第二十四話 H562 -招かれざる客-

 同刻、ノイン達も通信障害に気づいておりその解除の為に奔走していた。


「AIよ、電波を妨害している装置を検出できたりしないか?」


〈妨害電波の発信位置を表示します〉


 AIの機械音声の後にバイザーに位置を示す矢印が表示され、場所は上を示しているのが確認できる。


「ハチ、屋上にあるそうだがハッキング出来るか?」


「場所が分かってもそこまでハッキング出来るか……」


 再び監視カメラにコードを繋ぎバイザーに表示される情報を追いかけるも、上階にある装置だけでも膨大な数が在るため絞り切れずに居るハチは弱気な声を上げた。


「無理だよ、監視カメラと通信系の装置が繋がってない」


「二人とも、敵が来る!」


 外から聞こえる雑音からこちらに近づく足音に気づいたカトルが声を上げ、二人に注意喚起するがハッキングに集中するあまり少し反応の遅れたハチがコードを抜くのに手間取り、クローン兵士に見つかってしまう。


「居たぞ! しかし逃げ込んだ奴とは違うやつだ!」


「やっばぁ!」


 焦ったハチが敵に銃口を向けられ頭を抱えしゃがみ込んでしまうが、銃声は鳴ったもののハチに命中することは無く、恐る恐る顔を上げるとノインとカトルが返り血を浴びそこに立って居た。


「危機一髪、何とかなったな」


「……とはいえ、すぐにここを離れないと危ないな……」


 ノインはハチの手を取り立ち上がらせた後そのまま手を取りその場を離れ、その後をカトルがついて行き妨害電波が出ていると思われる屋上に向かい階段を駆け上がる。

 しかし潜入していた三人はハジメが建物内に逃げ込んだことを知らないが故、クローン兵士が基地内に流れ込んでいることに気づいておらず、四方八方から聞こえる足音に怯えながら三人身を寄せ合い足取りは重くなっていた。


「なんだこの量……僕たちの存在がバレたにしても早すぎる」


「前線基地なんだ、すぐに戦力の動員が簡単なんだろうな……それにさっき逃げ込んだ奴って言葉を言っていた……多分、ハジメも今どこか基地内に居るんだろうな」


「もしかしてハジメ今危険な状態なんじゃ……」


 声を潜めながら三人は現状を語るが、再び足音が近づき耳を澄ます。

 足音は数人一組の隊を組みながら彼方此方を見張っているようで、出くわせば一撃で仕留める事は難しいだろう。

 故に三人は常に気を引き締め隠れ続けるほかなかった。

 だが徐々に多くなっていく足音に見つかるのは時間の問題であり、このまま隠れ続けるのも無理があると感じたカトルは一つの策を提案する。


「……二人共、僕が奴らを引きつけたらどれぐらいで戻ってこれる?」


「お前、正気か?」


 カトルの提案に驚くノインだが、カトルの瞳はいたって真っすぐだ。


「この中で戦闘向きなのは他でもない僕だ、二人は僕が引き付けている間に何とか妨害電波を止めてくれ」


「そんなボロボロで無茶したらカトル死んじゃうよ!」


「それでもここで三人見つかるよりはマシだ……後で同じくこの階の南側で会おう」


 それだけ伝えるとカトルは走り出し、五人一組で動く小隊に見つかるが即座にビーム刃を投擲し二人の武器を切断し、即座にビームソードを持ち飛び込む。

 他三人が武器を構えるが、カトルは武器を失ったクローン兵士の内一人を突き刺しそのまま押し込むことで盾にしながら突き進み、銃弾を跳ねのける。


「そこだっ!」


 ひとしきり銃弾を撃ち込んだクローン兵士がリロードの仕草に入ったのを見逃さずにカトルはビームソードを突き刺したクローン兵士を蹴り飛ばし、よろけた兵士からアサルトライフルを奪い取り三人のヘッドパーツ目掛けて撃ち込んだ。

