第十二話 Scare face -実践訓練と怖い顔-

 そんな疑問と対面している中、部屋のドアが開いた音がした。


「よう、皆で集まって何してるんだ?」


 ドアの前には本社から帰って来たばかりの海斗が居た。


「海斗さん、お帰りなさい」


「ああ……所で本当に集まって何してたんだ? 皆外で訓練をしているのに」


「実は……」


 海斗に、カトルの悩みを相談する。

 すると海斗はすぐさまタブレットを取り出し、調べ物を始める。


「そんな奇抜な見た目ならすぐさま見つかる気もするが……カトル、この中から探してみてくれないか?」


「あ、はい」


 タブレットを受け取り、人事のフォルダ内にある兵器指導者の項目を開き、顔写真付きのプロフィールを上から下まで探す。

 しかし、該当しそうな人は見つからず、フォルダを閉じて海斗に返そうとするときに誤って削除済みのフォルダにアクセスしてしまう。

 だがその中に赤髪のやつれた男が写っていた。

 それは紛れもなく、カトルに神という存在を教えたあの男そのものである。


「いました! 間違いない、この人です!」


 男の名前はイバン・ラーク……なんと軍事教育の部署からセキュリティ監視の部門に移されていたらしい。

 しかしなぜ削除済みのファイル内に居るのだろうか?


「削除済み……ちょっと調べてみよう」


 海斗は彼の経歴にアクセスし、そこから彼の今を知ってしまう。

 彼は業務上横領罪を行いかつ反政府組織に加担したとして死刑判決が決まっていた。

 しかし不思議なことに裁判議事録のフォルダ内には特に何も入っていないようで、証拠も無ければ被害者も分からないという、普通なら考えられない事になっている。


「これはおかしいな……」


 ここまで大きい出来事が起きたのなら海斗の耳にも入っているはずだが、誰もそんな話は聞いたことが無い。

 それに死刑判決に繋がる明確な証拠がでっち上げられても居ないのが不思議だ。

 すると画面内に突然アクセスエラーのポップアップが表示され、フォルダーが開けなくなってしまい、一つ前の画面に戻される。

 どうやら何者かが管理者権限を使って締め出したらしい。

 海斗は明らかに意図的な行動だらけで、調べずにはいられなくなってしまった。


「これは俺が責任をもって調べ上げよう……よし、そういう訳だから結城以外は戻ってくれ」


『わかりました』


 セイとカトルは部屋を後にして、訓練に戻っていく。

 そして部屋に残された結城は、海斗に真剣な眼差しで話しかけられた。


「結城、さっき休憩中のアンダーからナナの事を聞いたんだが……彼女は本当に非戦闘員になりたいと言っていたのか?」


「はい……彼女は戦うのが怖いと、なので自分は彼女は非戦闘員の方が向いていると思います」


「そうか……なぁ結城、君は彼らの中にある悩みをすべてとは言わないが、引き出せるか?」


「……といいますと?」


「彼らはずっと信じ続けていた国に突然牙を向けることになった者たちだ、悩みの種だらけだろう……あいにく俺は今回みたいに席を外すことが多いし、アンダーにはそもそも悩みを話しにくいだろう……だから結城にこの仕事を一任したい」


「本当ですか!」


 偶然にも結城は相談役に就任することが出来た。

 確かに海斗が言う通り、今彼達がコミュニケーションを取りやすいのは結城だろう。


「ああ、それとナナの非戦闘員だが認めよう……戦いたくないものを作戦に無理やり行かせるのは俺たちの理念に反してるからな」


 確かにここはクローン兵士の扱いを憂いて作られた組織、その組織が彼らに無理強いして死地に送り込んではやっていることは変わらない。


「だが非戦闘員ならば非戦闘員らしく、この施設での仕事をしてもらいたいんだが……まぁそこらへんは追々決めていくか」


「そうですね」


「ではその事をナナに伝えてこよう」


「自分も行きます」


 二人はカトルとセイの部屋を後にして、皆が訓練をしている外へと向かった。

 外ではアンダーを先頭に皆ランニングをしていた。

 だがアンダーのペースが速いのか付いていけているのはサンとセイ、そしてハチとティオだけだった。

 他の人たちは何とか付いてくるのが精いっぱいなのか、走るフォームは崩れ切っていた。


「よっしゃ、後一周だ!」


 アンダーが声を上げ後続に伝える。

 後一周彼らは持つのだろうか?


