第二十五話 Collapse -崩落-

「カトル!」


「ノイン! ハチ!」


 基地の南側で合流した三人は敵に見つからずに合流でき、互いの安否を確認し安堵の表情を見せていた。


「で、セイは何処に?」

「それが拷問部屋の扉が開けられてて、どうにか脱出したみたいなんだ」

「と言うことはどこかに隠れてる可能性があるのか……」


 セイは武装もなければボロボロの状態であることは確実であり、三人が見つける前に見つけなければ無事では済まないだろう。


「とりあえず探しに行こう……どこに行ったか分かるか?」

「そこまでは……あ! もしかしたら」


 何かを思いついたかの様にハチが声を上げ、監視カメラにケーブルを差し込み何かを探し始める。

 そこから数分ハチが作業している所を後ろから眺めていた二人だが、やがて三人のバイザーに監視カメラの映像が映し出され、廊下の真ん中でセイに肩を貸し移動するクローン兵士の姿が映し出された。


「これは……移送されてるのか?」


「その割には人数が少ないような気がするが……何はともあれ場所はどこだ?」


「三階北側の作戦司令室の前の廊下だね、このまま二階にすぐ降りてくるんじゃないかな?」


「なら北側の階段に向かおう、見た限りかなり移動は遅いようだ」


 肩を貸し牛歩の如く進むセイはすぐに建物から出ていく様には見えない。

 三人は互いに顔を見合わせた後、北側を目指し警戒しながら歩みを進め北側階段を目指し遂にたどり着く。

 銃や剣を構え階段の手すりを掴みゆっくりと上がり、慎重に階段の上を目指すが敵は見えない中銃声だけが上の階から聞こえ始め、足早に駆け上がる。

 三階に上がり何事かと様子をうかがうと先程監視カメラの映像でセイに肩を貸していたクローン兵士が仲間のはずのクローン兵士に囲まれ装甲を撃ち抜かれ、床に膝をつきながらも床に座り込むセイを守る様に立ちふさがっていた。


「何が……どういうことだ?」


 その様子を見たカトルは状況がすぐに飲み込めず、立ち尽くしていたがセイを守るクローン兵士が突如他のクローン兵士に突進し、突き飛ばし上に覆いかぶさった後所持していた手榴弾のピンを抜き爆発する。

 他のクローン兵士も爆発に巻き込まれ壁に打ち付けられ所持していた手榴弾が誘爆し、壁の中にあるガス管に引火したのか火の手が上がり廊下を赤く照らす。


「まずい!」


 ガス管から噴き出る火の中をカトルが突っ切り、金髪を少し焦がしながら床に座り込んでいるセイを抱え上げ火の海で分断されたハチとノインに叫ぶ。


「二階で合流しよう!」


「っ! 了解!」


「無理しないでね!」


 そういうと二人は踵を返し階段を下りていき、カトルもセイに肩を貸し歩き出すと建物が大きく揺れ、何事かと辺りを見渡すと爆発音があちらこちらから聞こえ火災報知器の音が聞こえスプリンクラーが天井から突き出すも水が出ない。