 幸いアサルトライフルの弾を掠めただけとどまったクローン兵士だが、カメラパーツが破損したことにより隙を見せてしまい、成すすべなくカトルの斬撃で絶命する。


「はぁ……はぁ……無茶をしたつもりは無いが……流石に鎮痛剤だけじゃ無視しきれないか……」


 体のあちらこちらから鈍い痛みがカトルの痛覚を刺激するが、痛みを振り切るように再び走り出す。




 カトル達が去った一階のホールではハジメが逃げながらも着実に数を減らしていた。


「……チッ、流石にここまでの長期戦は考えちゃなかったな……」


 接敵してから長らく動き続けてきた反動かハジメの顔にも疲れた表情が見え、マガジンの入っていないハンドガンを腰に携えながら後方から迫る敵に拾ったハンドガンで応戦している。


「バッテリーもどっかで調達しないとな……」


 バイザーの端に写るバッテリー残量は残り二十七%となっており、少しずつだが動きのレスポンスにも影響が出始めている事を実感しているハジメは敵兵のアーマーに搭載されているバッテリーを奪う算段を立てていた。

 しかし敵は常にハジメを探し続け、小隊を組み動いている以上専用の大口径ハンドガンではなく小口径のハンドガンしか持って居ないハジメでは戦いを挑むにはすこし心もとない。


「見つけたぞ! 侵入者だ!」


「まだ来る!」


 他のクローン兵士とは違うスーツ型に身を纏った青髪の青年が剣を抜き長い通路の端から高速で突っ込み、ハジメと剣を交える。


「三番隊隊長H562見参ッ!」


「聞いてもねぇのにうるせぇな!」


 H562の剣を受けながら悪態を付くハジメは他に迫りくるクローン兵士と多対一になる事を避けるべく発砲するが、H562は剣で弾丸を弾き天井にある電灯が砕け散り破片が目に入る事を恐れたH562が目元を覆った隙を見たハジメは即座に撤退する。


「隊長! お怪我は!」


「問題ない」


「では我々は引き続き侵入者を……」


「その必要は無い! 奴はこの私一人で十分! それより他に居る侵入者を排除せよ!」


『了解!』


 統率の取れた動きで去っていく兵を見送ったH562はハジメが走って言った方向に走り、彼を追いかけ始めた。


「他の兵をやらせる訳にはいかんっ! この私が成敗してくれようぞ!」


「もう追いついてきた!」


 階段を上り別の階で身を潜めようとしていたハジメだったが、先ほど撒いたはずのH562が追い付いてきたことに嫌悪の表情を見せ、再び鍔迫り合いに持ち込もうと剣を抜き切りかかるが、H562はすぐに剣を抜かずに手の甲で剣を横から払い刃を逸らす。


「馬鹿な! 訓練用の組手の動きで!」


「ぬかったな! 隙だらけだぞ!」


 H562は逆手で抜刀しハジメの首目掛けて剣を振るうが、間一髪で後方に飛び首が切断されることは無かったが、頬に一筋の切り傷が出来上がる。


「練度じゃあっちが上か……」


 すぐに状態を起こし再び背を見せどこかに逃げ込もうと考えるハジメだが、兵の多さと迫りくるH562を見て逃げ込むことは不可能だと思いながらも何か手は無いかと思考を巡らせる。


(あの青髪だけでもいい……仕留められりゃ多少マシになるってものだが……)


 奇抜な作戦を仕掛けようにもそれを用意するだけの時間も物も無く、地形を把握していないハジメでは小手先の技などすぐに見破られてしまうだろう。

 だがそんな時ハジメは窓の外に移る月を見て、何かをひらめく。


(……今の時間帯、ありゃ東の方角か……)


 基地内を逃げ続けていたせいか、自分の向いている方角を見失いつつあったハジメだが、今一度自分の向いている方角を再確認しとある作戦を思いつく。


「これなら、練度の差も埋められる……」


 すぐさまハジメは廊下を逆走しH562に真正面から突っ込むが、ハジメは剣を抜かずにH562の斬撃をリンボーダンスのような状態で床を滑る事で回避し、その後ろを駆けていく。


