第零.一話 chance encounter-邂逅-

 フォルン公国とイヴァンディア連合国が戦争を始めて六年後。

 Fギアーズの本社にある社長室で阿部正人とその息子である阿部海斗が椅子に座りコーヒーを嗜んでいた。

 机の上にはタブレットがおいてあり、画面にはキャタピラーの付いた戦車の様な物の設計図が映し出されている。


「あはぁ、今回の企画書も海斗が通したんだろ? 素晴らしい技術だ! 神経プラグを通した電気信号で操る自走砲に作業用のアームも付いてこれから攻め入る山岳地帯……確か旧名がチベットだったかな? そこにある連中の鉱山資源を叩き潰すには丁度いい兵器じゃあないか! 早速試作機を作って見せてくれ!」


 少し興奮気味に喋る阿部正人は、飲み終わったコーヒーカップをソーサーの上に置き椅子の背もたれに寄りかかる。


「了解しました、父さん」


「よし、ではこの話はここで終わりにしよう……所でこれから時間はあるか? そろそろディナーの時間なんでな、アンダー君の飯を食おうと思うのだがどうかな?」


「アンダーってあの秘書の……いえ、俺はこの後この企画書の準備が有るので失礼します」


 海斗はそそくさとタブレットを仕舞い、部屋を後にする。


「やれやれ、親子水入らずの時間位取ってくれてもいいじゃあないか……仕方ない、私一人で食べるか」


 阿部正人はそういうとスマホを取り出し、秘書のアンダーに電話を掛けた。


「やあ、アンダー君! 今からディナーにしようと思うんだが、いつものキッチンで待っているよ」


 それだけ伝えると重い腰を上げ、阿部正人は部屋を後にする。




 社長室を後にした海斗はFギアーズの廊下で窓の外に浮かぶ夕日を眺めながらスマホをポケットにしまいため息を吐く。

 先ほどまで企画書に載っていた兵器の試作機を作成するための手配をしていたようだが、その表情には悔しさが滲み出ており、歯を強く食いしばり拳を強く握りしめていた。


「こんな兵器……父さんさえ居なければ不必要なのに……」


 人気のない廊下でポツリと呟く。

 立場上仕方ないとはいえ、人を殺す為の兵器の企画書を仕上げる苦痛を海斗は口に出してしまった。

 今は戦争中であり、この戦争に対し物資や人員の全てを確保し前線の指揮も執っているFギアーズの代表取締役である阿部正人を否定することは、反逆罪ととらわれても可笑しくはないこの世の中で海斗はつい本音が零れてしまい、自分の言った言葉の意味を理解した海斗はハッとなり周りを見る。

 すると後ろに浅黒い肌をしたスキンヘッドの男が居り、驚いた海斗は尻餅をつく。


「うわっ⁉」


 周りに人は居ないと思い込んでたが故、急に尻餅をついた海斗は腰を強く打ったのか痛みに眼を閉じ、ため息を吐く。


「大丈夫ですか?」


「すまない、こんなに驚いてしまって……」


「いえ、話しかけもせず後ろに居た私が悪いです」


 アンダーは海斗に手を差し伸べ、海斗はその手を取り立ち上がる。


「みっともない所を見せたな……すまない、忘れてくれ」


「了解しました、所でさっきの言葉ですが……」


「……あまり聞かないでくれ、俺もマズいとは思ってはいるんだ……すまない、急いでるんで失礼するよ」


 海斗が先ほど言っていた言葉に触れようとしたアンダーを押しのけ歩いて行こうとするが、肩を掴まれ呼び止められた。


「いえ、そうでは無く……そうですね、夜の十一時頃に予定は空いていますでしょうか?」


「なんだ急に? …………まぁ空いてはいるが、何の用だ?」


「空いてるならばその時間帯に団地にあるアルカハイツに来てください、白い外壁で一番角にある建物なのですぐに分かるはずです」


「あ、ああ……分かった、覚えておくよ」


「ではこれにて失礼させてもらいます、代表取締役の夕飯の支度がありますので」


 丁寧に一礼しアンダーは去っていき、取り残された海斗も背を向け自分のオフィスに向かうため駐車場に向かう。

 少しレトロな自動車のドアを開け、クラッチに足をかけアクセルを踏み本社から数十分程離れた場所にある工場と一体型になったオフィスビルの駐車場に車を停め、すっかり暗くなった空に別れを告げオフィスの中に入っていくとまだ何人かが仕事をしており明かりがついていた。