「壊れてるのか……くそッ! 僕たちごと建物をつぶす気か!」


 レジスタンスを逃がすよりも基地事レジスタンスを一網打尽にする方が安部正人にとって優先したのか、容赦の無い爆音がこれでもかと続く。


「とりあえず逃げるぞ! セイ!」


「あ……あ……あいつを……N132を……」


 先程手榴弾を抱え道ずれをしたクローン兵士ことN132に手を伸ばし、歩き出すセイだがカトルは無理やりセイを引っ張っていき前に進む。


「すまないセイ……あいつはもう助からない」


「駄目だ……あいつは……あいつは悪くない……」


「……何があったかは知らないが、今は逃げないと二人とも死ぬんだ……分かってくれ」


 未練がましい表情で後ろを見るセイを無理やり引っ張り廊下を歩いていく。

 道中には他のクローン兵士も見当たらず、脱出を始めたのか炎の音と警報音だけが響き熱風が肌を焼き汗が噴き出る。

 そんな中カトルはセイに一つの質問を投げつけた。


「……なぁセイ、あの時なんでお前は死にかけてまで助けに行ったんだ……」


「失いたくなかった……誰一人……たとえ俺が犠牲になっても……死ぬのは辛いから……死なれるのは……名前や顔を知ってる奴が居なくなるのは……」


「……僕が言えた義理じゃないが、居なくなって辛いのはセイ……僕も他の人も一緒なんだ……だから約束してくれ、命を失う前提で動かないでくれ……」


「…………」


 カトルのお願いにセイは何も言わずに俯く。

 二人は焼けただれそうな熱さの中階段を降り遠くにノインとハチが見え通信を開き声を掛けた。


「二人とも! 後ろだ!」


「無事だったか!」


「ああ、何とか……そっちは?」


「まずい事になった、あちこち床が抜けかけてる……自爆装置でも作動したのか分からないが、とにかく急がないと全員お陀仏だ!」


 二階の状況は三階よりもひどく、廊下に亀裂が入り壁が崩れかかっている。

 どうやら本格的な崩壊が始まりつつあるようだ。


「今そっちに行く!」


 カトルは足早にセイを引っ張り、反対側に居る二人もこちらに近づくが直後カトルの足元の亀裂が深まり衝撃と振動に足を取られたカトルとセイは地面に四つん這いになり今にも崩れ落ちそうな廊下の上で必死に立ち上がろうとする。

 しかしカトルはスーツを着ているが、セイは生身のため無下に扱うわけにはいかずゆっくりとセイが手を掴むのを待っていたことが災いし床の崩壊が始まり、セイは最後の力を振り絞りカトルを突き飛ばす。


「ぐッ! ああ……」


 火傷だらけの体で無理をしたセイは力なく床に倒れこみ、崩落する床と共に落ちていく。


「セイ!」


 突き飛ばされ何とか崩落に巻き込まれずにいたカトルは立ち上がりセイに手を差し伸べようとするが上から降り注いできた瓦礫が道を塞ぐ。


「セイ! おい! 返事をしろ! セイ!」


 瓦礫に体当たりをしながら声を掛けるカトルだが、返事はない。


「くそッ!」


「落ち着け!」


 さらに助走をつけ体当たりをしようとするカトルだが、そんなカトルをノインが捕まえ落ち着くよう声を掛ける。

 しかし目の前でセイを失った事で我を忘れているカトルは暴れ続け、ノインを振り切ろうとするがノインは咄嗟にカトルを締め落とし抱え上げた。


「……ノイン……」


 ハチが心配そうな目でノインを見るが、ノインも気乗りしない表情でハチの方を見る。


「もしもの事が有ればこうしてでも連れ帰れと言われている……が、本当にそうなるとは思っていなかった……」


 ノインはカトルを抱えたまま通信を開き、ハジメに通信を繋ぐ。


「ハジメ、今どこに居る?」


「今は一階だよ、それで?」


「一階北側の廊下の状況は分かるか?」


「さっき通ってきたから分かるよ、穴だらけでとてもじゃないが通れない……あのあたり下に火薬庫もあったようだし火の回りも早い、通るなら迂回した方がいいよ」


「…………そうか、もしそこにセイが落ちたとして救出は出来そうにないか……」


「ないね、たぶん生身ならすぐに焼け死ぬだろうし」


「…………了解、帰還するぞ」


「じゃあ海斗さんに出迎えの連絡はしておくよ」


 ハジメは通信を切り、ノインとハチは出口に向かって走っていくが出口直前でノインは足を止めハチにカトルを手渡す。


「どうしたの?」


「北側の廊下の様子だけ見に行く、ステルスを使えば何が居ても問題はない……安心しろ、様子を見に行くだけだ」


「え? でも早く逃げないと!」


「数分もかからん、その間だけ頼んだぞ」


 そう伝えるとノインは踵を返し元来た道を戻っていき、先ほどセイが落ちていったであろう一階北側の道を見るとハジメが言っていたように大きな穴が開いており、地下の武器庫の様子が伺えるが、火の手が完全に回っており救出も脱出も不可能と感じたノインは再び踵を返し玄関へと向かっていく。