「あ、海斗さんお帰りなさい」


 後ろからハジメの声が聞こえる。

 振り返ると杖を付きながら足を引きずっているハジメが皆の訓練を見学していた。


「ああそうか、ハジメは走れないのか」


「はい……」


「怪我ですか?」


「いえ、生まれつきなんです……右足がうまく動かなくて」


 思い返せば、アジトで初めて話した時も杖を突いていたような気がする。


「義足でも作ったほうが良いんだろうが……今ちょっと厄介なことになっててそうもいかないんだ」


「いえ、自分はあのスーツを着れば皆と同じように動けるので大丈夫です」


「日常生活で不利があったら教えてくれ、対策は取るつもりだ」


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げるハジメ。

 それと同時に笛の音が鳴った。

 どうやら朝の訓練は終わったようだ。


「よし、全員昼飯だ! シャワーを浴びるやつは早めに浴びて来い! 一時半から訓練再開だ!」


『はい!』


 訓練が終わり、各自アジトに戻っていく。


「ナナ、少しいいか?」


「はい?」


 突然呼び止められ、キョトンとした顔でこちらを見るナナ。

 やはり運動は苦手なようで、いくつか絆創膏が膝に張ってあった。


「実はアンダーから聞いたんだが、非戦闘員になりたいらしいな」


「……」


 ナナは目をそらし俯いてしまう。

 皆が覚悟を決めている中、一人だけ怖いからという理由で非戦闘員になりたいなど普通なら怒られるだけでは済まないと思っているのか、弱々しく呟く。


「はい……」


 ナナのその一言を聞いた海斗はしばらく考え、ナナの頭に手を伸ばす。

 その手でナナはひっぱたかれると思ったのか目をぎゅっと閉じる……だが、手は予想に反してナナの頭をなでた。


「そうか……分かった、君の非戦闘員の申し出を受理しよう! その代わり、施設内の掃除や整理整頓など大方の仕事はやってもらうからな」


 手を退け、ナナと目線を合わせ語りかける。

 目を合わせられたナナの眼には涙があふれていた。


「ありがとう……ございます……」


「さて、飯食いに行くか! 結城」


「あ、はい」


 二人はナナを連れて食堂に歩いていく。

 食堂には何人かがすでに食事をとり始めていた。

 足りない者たちはおそらくシャワーを浴びているのだろう。


「お? 結城! お前何処に居たんだ?」


「あ、実はカトルとセイの悩みを聞いてて……」


「なるほど、それであいつ等遅れてきたのか……五週追加したの謝らねぇとな」


「言うの遅れてすいません」


「結城さん分の昼食出来ました」


 奥から小夜が結城の分の昼食を盛り付け、持ってくる。

 どうやら小夜は昼食の仕込みを先にやっていたようで、いつものメイド服ではなくエプロン姿で厨房に立っていた。

 結城は 頭を下げながら今日の昼食を受け取り席を探す。

 どうやら今日の昼食はチキンソテーとサラダ、付け合わせのスープはかぼちゃとチーズのスープのようで、冷めてしまわぬようすぐに空いてる席に座り昼食を楽しむ。

 チキンソテーは炙ったのか皮だけがパリパリで身はふっくらジューシーに仕上がっており、かぼちゃのスープにチーズが入っているためかぼちゃの甘みとチーズの塩気がマッチする。

 昼食をじっくり楽しんでいると隣に海斗が座ってきた。


「いやぁ、昨日あっちで飯を食ったが、アンダーの飯にゃかなわないな」


「アンダーさんって昔コックだったんでしたっけ? それでそのあとが秘書だとか……」


 価値無し達を救出しに行った時に、銃で撃たれた結城を助けるときにそんな事を言っていたのを思い出した。


「あいつは元々軍人だったんだがクローン兵士が台頭してきたおかげで軍人はほぼFギアーズの派遣社員的な使い方をされ続けていてな、その中であいつは厨房の派遣に行かされてたんだ」


「なるほど、でもそこからどうやってCEOの秘書まで上がったんですかね?」


「あいつは軍人の時軍曹の階級だったから、上とは関りもあったし何よりあいつの居るレストランで会合が行われたときに非常に好評だったらしくてな、それで気に入られたらしいんだ」


「凄いですね……」


 この料理にはその時の苦労が滲んでいるのだろうか?