「何が狙いだ……」


 突拍子もない行動に不信感を抱いたH562すぐにハジメの後を追い、一つの部屋に辿り着く。

 自習室と書かれた小さな部屋は机が並べられている名前の通り自習を目的とした部屋なのだが、そこの扉がわずかに空いている事に気づき引き戸に手を掛ける。

 剣を抜きゆっくりと部屋の中に侵入し、警戒を怠らずに足を踏み入れると即座に頭上から降り注ぐ剣先に気づきH562は窓辺に向かって飛び込みそれを避けた。


「喰らえや!」


 H562の回避行動を逃さず拾ったハンドガンを三発撃ち込むが、一発も掠る事はせず窓ガラスを割るだけにとどまる。


「焦ったな!」


「どうかな?」


 剣を抜き二人は鍔迫り合いを始めるが、ハジメが横に剣を振ればH562に弾かれ縦に振り下ろせば横に逸れて避けられてしまい、剣筋がまるで読まれているかのように避けられ狭い部屋の端に追い詰められた。


「聞いていた話より大分弱いようだが、まぁいいだろう……とどめだ!」


 壁に背を付けたハジメに剣を横に振るが、その剣をギリギリで防ぐがスーツの性能差なのか徐々に刃がハジメの首元に近づいてくる。

 しかしハジメに焦った表情は無く、むしろ余裕の表情を見せていた。


「俺の首が落ちるのと、お前が死ぬの……どっちが先かな?」


「この私がどう死ぬと?」


 冷たい刃がハジメの首に触れたとき、窓の外から飛び込んだ弾丸がH562の髪を掠める。


「狙撃⁉ ぐっ!」


 一瞬のスキを突きハジメはタックルでH562を突き飛ばし、剣で一突きするがすぐに剣で受け止められるも、体勢を崩していたH562は壁に背中を打ち付けた。


「気づいたときには遅いぜ!」


 H562の手をハンドガンで撃ち剣を撃ち落とした後、そのまま首根っこを掴み縊(くび)ろうとハジメは首を掴むが、H562は隠し持っていたハンドガンを引き抜きハジメに向ける。

 だがハジメはすぐにH562を窓に叩きつけ、先ほど撃ち落とした剣を掴みH562を壁に打ち付け固定し、H562は血反吐を吐く。


「俺はお前を足止めできればいい、それだけなら練度の差も軽く埋まるもんよ」


「……この部屋に入り込んで、弾を窓に撃ち込んだのは……外に居る狙撃手に合図を……通信の無いこの状況で合図を……!」


「そういうこった、じゃあな」


 人差し指と親指を立て、手を銃の様にしたハジメはH562の横に立ちこめかみに人差し指を突き付け、手を上にあげると同時にH562の後頭部から額にかけてライフルの弾丸が貫通し、親指程の風穴が開けられる。


