第二十三話 N132 say -語る過去-

 時は遡りまだセイがフォルンの軍に所属していたころ、さんさんと照る太陽の下訓練としてエアガンを持たされ即興で組まれたチームの元、戦闘訓練を行っていた。

 セイは国の標準装備でもあるアサルトライフルを装備し、隣の仲間に支持を送る。


「敵、十一時の方向バリケードの中! N132は右から奇襲を、俺は奴らを釘付けにする!」


 バリケードから顔を出し、頭を出さない敵のバリケードに弾を当て続け敵がそのバリケードから移動しないように絶えずに弾を当て続けるセイだが、N132が動き出していない事に気づき、声を上げた。


「N132! N132! 聞こえてるか!」


「あ、ああ……すまない!」


 今更ながら気づいたのかN132は動き出すが先ほどからバリケードに発砲していたセイはリロードをし始め、バリケードの中の敵は今がチャンスと顔を上げ二人は撃たれ、両手を上げ撃たれた合図をする。

 そのまま訓練は終了し、訓練の片づけをしている中セイはN132の様子が少しおかしい事に気づき、声を掛けた。


「N132、大丈夫か?」


「何でもない、俺は大丈夫だ」


 少し戸惑った表情でN132はそれだけ言うと片づけに戻り、セイはその後姿を何となく眺めていると教官に名前を呼ばれたため、渋々片づけに戻る。




 やがて日が沈み今日という一日が終わりを告げ寮の自室……と言えば聞こえはいいが、約一畳で一メートル四方の棺桶と言っても差し支えないスペースを二段積み上げ並べた寝るためだけの場所で毛布を被り、セイは眠りに付こうとしていたが隣からヒュウヒュウと息苦しそうな声が聞こえ耳を澄ませた。

 すると隣から聞こえる事に気づき、足元にあるカーテンを避け隣の部屋で眠っているN132を見ると顔だけでなく耳まで真っ赤になっており、一目で体調が悪いと判断できたセイは周りの者を起こさない様に恐る恐る小さな声で呼びかける。


「おい、大丈夫か?」


 しかしセイ話がしかけるも反応はなく、N132の下にあるN131の空き部屋に足をかけ恐る恐るN132の寝床に侵入しサラサラの前髪を退け額を触るとまるで日光で暖められたコンクリートの様に熱く、すぐにセイは周りに誰か居ないかと周りを見るも、監視の職員は飲みに出かけておりこのままではN132の治療は明日の朝になってしまうだろう。

 だがN132をこのまま放置しておく事が出来ないと思ったセイは部屋の扉に手を掛けると、いつもは掛かっているはずのカギが掛かっておらず驚くがすぐに廊下に出る。


「どうせ勝手に部屋を出たら罰則なんだ……人は呼ばない方向で行くか」


 脱走は重罪であり、たとえ人を呼ぶために出たとしても罰則を免れないと分かって居るセイは一人で医務室を目指し、解熱剤を探しに向かった。

 廊下には明かりがついているが人影はなく、初めて一人で歩く廊下は少し不気味に感じたが、セイはたじろぐ事無く記憶を頼りに廊下を歩いていくがまだ残っている職員に会わない様に感覚を研ぎ澄まし歩く。


「まさか潜入の教本の内容をここで使うとはねぇ……あの人も、こんな感じだったのかな……」


 少し苦笑いを浮かべながら廊下を歩いていると、奥から資料を持った女性職員が歩いてくるのが見え、部屋の中を確認し施錠しているようだった。


「マズいな……医務室も閉まってるかもな……」


 医務室が閉まっていれば当然セイが入れる訳もなく、この行動がただただ無駄に終わってしまうと考えたセイは今目前に迫りつつある女性職員から鍵をくすねる事が必要だと思い、すぐさま近くの資料室に入り窓を開け扉の横に机を移動させ扉が開くのを待つ。

 数秒待つとセイの予想通り職員はドアを開け中の様子を伺うが、その隙に机から手を伸ばしポケットに入れているマスターキーを摘まみそっと取り出し机の下で息を潜めると職員は開いた窓を閉めようと部屋の奥に向かい、その間に部屋を後にする。