「海斗様、おかえりなさいませ」


 ガラスで区切られた自分の席に着くとメイド服の小夜がお辞儀をし、海斗が着ている上着を預かりコート掛けに戻す。


「ああ、小夜か……もう暗いし屋敷に戻っていてもいいんだぞ?」


「いえ、海斗様が働いている以上私も休む訳にはいきません」


「……ありがとうな、じゃあこれを山田さんに持って行ってくれないか? その後に応接室の掃除も頼みたい」


 資料の束を印刷し小夜に手渡すと小夜はそれを受け取り部屋を後にする。

 そして海斗は静かになった部屋で先ほどの企画書に載っていた兵器の設計図を見ながら各製造部門用に個別の設計図を印刷し納期や予算の策定を決める資料を作成し、印刷を掛ける。

 そうこうしているうちに時計の針はいつの間にか十時半を指示しており、海斗はPCをシャットダウンし部屋を後にしようとすると、小夜が部屋に入ってきた。


「海斗様、アンダー・ハドソンさんという方がお目見えしていますが」


「本当か? わかった、今行く……それとこれから少し長いかもしれないから、小夜は先に屋敷に帰っていてくれ」


「かしこまりました」


 小夜はスカートを摘まみながら一礼し、部屋を後にする。

 海斗もそれに続き部屋を後にし、オフィスに誰もいないことを確認し電気類を消し、セキュリティをオンにしてオフィスの入り口に歩いていく。

 するとアンダーがホールで待っており、海斗を見つけるや否や丁寧にお辞儀をした。


「少々早めに手が空きましたので、迎えに来ました」


「ああ、ありがとう……だが父さんと違って俺は自分で車を運転するから、迎えは必要無かったかもな」


「そうでしたか、いらぬ気遣いをしてしまいましたかね」


「いや、感謝するよ……じゃあ俺はアンタに付いて行くから、案内頼むよ」


「承知致しました」


 アンダーは駐車場に停めているセダン車に乗り込み、エンジンを掛け発進する。

 海斗はその後を自分の車で追いかけ、三十分程走った後先程言っていたアルカハイツに着き、団地の駐車場に車を止めアンダーの後に続き中に入っていく。

 団地の中にあるセキュリティの前に着いたアンダーはセキュリティを解かずにボイラー室に入っていき、そこから下水に降りていきすぐ近くの部屋に入っていく。


「ここは?」


「ここは私が隠れ家として使ってる一部屋です、案外バレないものですよ」


 部屋の中にはバーカウンターの様な物や、積み上げられた椅子などがあり飲食店が経営できそうな部屋ではある。


「さて、ここに海斗様をお呼びしたのはほかでもありません……海斗様の本心をお聞きしたい」


「俺の本心?」


 最初海斗は何を聞かれているか分からなかったが、夕方の事を思い出し冷や汗が垂れる。


「ええ、夕方のあの一言を聞いてしまったので」


「……俺を脅そうってのか?」


「そうではございません、ただ一つお願い事がありまして」


「願い事?」


 アンダーが海斗をここまで連れて、夕方の事を持ち出した時は脅されると思っていたが、何やらそうではないようで急にアンダーは膝をついたかと思えば、額を地面に擦りつけた。


「頼む! もしこの戦争を終わらせてくれるなら俺を使ってくれ!」


「ま、待て! 頭を上げろ!」


 急な土下座に驚いた海斗は、アンダーの肩を掴み面を上げさせる。


「アンタは俺を勘違いしてるんじゃないか?」


「……勘違いでも構わない、だが海斗様の本心を聞いたとき俺の心は動かされたんだ……誰も今の状況に疑問を持ってないと思っていたから……だから海斗様がもしこの国の闇に立ち向かうというのなら、俺を仲間として使って下さい」


「……一体アンタの何がそうさせたんだ?」


 アンダーは安部正人の秘書として勤めていただけあって信仰深い性格だと思っていた海斗だが、今のアンダーの言葉を聞いた以上はその固定概念は消え去り、逆に何がそうさせたのか興味が湧いていた。