 昼食を完食し皆が食堂から離れようとし始めたころ、海斗が皆に呼びかける。


「皆に少し聞いてもらいことがあるから、昼食後に会議室に集まってくれ」


 どうやら海斗が皆に何か伝えたいことがあるようだ。

 食器を片付け、言われたとおりに会議室に向かう。

 会議室内では既にモニターに電源が入っており、そこには前の様な地図は写っておらずメモ帳が映し出されており、皆が集まったのを確認して海斗はマイクを手に取る。


「皆急に集めてすまない、今日は俺が本社で受け取った情報を手に次の作戦の準備を始めたいと思う」


 どうやらまだ準備段階のようだが、次の作戦は目前に迫ってはいる様だ。


「まずは本社の会議で俺らに関係あることだが……Fギアーズから物資を調達するのは少し難しくなる……だからこれから短期決戦で行くしかなくなった、すまない」


 頭を下げて皆に謝罪する。

 おそらく小夜の言っていた工場管理全体共有制度が導入に向けて動き出したのだろう。

 海斗がいくらCEOの息子と言えど好き勝手に本社から物資を調達するのは難しくなるようだ。


「会議の内容はどんなんだったんだ?」


「ああ、全体共有制度の導入問題と今後の商品展開……といっても主に兵器関連だがな、それと価値無し逃亡による警備体制の強化だ」


 レジスタンスの最初の作戦である価値無しの救出から本社は何も手を打っていない訳では無い様で、メモ帳には警備体制の強化と結城涼真の捜索について書かれている写真があり、結城は指名手配されてしまったようだ。


「恐らく前回の軍港の襲撃もありどこもかしこも警備体制を強化してきているかもしれない、なので次の作戦は少し慎重かつ荒っぽく行くしかない」


「次が何処かって決まってるのか?」


 次の作戦に付いてアンダーが海斗に尋ねるが、海斗は首を振る。


「いやまだだ、一応候補はあるがなるべくイヴァンディアが持ってない情報を手土産にしたいからな、選びかねてる所だ」


 前回の軍港の防衛設備のデータと言い、なるべく相手の欲しがるものでないといけないが為、危険な場所に赴かなくてはいけない。

 それ故海斗も慎重になっているようで、すぐには結論が出ないようだ。


「なるべく早めに次の作戦に移れるよう頑張ろうとは思う、だから皆その日までにしっかり体を鍛えておいてくれ!」


『はい!』


 価値無し達が大きな声を上げ力強く返事をする。


「よし、いい返事だ……それと最後に皆に一つ報告がある」


 その一言にナナがぴくっと震える。


「ナナが非戦闘員として活動することになった、彼女は皆と一緒に戦地に赴くことは無いが裏方に回りサポートをしてくれるはずだ! くれぐれも茶化したりしないように」


 ナナを指さしながら海斗は皆に理解を求める……しかしそう上手く事は進まなかった。


「ねぇ理由を聞かせてよ、納得できる奴」


 ティオが机にぐでっと突っ伏しながら説明を求めてきた。

 戦いたくないからという理由で彼は満足するだろうか?

 だが誤魔化す訳にもいかない、そんな板挟みの状態で海斗は口を開いた。


「彼女は戦うのが怖い、そう言っていた……理由としては不十分かな?」


 海斗は包み隠さず言い切った。

 それを聞いたティオはやはり納得はしていなかった。


「え~、それだったら僕も怖いから非戦闘員になりたいって言ったらなれるって事?」


「思いつめるほど怖いのであれば、我々だって無理強いはしない……しかし非戦闘員と言っても当然何もしなくてもいいわけではない、この施設の掃除や皆の装備を洗ったりと手の回っていない所を一人でやる事になるんだ……それでも良いのかい?」


「さて、悪逆非道なあの国を正しい方向に導くために頑張っちゃおうかな!」


 やはり面倒くささを感じたのか話を切り上げるティオ。

 どうやら他に声を上げるものは居ないようだ。


「では皆午後の訓練に励んでくれ、解散!」


 海斗の一言で、皆会議室を後にする。

 再び外では訓練が行われ、午前とは違い皆戦闘用のスーツを着ていた。

 訓練用の武器を手に取り、いざと言うときの実践訓練を一対一で始めていた。

 白線で区切られたリングの中央でティオとノインが戦っており、その試合を眺めているハジメにピーチャが話しかけていた。


「ハジメ! 次アンタだよな? アタシの対戦相手」


「うん、そうだよ」


「アンタを倒して、最初のドローン訓練の汚名を晴らしてやる!」


「僕なんかでよければ、存分に晴らしてくれ……その代わり手は抜かないからね」


 普段は大人しいハジメだが、この時は少し強気な姿勢だった。

 ピーチャは普段とは少し違うハジメの対応に戸惑いながら内心闘志を燃やし次の戦いの為武器の調整をし始める。


(アタシは他の連中より優れてるって所見せつけてやるんだ! もう価値無しなんて言わせない!)