「さて……バッテリー貰うぜ」


 H562をうつ伏せに寝転がし、背中にあるつまみを回しロックを外すとリング状の分厚いバッテリーが現れ、それを回し持ち上げたハジメは壁にバッテリーを立てかけた。


「……一人で交換するのは良いが……他の奴が来ない様にしないとな……」


 バッテリーを一人で交換する際、床にバッテリーを置き仰向けになり背中に押し付け自動ロックを働かせる必要があるが故、無防備な状態になってしまう。

 もしもに備えハジメは部屋のドアから廊下の様子を覗こうとすると、壁に手を付きながら息を荒げるカトルが見えた。


「カトル……君、大丈夫かい?」


「ああ、ハジメか……何でもない」


「そうは見えないけど? とりあえず入りな」


 肩を貸し、部屋にカトルを招き入れドアを閉めカトルを床に座らせ、現状の確認を始める。


「そっちの状況は?」


「取り敢えず二人は屋上に妨害電波を止めに……そっちは?」


「こっちは兵器に出張られたからここまで逃げて来たんだ、流石に勝ち目ないしね」


「兵器か……そういえば……いや、やっぱりいいや」


「……気になるな、そういう言い方」


 カトルはハジメのやけに落ち着いた声色と先ほど見た戦闘中のハジメとのギャップに違和感があったが、それを口にはしなかった。


「ねぇ、バッテリーの交換お願いしたいんだけどいいかい?」


「あ、ああ……了解」


 カトルはハジメのスーツからバッテリーを外し、床に落ちていたバッテリーと交換する。

 するとハジメのスーツの再起動が始まり、完了後にバッテーリーゲージは七十八%と表示された。


「これでもう少し戦えるよ」


「……そうか、それは良かった」


「カトル! 無事か!」


「ノインか!」


 急に通信がカトルの耳に届き、慌てて通信にカトルは答える。


「ああ、アンテナのハックに成功した! お前は今どこにいる?」


「二階の北側の部屋だ、確か自習室って」


「三階にセイが居た形跡があった! 今は移動しているようだが……」


「何だって!」


 ノインが運んだ情報に喚起するカトルの表情は今までと違い少し明るくなっていた。


「取り敢えず合流しよう、どこがいい」


「当初の予定通りの場所で合流しよう、必ず見つけ出すぞ」


「ああ、俺とハチはすぐに降りる……油断するなよ?」


「了解……ハジメはどうする?」


「僕? 僕はもう少し引き付け役に徹するよ……後二十人も狩れば目的達成できるし」


「目的?」


「何でもないよ、早く行ってきな」


「ああ、ハジメも気を付けて」


 カトルは部屋を後にし去っていく。

 部屋に一人残されたハジメは剣を鞘に戻し通信を開きティオに話しかける。


「おい、聞こえてるか?」


「あ、ああ……ハジメか」


 弱弱しい声色がスピーカーから聞えてくるが、ハジメは気にせずに話す。


「一発外しただろ? こちとら最高の条件で狙撃させてやったのによ」


「ごめん……僕も色々必死でさ……」


「……見つかったか?」


「そうじゃないんだ……怖くて、暗闇が……あの時を思い出して……地下室……あの冷たい床を……」


 泣きそうな声で喋るティオは何時ものようなのらりくらりとした印象はなく、ただ生まれたての小鹿の様に震える声で喋る子供の用だった。


「この前いったろ……慰安所に居たって……あの時失敗したらこんな暗い場所に閉じ込められたんだ……それが怖くて、思い出すと震えが止まらない……死にたくなるんだ……」


「だったら死ねよ、面倒くせぇ」


「え……」


 舌打ちをしながらハジメはティオの言葉を遮る。


「死にてぇなら勝手に死ね……だけど他の奴に迷惑かけんな、全部終わってから死ね……安心しろよ、死んだら死んだで名誉の戦死とだけは適当に伝えといてやるよ」


「……君は酷い奴だな……」


「俺を地獄に落とした奴が堂々ともせずに泣きそうな声上げてんだ、誰だってムカつくだろうが」


「…………」


 ハジメの言葉にティオは黙り込んでしまう。

 しかしハジメはそんなティオに容赦のない言葉をかけ続けた。


「ああそうだ、死ぬなら死ぬって教えろよ? 死に顔に泥でもかけてやるからよ」


 するとティオはこの言葉に苛立ちを覚えたのか、先ほどのような泣きそうな声ではなくいつもの調子で返答する。


「……ふふ、本当に……君にそうやって煽られたから……今ちょっとイラっと来たよ」


「……死ぬ気は失せたってか?」


「そうだね……これは君流の励ましって奴かい?」


「馬鹿言え、本音だ」


「……まぁ、君に死に顔を拝ませるのも癪だし……狙撃、頑張らさせて貰うよ」


「好きにしろ、じゃあな」


 通信を閉じハジメは廊下に出ていく。

 その様子をスコープで覗くティオは深呼吸をし、ライフルを構え直す。


「素直じゃないってのは、僕も言えないか」

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