
ノインは食堂を後にし、ハチを問いただそうと食堂を後にする。
「ぶえっくしょい!」
その後ろでマスクをつけたセイが豪快なくしゃみをし、横に座っているカトルが心配そうな目でセイを見て居た。
「セイ、お前最近くしゃみ多くないか?」
「おう、鼻水も止まらんぜ……一応風邪薬は貰ってるんだがな……」
「……移すなよ?」
「少しは心配してくれてもいいんじゃねぇかなぁ」
鼻声のセイがうなだれるようにカトルに言うが、カトルは特に気にすることなく食事を続けている。
「ハチ」
「うぇへい⁉」
廊下を合付いていたハチが、後ろから急に声を掛けられたせいか素っ頓狂な声を上げながら後ろを振り返る。
「その手に持っている物は?」
「え⁉ えと……えっと……」
手に持っているニンジンの入った皿を指さし問うノインだが、ハチは慌てた表情でそれを後ろに隠し、何事もなかったかのように振舞うが今更過ぎる反応にノインは訝しみ詰め寄った。
「そのニンジンも皿も、勝手に厨房から持ち出したのか?」
「え、えっとその……ごめん!」
「おい!」
ノインの脇を走り抜けていき、ものすごい速さで遠ざかっていくハチの背中をノインは追いかけようを手を伸ばすが、ティオがノインの肩を急につかみそれを止める。
「何のつもりだ?」
「別に何も、でも日を改めてもいいんじゃない? みんな眠いのに騒がれても困るよ」
眠そうな表情でティオは言うが、少々口角が上がっており楽しんでいる様にも見える表情でノインを見て居るが、ノインも時間帯を考え手を引く。
「そうだな」
それだけ言うとノインは踵を返し自分の部屋に向かっていく。
まだハチが何をして居るか分からない中、ノインも事を荒立てるつもりは無い為自室に戻ったノインは明日の夜再び何をして居るか後を付けようと考えながら就寝の準備を始めた。
翌日、再び夕食後にノインは静かにハチの後を付けた。
今日はニンジンではなくキュウリの切れ端を皿にのせており、その皿もよく見ればスープ皿のようにも見え、ますます何をして居るのか分からないノインは足音を殺しながらその行く先を付いて行く。
ハチは自室から廊下を歩いていき、そのまま裏口から外に出て森の方へと歩いていった後気の前で皿を置き声をかける。
「おーい、ご飯だよー」
ハチが小さな声で森の木に話しかけると木の根の隙間から親猫と子猫が二匹現れ、ハチが持って来た皿に入っているキュウリにかじりついた。
「な~ご」
猫は満足そうな表情でハチの足元にすり寄り、子猫も続いてハチにすり寄る。
「昨日はすぐ帰っちゃってごめんね」
「うにゃん」
猫を抱き上げながら頬を摺り寄せるハチだが、そんなハチを見て居たノインは静かにその場を去ろうとするが小枝を踏んでしまいハチがこちらに振り向く。
「ノ、ノイン⁉」
「……すまない、やはり気になって後をつけてきてしまった」
「あう……うん……」
「シャー!」
後ろめたい表情で話すハチを庇うかのように猫が威嚇する。
「責めに来たわけじゃない、だからそんな顔をするな……ただ何があったかだけ教えてくれ」
「……分かった」
未だ威嚇する猫を膝に乗せハチは頭を撫で落ち着かせ、静かに話し始めた。
「数日前に外で訓練してる時たまたま見つけて、その時すごい痩せてて子猫もやつれてたから見過ごせなくて牛乳をこのお皿に入れて持ってったの……それからこの皿にキッチンにある野菜の切れ端を乗せて持ってきてるの……」
「そういう事だったのか……」
ハチの膝の上で寝転がっている猫はやつれている様には見えず、子猫も元気に鳴き声を上げている。
それを見たノインは暫く考え、空になった皿を手に取りハチに声をかけた。
「ハチ、驚かせた詫びにこの皿を洗ってきてやる」
「え? いいの?」
「ああ、別にやましいことは無かったしな……疑った詫びだ」
「ありがとう、でもノインがそのお皿を持ってったらノインが怒られちゃうからアタシが持ってくよ」
「遠慮するな」
そういってノインは皿を持ち食堂に向かっていく。
食堂に入るとアンダーがまだ厨房で食器を洗っており、小夜が食堂の机を拭いていた。
「アンダーさん、これも洗ってもらいたい」
「おう……ってこれ無くなってた奴じゃねぇか!」
先日から姿が見当たらなかった食器をノインに手渡されたアンダーはノリツッコミの様なセリフを吐くが、ノインはその様子を見て頭を下げる。
「申し訳ない、猫に餌を与える為どうしても必要だった」
「猫ぉ? おいおい一体どういうことだ?」
何が何だか分からない表情で戸惑うアンダーだが、ノインが事の顛末を話すとアンダーは納得した表情でノインの肩を叩く。
「それならしゃあねぇな、でも一応海斗には伝えておけよな?」
「ええ、そのつもりです」