 心の恐れをバネにして、ピーチャは試合開始までじっと待つ。

 そしてついに迎えた試合開始の時、ピーチャとハジメは対面しアンダーの合図を待つ。

 互いに睨みあいながら静寂の間の後、笛が鳴る。

 笛の合図とともに互いに武器を引き抜き、ハジメは剣を抜きピーチャはアサルトライフルを構える。

 だが構える動作を挟まないハジメはピーチャが銃の照準を覗くよりも早く間合いを詰めピーチャに切りかかろうとするが、アサルトライフルを引き抜くのと同時に抜いていたナイフでハジメの剣を受け止める。

 そして剣を止められたハジメのスキを突き片手でアサルトライフルを突き付け引き金に指を掛けるが、引き金を引くより先にハジメの蹴りが炸裂しアサルトライフルは宙を舞う。

 ハジメはそのまま空いた片手でピーチャの首根っこをつかみ、地面にたたきつけ剣の腹を頭に突きつけるとアンダーが試合終了の笛を鳴らす。

 わずか数秒の出来事、瞬殺とはこの事である。


「残念だったな、糞アマ」


「え……」


 ピーチャにしか聞こえないような音量でハジメが呟く。

 普段大人しく人当たりの言いハジメからは想像もできないほど乱暴な言葉。

 その一言と秒殺された事実からピーチャはその場で泣き出してしまった。


「う……ぐす……ひっぐ……」


「おいおい? 大丈夫か? どっか怪我したか?」


 心配になったアンダーがピーチャに駆け寄る。

 皆も心配そうに見守っている。

 だがハジメはピーチャなど気にもせずにリングから出ていく。


「ふぅん……意外に君って性格悪いんだね」


 リング外に居たティオがハジメを呼び止める。


「何のことかな? 確かにピーチャを泣かしてしまったのは悪いと思うけどさ……」


 申し訳なさそうな顔で泣きじゃくるピーチャを見るハジメ。

 そんなハジメを見てティオは鼻で笑う。


「やっぱり君って変わらないなぁ……」


「……それってどういう事?」


「ふぁぁぁ……まぁそゆこと、じゃあね」


 返答になってない返答をしてティオは再びリングに上がっていく。

 次はティオとハチが戦うようだ。

 その戦闘訓練の様子をハジメは眺めていたが、頭の中はさっきのティオの言葉で埋め尽くされていた。

 変わらないという言葉、それはつい数日前にここで顔を合わせた人間に使う言葉ではないはずだ。


(あいつは……一体……まさか⁉)


 ハジメの頭によぎる一つの予感、ある一つの隠したい過去を知っているのではないかという恐れ。


(だとしたら……俺は……あいつの口を封じないといけない!)