 マスターキーをくすねたセイは大事になる前に駆け足で医務室に向かい、鍵を開け中に入り薬品棚を開けた。


「どれだどれだ? あった!」


 解熱剤と書かれた瓶を手に取り、中から数錠拝借し近くにあったティッシュに包みテープで蓋をしてポケットに入れる。

 用事を終えたセイは薬品棚を閉じようとする時に手が瓶にぶつかり床に落ちて割れ、乾いた音を立てた。


「誰か居るのか?」


「やべっ」


 セイはすぐさまその場を後にし、廊下に出るが運悪く職員に出くわしてしまう。


「誰だ!」


「おっとすまん!」


「待てっ!」


 隣を走り抜け寮に戻っていくセイだが、職員はそんなセイを追いかける。

 何とか走り抜き寮のドアノブを握るが、運悪く施錠されており先ほどのマスターキーを差し込み回すが、鍵を開けるまでに少し焦ったのが災いし部屋に入ると同時に追いつかれ銃を突きつけられた。


「そこで何をしている!」


「……」


 セイは黙り、口を噤む。

 そんなセイに銃を突きつけた職員は肩を回し、セイを連れて行こうとするがそこでセイは暴れ出す。


「放せよ!」


「このっ⁉ 抵抗する気か!」


 職員とつかみ合いになるセイだったが、この状況をセイは狙っていた。

 自分に視線が行き、暴れる中で先ほどポケットに入れた解熱剤をN132のベッドに投げ入れ、その後目的は果たしたと確信したセイは大人しくなり職員に連れて行かれる。




「脱走と窃盗により明らかな意思を持った反逆と見なし、N130は処分となる! なおこの決定は覆らないものとする!」


 手錠を掛けられたセイは懲罰房の中でその言葉を聞かされ、さらに厳しい拘束衣を付けられ運ばれていく。

 だが処理待機室前まで運ばれたセイは足を止め、職員に話しかけた。


「……一つ、伝言はお願いできますかね?」


「……なんだ?」


「N132に、俺の分も頑張れって伝えておいてください」


「……まぁ、覚えてたらな」


 それだけ伝えるとセイは自ら処理待機室に入っていき、静かに約束の日を待つだけだった。




 セイはN132の肩を借りふらふらと歩きながら、涙を流していた。


「……お前がくれた解熱剤のお陰で、俺は今もここに居る……だが分からない、何故お前は俺を助けた? 自らを犠牲にしてまで」


 N132が長らく心の中で疑問に思っていた事を伝える。

 番号が近いが故、訓練内で同じチームになる事はあったが特別な仲でもなかった筈だが、懲罰を与えられると分かっても行動したセイに感謝と戸惑いがあったN132は、今日こそその答えを聞けると思い、真剣な表情でセイを見つめた。


「……俺も昔熱を…………それで、助けてくれた……N……131……あの人……が……」


「そうか、N131が居なくなった理由はそれが原因だったのか……」


 今思い返すと、セイの隣にN132が居りその下にはN131が居たはずなのだがN132が熱を出した時には既に居らず、その理由を知らなかったN132はようやく納得できた為口角を上げセイを担ぐ。


「それが知れたなら、俺はもう満足だ……さぁ行くぞ、仲間の元まで運んでやる」


 N132は虚ろな目をしているセイにそう言うと、防音室の扉を開け扉の横に居る見張りの兵の首にナイフを突き刺し一撃で絶命させる。

 廊下には他に誰もおらず警報だけが鳴り響いており、今がチャンスと踏んだN132は歩き出す。

 かつて自らを犠牲にしながらも助けてくれた旧友を助けるために。




 時は再び戻り、カトルが窓から眺めていたハジメは未だに休むことなくクローン兵士を仕留めていた。


「四十三! チッ! こんな時に通信か!」


 通信が入った事を知らせるアラームが鳴り、バイザーに触れ通信をオープンにしたハジメの耳に海斗の声が聞こえてくる。


「海斗だ、通信が遅くなって済まない! 戦況を報告してくれ!」


「……こちらハジメ、兵を殲滅中!」


「そうか……すまないが少しミッションプランを変えさせてくれ、新しい情報を得た! その場所に父さん……安部雅人が居るはずだ! 見つけ次第速捕獲してくれ、できれば生け捕りだとありがたい!」