「ならよし! ついでに猫の飯も任せとけ! んでもって猫にとびきり腕のいいシェフが飯を作ってくれるって伝えとけ!」
「了解」
ノインは厨房を後にし、次に海斗のいる部屋の扉をノックし海斗の返事が返ってきた後、扉を開け中に入る。
「夜分遅くに申し訳ない、実は敷地内に居る野良猫を飼いたいのですが」
「野良猫? どこに居たんだ?」
「近くの森の中に衰弱した猫がいて、俺が厨房の皿に飯を乗っけて持っていき世話をしていました」
「アンダーが言っていたのは気のせいでは無かったんだな」
海斗は顎に手を当て悩んだ表情をしたが、すぐに了承を得ることが出来た。
「いいだろう、ただし施設内には入れるなよ? セイが大変なことになるからな」
「セイが?」
「ああ、数日前から原因不明の鼻水やくしゃみに襲われていたがようやく原因が分かった……多分ありゃ猫アレルギーだな」
「……あれはそういう事だったのか」
先日厨房でくしゃみや鼻水が止まらない旨の話をしていたことを思い出し、ノインは納得する。
「とりあえず、猫を飼うのはいいが敷地内に入れず猫の毛は落とせって言うのといずれは野生に返すこと、後勝手に食器を持ち出した罰として三日間風呂掃除を任せるがいいな?」
「問題ない」
「ならよし、後一つ質問いいか?」
「なんでしょう?」
「お前猫の毛が全然付いてない様に見えるが?」
「…………」
海斗の質問に答えが出ずにたじろぐノイン。
少し考えノインは口を開き、答えを口にする。
「俺は猫を抱きかかえるのが下手くそなんですよ」
「…………そうか、悪いな呼び止めて」
「では」
ドアノブに手をかけノインは部屋を後にし、自室に戻るとサンが暇そうにパズルを作っており、ノインが戻ると明るい表情になり振り返った。
「ノイン遅いじゃねぇか! 見ろよパズル結構進んだぜ?」
「ほう、何気に半分も行ったのか」
千ピースで構成されたはずのパズルも数日で半分ほど進み、完成後の絶景が楽しみになりつつあるサンが毎晩コツコツと進めていたことが伺える。
「なぁノインも明日手伝ってくれよ! 一緒にやろうぜ」
「悪いが俺は明日から風呂掃除があるんでな、夜は空いていない」
「えー? なんかしたのか?」
「そうだな、しいて言うなら……少し格好つけすぎたかな」
「どういう事だ?」
何があったかさっぱりわからないサンは頭を悩ませるが、ノインはさっさと布団に入り目を瞑った。
翌日。
朝の訓練を行っているとハチが近づき、ノインに声を掛ける。
「ノイン! 今朝アンダーさんに猫の餌だって渡されたんだけどどういう事?」
「……まぁ、色々あってな」
「色々って何?」
ノインは昨日アンダーや海斗に話したことを喋るとハチはノインの額を軽くたたき、ふくれっ面になりながら問い詰めた。
「もう、ノイン自分のせいになんかしないで良かったのに! ……でもありがとうね、アタシの為に」
「……すまん」
「いいよ、アタシもこれで心置きなく猫ちゃんに会いに行けるし」
太陽の様に眩しい笑顔を見せるハチを目の前にしたノインは少し視線を逸らす。
「おーいハチ! 次お前だぞ!」
「はーい、じゃあまた夜!」
アンダーに呼ばれたハチは走り去って行き、その背中をまたノインは見ているとティオが脇腹を小突きにやにやと笑いながら話しかけてくる。
「君も隅に置けないって奴なのかな」
「……偉く口数が多い様だが」
「まあね、面白そうなことには前向きなんだ僕」
「お前が思っているほど面白い話ではないさ、多分な」
「あっそう、でも意外だったな……君が庇うなんてさ」
「知っていたのか?」
「知っていたも何も僕の部屋から見えるしね」
ティオは窓を指さしノインもその方向を見ると、確かに先日の事情はすべて筒抜けになっていてもおかしくはない位置に窓があった。
「ちなみにハジメは『好きにさせとけ』って言ってたよ」
「そうか……しかしバレていたとなるといささか恥ずかしいものだな」
「良いんじゃない? だって好きなんでしょ?」
「…………いや、そういう訳じゃ……」
ティオの何気ない質問に言葉を詰まらせたノインを見たティオはからかう様な表情で笑い、それを見たノインは顔を引きつらせながら笑う。
「ティオ、次の実戦訓連の時は覚えておけよ」
「まぁ、覚えてたらね~」
手をひらひらと振りながらどこかに歩いていくティオ。
一人取り残されたノインはため息を吐き持久力の計測をしているハチを見る。
「……まぁ、見とれていたのは事実か」
再びため息を吐き次の自分の番が来るまでノインは一人柔軟をしながら体を温めていた。
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