「すまないセイ……必ず俺らはやり遂げて見せる……だから、心配せず安らかに眠ってくれ」




 一方そのころ、基地の入り口前ではハジメが戦車と対峙していた。

 脱出のための障害になると踏んだハジメは何とか目の前に居るサブアームの付いた戦車を倒さねばならないと挑むも、苦戦を強いられている。


「おいティオ! そっから狙撃で何とかならねぇか!」


「うーん……有効打は少ないかもねぇ……なんせ僕のは対物ライフルじゃないし」


「じゃあどうするか……」


 他のクローン兵士を退けながら、戦車とつかず離れずの距離を保ちつつティオに通信を送るも、有効打らしい有効打は見つからず手を焼く二人。


「サブアームでも切断できりゃいいんだが……こりゃ近づくのも難しいな」


 火炎放射器を無力化することを考えハジメは弱点を伺うが、設計がしっかりしているのか中々隙の様な物が見つからず、近づいて切断しようにも広範囲を焼く炎がハジメを迎撃し、足を停めれば他の兵に撃ちぬかれる危険性がある。

 そんな中ティオの声が通信回線から聞こえてきた。


「ねぇ、アレの履帯壊せば何とかならないかな?」


「アームの可動域が広いから、大したアドバンテージにはなりゃしないな」


「じゃあ履帯を剥して動き止めてから主砲こっちに向けさせてよ、装填された主砲撃ちぬくから」


「……一発で決めろよ、二回もやってらんねぇから」


「もちろん、任せろよ」


「へ、ちょっとはらしくなって来たじゃねぇか」


 ティオが珍しく強気な言葉を使い、ハジメは少しにやけながらクローン兵士の首を跳ね飛ばし腰から手榴弾を奪い、戦車の足元に転がす。

 戦車は履帯で手榴弾を踏み、履帯の下で手榴弾が破裂するが何事もなかったかのようにハジメ目掛け進み、主砲を向ける。

 しかしハジメも引かず、クローン兵士を倒しては手榴弾を奪い戦車の履帯目掛けて投げ続け、六投目の手榴弾が破裂した時履帯が外れ戦車は動きを止めた。


「さぁ、どうするよ!」


 ハジメが戦車に銃口を向け煽ると戦車は容赦なくハジメに発砲するが、それを避けハジメはティオが潜んでいる場所に逃げ込む。

 戦車も二発目の装填を終え再び砲塔がハジメを捉えようと旋回するが、射線に入った瞬間にハジメが飛び上がり戦車もそれに合わせて砲塔を上げる。

 その瞬間一発のライフル弾が戦車の砲塔に入り込み戦車の中から黒煙が噴出し、動きを一瞬動きを止めた戦車の上にハジメは乗り、ハッチを開け手榴弾のピンを抜く。


「おめでとう、てめぇが百人目だ」


 ハッチから手榴弾を落とし、ハジメは即座に退散する。

 すると戦車の中から爆発音が聞こえ、中の操縦手が息絶えたのかサブアームが地面に力なく落ちた。


「一件落着だな」


「ハジメ!」


 機能停止をした戦車を見ていたハジメはハチに声を掛けられ後ろを向くと、そこには潜入をしていた三人が居た。

 しかしカトルだけはぐったりとしており、ハジメは不思議そうな顔で三人を見ている。


「カトル君は?」


「すまないが少し休憩だ、所で迎えはどうだ?」


「ああ、海沿いで待機してるってさ」


「じゃあ急ごう! この数相手にするのは無理だよ」


「そうだね、ティオも聞いてただろ?」


「ああ、僕も撤退するよ」


 通信を終えた潜入チームとハジメの四人は銃を向けるクローン兵士に威嚇射撃をしながら南側にある海沿いを目指して走っていく。

 林を抜け海辺の白い砂が見えてきたころ、ボートの上に座るティオと結城が見え四人は急いでボートに飛び乗る。


「発進するよ! 捕まって!」


 結城は一気にアクセルをふかし、ボートは一気に沖へと進んでいく。


「……で、セイ君は……」


 結城はボートにセイが載っていない事を確認し、安否を確認するがハチとノインが俯いているのを見た結城はそれ以上何も言ず、赤々と燃えるカルボニア基地を背にして操縦に勤しむ。