「へぇ……」


「だがもし不可能だと感じたら即撤退してくれ、あいつはどんな敵よりも危険だ! 絶対……に…………油……………………断…………」


「あ?」


 突如ノイズまみれになった通信に違和感を覚えたハジメは内蔵されたAIに問いかける。


「おい、通信がノイズまみれになったんだが」


〈強力な妨害電波により、通信を安定させることが出来ません〉


「なるほどな」


 ニヤリと笑いながら剣を振り、百人切りの折り返し地点まで来たハジメは剣を肩に担ぎバリケードから頭を出した兵士を打ち抜く。


「邪魔されないってんなら良いじゃねぇか、んじゃさっさと敵将打ち取って首をお土産にしてやろうかね…………あ?」


 不敵な笑みを浮かべながら殲滅していたハジメだったが、突如地響きのような音と唸るエンジン音に気づき音の鳴る方を見ると、大きな戦車に二本のサブアームが生えた兵器が建物の角から現れ、容赦なく砲撃を始めた。


「歩兵一匹に戦車! おいおい、そりゃ大げさってものじゃねぇか!」


 突如現れた戦車は容赦なくハジメに砲塔を向け轟音と共に徹甲弾を打ち込む。

 しかしハジメはそれを予測してか空中に逃げ延び戦車の上に着地するが、ただの戦車とは違いサブアームのついた戦車はアームの先に付いている火炎放射器をハジメに向け火を噴く。


「まずいッ!」


 防御の姿勢を取ったハジメは戦車の上で足を踏み外し戦車の横に落ちるが、戦車は容赦なく旋回を始め轢き殺そうと履帯が迫り、反対側に逃げようと立ち上がろうとするももう一本のサブアームに取り付けられた火炎放射器がこちらを捉える。


「一か八かだ!」


 ハジメは剣を履帯と地面の隙間に突き刺し、履帯の動きに沿って動く剣を掴み地面を引きずられるが、これが上手く行き無事に火炎放射器の射程から逃れ、かつ戦車の旋回からも逃れる事が出来たが、すぐに他の兵が銃撃を始める為休む暇もなく走り出す。


「流石に戦車に出張られると分が悪いか……仕方ない!」


 手持ちの武器では戦車相手には不利だと理解したハジメは一目散に窓に飛び込み基地内に入り込む。

 そうすることで戦車はハジメを撃つことが出来ず無力化が可能だと踏んだが、それと引き換えに知らない地形でありながら、複雑な基地内に入らざるを得なかったことに舌打ちをする。


「……成るようになれ……畜生……」


 ヘルメットも無しにガラスの窓に頭から飛び込んだハジメは額から流れる血を拭い、射線が通る窓辺から逃げ施設の中へと入っていく。


「居たぞ!」


 基地内に居た兵士がハジメを見つけるや否や廊下に整列し銃を構えるが、ハジメは臆することなく剣を抜き額から流れる血にも目もくれず銃弾の雨を剣で捌きながら後退していく。


「第二ラウンドって所か……上等だ!」


 木製のドアを打ち抜き鍵を強引に開け、空き部屋に逃げ込む。


「全体警戒しながら進め! 奴は我々を誘い込むつもりだ!」


 クローン兵士は隊列を崩さずにゆっくりとハジメが逃げ込んだ部屋に近づき、後一歩と言う所で突撃の合図を出そうとクローン兵士は腕を振り上げるが、振り上げた腕は力強く振り下ろされず、力なく自由落下する。


「馬鹿なッ!」


 後ろに居たクローン兵士が驚くが、無理はない。

 一つ手前のドアを突如剣が貫き、そのままクローン兵士の首を貫いていた。

 余りに突然だったことからか反応に遅れたクローン兵士は次の瞬間には頭をドアごと切り飛ばされており、入った部屋の一つ隣の部屋から突如として現れたハジメは隊列の後ろに回り込むことに成功した事が嬉しかったのか、不敵な笑みを浮かべ隊列を後ろから撃ち抜き全滅させる。


「警戒を怠るなよ、死ぬぜ? こんな風に」


 血まみれになりながらも笑うハジメは転がる兵士の首を足蹴にし、その場を後にする。

 扉が無くなった部屋の中の壁は切り取られており、その穴から差し込むサーチライトの光が無残な死体を照らしていた。

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