 鋭い目つきでバロックを扱うティオを睨む。

 試合はティオが優勢、空飛ぶハチの射角を読み切り安全圏から的確にかつ即座に狙う。

 訓練用のゴム弾はいつもの弾とは違い弾道がぶれてしまうはずなのに、そのブレも把握しているのか九割はハチに当たり、アンダーは笛を鳴らす。

 ティオは抜群の運動神経と天才的な戦闘スタイルで無事に勝利を掴むが、勝った当の本人は全くもって嬉しそうには見えなかった。


「つえー! 避けても避けきれないよ!」


 ティオの射撃の正確さにハチは文句を垂れるが、ティオはあくびをしながら銃を肩で担ぎ、早々にリングから出ていく。

 そのティオを次はハジメが呼び止めた。


「話がある」


「面倒だから断るよ……疲れたし」


「……人の話を聞く気力も残ってないのかい?」


 威嚇するように目をじっと合わせながらティオを見るが、面倒くさそうにあくびをした後地面に座り込んだ。


「別に皆戦闘訓練に見入ってるし、こっちの話なんて聞こえないと思うよ?」


「……やっぱり、知ってるんだね」


「まぁね、同じ2500番台のグループだったし」


 久々に聞いた番号による区切り。

 そう、クローン兵士は番台ごとにグループを区切られて、それぞれの施設で生活しているが、なんとティオとハジメは同じ番台の仲間であった。

 だがハジメは恐れていた事が現実になり、冷や汗を一滴垂らした。


「ああ、安心して……別に君の過去の所業を言いふらそうだなんて思ってないから……そんな事しても面倒臭いだけだしね」


「……信用ならねぇな」


 ティオの横に座り顔を見る。

 心底つまらなさそうな顔で戦闘訓練を眺め続けているが、ティオにとって何がそんなに不満なんだろうか分からないが、虫の居所が悪いハジメは目を逸らし試合に集中し始めた。

 やがて戦闘訓練は終わり、各自夕食を取り部屋に戻っていく。

 だが何人かは真っ直ぐ部屋には戻らず、先にシャワーを浴びに行き脱衣所に着替えを持って行き、四人の価値なしが脱衣所で顔を合わせる。


「よう、ハジメ! なんか今日はやけに眉毛が吊り上がってんな」


「……セイか、まぁそういう日もあるよ」


「ま、何があったか知らんけどあんまおっかない顔してると運が逃げるぞ~」


「運に頼って生きるつもりはさらさら無いさ」


 スーツの中に来ていた汗臭い肌着を脱ぎ、ハジメは愛想笑いを浮かべてシャワー室に歩いていく。


「……なんか機嫌も悪そうだな、どう思う? おっかない顔二号?」


「俺に聞いてるのか?」


 服を脱いでいたら急に肩を突かれたノインは何か言いたげな表情でセイを見るが、セイは特に気にもせず服を脱ぎ腕を組んでいる。


「まぁハジメも機嫌の悪い時ぐらいあるだろう、何があったかは知らないが俺達がむやみに踏み込むことが正しいとは思わない」


「はえー、カトル君が言いそうなぐらいつまらん回答……」


「それは僕に喧嘩を売ってるって事でいいのか?」


 セイの後ろでカトルが拳骨を握りセイの頭を殴ろうとするが、セイはしゃがんで躱しいそいそとシャワー室に向かっていき、カトルはセイを追いかけてシャワー室に入っていった。


「走ると危ないんだがな……元気な奴らだ」


 ノインもタオルで股間を隠しながら続いてシャワー室に入っていく。




 それから二時間後、皆が就寝時間に入った後海斗はタブレットを開きキーボードで文字を入力していた。

 内容自体は決算資料と注文書処理のシートに目を通したり、部下から上がってくる企画書に目を通したりと比較的難しい事ではないのだが、いかんせん量が膨大であり一つ一つ目を通して行けば徹夜は確定だろう。


「おい海斗、頼まれてた飲み物持ってきたぞ」


 アンダーが二つのマグカップを持って海斗の部屋に入ってくる。


「ああ……っておい、俺はコーヒーを頼んだはずだが」


 アンダーからマグカップを受け取った海斗は、マグカップの中を指さしアンダーに見せるが、アンダーはやれやれという顔つきでホットミルクを飲む。


「お前は根を詰めすぎなんだよ、会社の仕事とレジスタンスの二足のわらじで寝る間も惜しむのは分かるが、ちゃんと寝ないといつか倒れるぞ?」


「……俺を心配しての事なのは分かるが、今動けるうちに動いておかないと後が辛いんだ……一応今までの作戦や情報収集の証拠はなるべく残さないようにはしているが、どこからバレてしまえば動きが鈍くなる……そうなる前に決着をつけたい……」


 ホットミルクを飲みながら海斗はタブレットに向かいタイピングを続ける。


「決着を急ぐのは分かるが、お前自身が倒れると俺も結城も小夜の嬢ちゃんも皆心配するんだ、だから寝る時間位は確保してくれ……昼間が忙しいってんなら俺に手伝えることなら手伝うしよ」


「ありがとうアンダー、だがお前だって皆の料理に訓練にと忙しい筈だ……無茶は……頼め…………ない…………」


 直前までタブレットに向かっていた筈の海斗がうつらうつらとし始める。


「アンダー…………」


 海斗は眠気に耐えられなくなったのか、それだけ言い残すと机に突っ伏しすうすうと寝息を立て始めた。


「仕事も俺らも大事なのは良く分かるけどよ、自分自身の優先度を下げちゃいけないぜ…………よっこいせ」


 アンダーは軽々と海斗を持ち上げ、ベッドに下ろすと布団を掛けマグカップを回収し部屋を後にした。

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