 やがてボートは水上に停泊する貨物機で回収され、疲弊した五人を海斗とアンダー達が出迎える。


「……状況は把握した、基地の破壊……見事だった」


 海斗は責める事もせずに当初の目標であった基地の破壊を褒めるが、先ほど目を覚ましたカトルは納得のいかない表情で口を開いた。


「……僕たちは常に後手に回っていた……セイも助けられたはずだった……僕にもっと力があれば……」


 顔を覆い涙を流すカトルだが、そんなカトルの肩にノインは手を置き慰める言葉を掛けようとするも、目の前でセイが落ちていくところを見たカトルにかける言葉が見つからず手を引っ込め口を開く。


「仕方なかったとは言わない……だがもしもあの時グラップルを撃つ頭があれば……そのことを考えればカトル……お前だけの責任じゃない」


「そうだよ、アタシももっと早くに監視カメラを見る事思い出せれば……」


「……何はともあれ、まずは皆が無事でよかった……反省は帰ってからだ、とりあえず今はゆっくり休んでくれ……疲れただろう」


 海斗は精一杯の言葉をかけ操縦室に向かい、コックピットで準備をしていたアンダーと共に操縦し離陸を始める。


「とりあえずみんなが休めるように準備しておいたから……今日はゆっくり休んでね?」


 結城が全員分のスーツを簡易的な整備ドッグに収納しながら、エアーベッドの敷かれた簡易休憩所を指さし皆は今頃になり疲れが出て来たのか少し気迫のない返事をし、ベッドに横になる。

 しかし疲れ切ったはずのハジメにティオが小さく声を掛けた。


「ねぇ、随分不機嫌そうな顔じゃない?」


「……単純にもしもとあの時とかもっと早くとかって言葉が気に食わねぇだけだ」


 ハジメはトゲのある言葉を口にするが、エンジン音と皆の疲れが最高潮になっているせいかとがめられることは無く、ティオが何故と聞き返す。


「どうして?」


「どうしても何も、そんなもんは口にしたって何にもならねぇ……どうしてもしたいなら自室に帰って自分の布団中で一人でやってやがれ」


「なるほどね、道理で」


「知ったような口利きやがって……で、こっちも気になる事があったんだが……お前は昔に何があった? 俺を地獄に落とした後のお前に」


「……それはまた今度でいいかい? これは逃げる訳でもなんでもなく……ちょっと疲れが回ってきちゃったんだ」


「……まぁいい、今日は俺も少し眠たい」


 戦場で体を動かし続けたハジメも常にスコープを覗いていたティオも流石に限界が来たのか目を閉じ眠りについた。




 同刻、カルボニア基地から離れる一つのジェット機の姿があった。


「カルボニア基地が爆発を! 安部社長!」


 カルボニア基地から聞こえてくる司令官の声を聞き、安部正人は回線を開く。


「ああ、レジスタンスを一掃するための仕方ない犠牲さ! 遠隔で自爆装置を作動させて貰ったよ」


「なぜ……我々に一言も……」


「なぜ? 私は君にレジスタンスが来るから迎撃の準備をしとけと申したのに一番隊と二番隊は前線に出張っているじゃないか、おまけに三番隊の隊長もやられたそうなのでな……仕方ないと割り切ったまでさ……なに、兵は他の前線基地が引き取りに来るから兵力は安心したまえ」


「そうではなく! 避難指示を何故私に!」


 後ろから聞こえてくる爆音と怒号から想像できる向こう側の状況に安部正人は何も思う事無く言葉を続ける。


「君の一番の失敗は、君の部下が私を騙したことだよ」


「なに?」


「君の部下に偽の報告書をつかまされ、まんまと捕虜を逃した……それが君が今そこで焼け死ぬ理由さ、では私も忙しいのでな」


「な⁉」


 通信を切り安部正人は椅子に深く腰掛けながら星空を眺めながらため息を吐く。


「さて……次はどう来るか……レジスタンス……あはははぁ、あははははぁ!」


 エンジン音にかき消されながらも安部正人の狂気染みた笑い声が響く。

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