「……俺は元々軍人として働いてたんだ、だがクローン兵の台頭で転職せざるを得なくなってな……で、いろいろやっている内に秘書になって今の兵士たちを見る機会があったんだ……だが、クローン兵の扱いを知った俺はその事実に鳥肌が立った」


 積み上げられていた椅子を二つ取り、床に置き二人は腰を掛ける。


「俺は元々兵士として訓練をし、仲間と励ましあって生きて帰って酒を飲む……そういうのが普通だと思っていた! だがクローン兵は国の為に命を散らすことを良しとして、仲間とのコミュニケーションも無く、人以下の価値でこき使われている! しかもその現状を周りで疑問に思う奴は誰一人いなかった! それが俺には酷く醜く見えたんだ……」


「……」


 元軍人として兵士の扱いに疑問を持っているアンダー。

 それを見た海斗は自分の本心に今一度耳を傾けていた。

 自分が作りたくもない兵器を作らされ、その度に心を痛めていたのと同じでアンダーも自分とクローン兵の扱いを重ね合わせ、その現状に胸を痛め続けている。

 誰かがこの現状を変えようと動き始めない限り、この痛みから解き放たれることは無いだろう。

 もし他にも現状に痛みを覚えている者たちが居るのなら、誰かが自らを犠牲にしてでも反旗を翻さなくては。

 そう考えた海斗は、アンダーの肩を掴み目を合わせて話しかける。


「アンタは、俺がもし国に反旗を翻して戦いを吹っ掛けるとして……文句なく俺に付いて来れるか?」


「ああ、あってやるさ……俺は人の命を大事にしねぇこの国を変えるためなら、弾除けにでもなってやる」


「……そうか…………なら俺とお前でレジスタンスとしてこの国を変えてやろう! 俺もこの国にはウンザリしてたんだ」


 手を差し伸べアンダーと海斗は握手を酌み交わす。


「……ありがとう、必ずこの国を変えよう! 海斗様!」


「おいおい、もう俺とお前は同じ反社会的勢力なんだ……様なんていちいちつけなくていいよ、俺もアンダーって呼ぶから」


「そうか、じゃあこれからよろしく頼むよ……海斗」


「ああ、よろしくアンダー」


 ここに二人のレジスタンスが結成され、後にこの少人数のレジスタンスが世界を変える事になるとは誰もが想像することは出来なかった。




 翌日、海斗はアンダーに電話で呼ばれ再び地下のバーへ向かうことに。


「よう……って、どうしたんだこれは?」


「お? 来たか」


 部屋の中に入ると、先日まで荒れ果てていた部屋はおしゃれなバーになっており、内装が整えられていた。


「いつの間に……というかここは何に使うつもりなんだ?」


「ああ、実は俺個人で店を持つのが夢だったってのもあるんだがな、情報収集のための場所として使う予定だ……他の軍人仲間の連中も色々情報持ってるからな、口の堅い奴らにこの場所を教えて酒の代わりに色んな情報を集めようと思ってな」


「秘書の仕事はどうするんだ?」


「んなもんさっき辞めてきたぜ、あんな仕事伝書鳩でも出来る仕事しかないしな」


 アンダーは笑いながら親指を上げる。

 どうやらCEOの秘書と言えど、安部正人が自分で殆どの仕事をこなしてしまう為、下から上がってきた情報を伝える事しかやる事がなかったようだ。

「お前意外に思い切りが良いんだな」


「あったりめぇよ、それに敬語を使う仕事は俺の性に合わなかったんだ」


「そうか……じゃあバーテンダーさん、一杯何かいただけるかな?」


「あいよ、じゃあちょいと待ちな」


 アンダーはそういうと棚から幾つかの酒を取り出し、シェイカーに入れて混ぜ合わせグラスに注ぐ。


「ほらよ、じゃあ昨日できなかったアレやるか」


「アレ?」


「ああ、乾杯さ」


「なるほどな、じゃあレジスタンス設立を記念して……」


『乾杯!』


 グラスとグラスがぶつかり合い、カチンといい音を響かせる。

 そして二人は今後の事を語らいながら、新たな仲間との談笑を繰り広げていた。

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