第十三話 Ivan Lark -神の居場所-

 それから一週間後、皆が朝食を摂った後海斗に呼ばれ会議室に集められた。

 会議室の画面にはどこかの施設の見取り図が映し出されているが、前回と違い二つの見取り図がある。


「みんな揃ったか、では始めるぞ」


 海斗がタブレットを操作し画面を動かして建物の詳細を表示する。

 今回襲撃する建物は銀行とその隣に位置する刑務所のようで、同時に潜入する様だ。


「ここは刑務所と銀行が隣り合っている少し変わったところなんだ」


「確かに変わってるな、脱獄して銀行強盗すれば幸先のいいスタートをきれそうだ」


 アンダーがそう指摘すると、結城もこの配置は少し変に感じる。

 だがあまりにも変な立地のこの場所が意図的ではない訳がない。


「ああ、変だ……しかしこの建物は表向きは銀行だが内情は違う! 中は兵器の保管庫になっており、兵器の試し打ちを隣の刑務所で行っているんだ……受刑者相手に」


 画面は切り替わり、兵器のテストファイルが映し出される。

 そこには武器で撃ち殺されて受刑者の傷跡や吹き飛んだ手足の写真、実際にアーマーを着せて縛り付けられた受刑者が兵器によって消し飛ぶ瞬間を収めた写真などもあった。

 だがそれを見たアンダーは不思議そうな顔をする。


「なぁ海斗、お前一応兵器開発の部署の部長だろ? なのにこの兵器のデータを取りに行くってのか?」


「……ここの兵器は俺の部署じゃなくてCEOと技術屋連中が作った代物だ、いわゆる極秘兵器って所だな」


 海斗の部署はあくまで兵器開発の部署であり、基礎設計等はするが実際に組み立てたりデータを取るのは他の部署の様だ。


「これは本社に送られてきたファイルだけだがそれでも数十個の兵器のデータがある、だがこれが全てではないだろう……そこでカトルとセイは刑務所に侵入して兵器の実験データを回収してきてほしい」


「はい」


「了解」


 二人とも首を縦に振る。


「そしてその兵器は表向き銀行のこの施設の地下にあるはずだ、そしてこれをサンとセツコで破壊してくれ」


「おう!」


「はい!」


 同じく二人は了承する。


「では詳しい作戦内容を話していこう」


 モニターを使い細かい場所などを表示する。

 まず刑務所周りは当然ながら警備レベルが非常に高く、普通では近づけないが下水道から刑務所内に上がればその警備にはすぐには引っ掛からないだろう。

 下水道から刑務所に上がるとまず最初にボイラー室に出るのでそこからセツコ、サンチームは刑務所を脱出して銀行に入る。

 カトルとセイチームは引き続き刑務所内のデータがある所長室に向かい、所長室に着いたらPC内の記憶媒体を盗み、再び下水道に降りる。

 サンとセツコは銀行地下を目指し、武器庫の扉を破壊しそのまま中の兵器も破壊した後その後同じく下水道に集合し、放流口から脱出しそれを結城が回収する。

 これが今回の作戦概要である。


「今回は明日の朝に出発する、午前4時だ」


「はええ……」


「頑張って起きましょうね」


 いつもより早い時間に絶句するサンとそれを応援するセツコ。


「一回しか起こさないからな、起きろよセイ」


「お前さんこそ前日にワクワクし過ぎて寝られないなんて言うなよ?」


「誰が言うか!」


 セイに茶化されたのを怒るカトルとそれを見て笑うセイ。


「結城とアンダー、そして今回の作戦には俺も行くから二人とも頑張って起きろよ?」


「はい!」


「おうよ」


「では作戦会議についてはこれにて終わりだ、皆解散!」


 海斗の一言で皆は午後の訓練に向かっていく。




 それから午後の訓練も終わり、夕食後の一時間の自由時間の中カトルは海斗に呼び出されていた。

 名指しで呼び出された為、少し緊張した面構えで会議室に入っていく。


「お? お前も呼ばれたのか」


「……と言う事は、作戦についての事か」


 部屋の中にはルームメイトであり今回の作戦メンバーのセイと海斗が椅子に座っていた。


「やぁ、来たか……まずはこれを見てくれ」


「はい」


 会議室の入り口に居たカトルが海斗に近づくと、タブレットを早々に差し出してきた。

 そこには昼の作戦説明に使われた地図が乗っていたが、赤い丸印が一つ増えていた。

 そこは所長室や倉庫などの大事な部屋ではなく、普通の独房部分であり今回の作戦とは特に関係のある場所では無いようだ。


「明日攻め入る刑務所に、イバン・ラークが居た」


 衝撃的な一言。

 偶然かもしれないが、カトルが最も会いたがっていた例の男が攻め込む刑務所内に居るという奇跡に、カトルは両手をグッと握りしめる。


「これによって少し作戦内容を変更することになった……カトルとセイのチームはデータを盗んだ後イバン・ラークの救出に向かってほしい」


「彼を救出……」


 彼はまだ答え合わせをしていない問題をいくつもカトルに残していった。

 これはその答えを知ることが出来るチャンスである。


「なぁ海斗さんよ、カトルがこの人に恩を感じてるってのは分かるんだが救出してその後どうするんだ?」


 セイが純粋な質問をぶつける。

 彼が言う通り作戦内容を変えてまで彼を救出するメリットは少ないように感じるが、海斗はそうでは無いようだ。


「調べたところ彼は反社会的勢力に協力した罪を被せられているようでな、もし他にレジスタンスが居るならその情報が欲しい……あと他には彼はいくつもの部署を転々としているらしいからな、これから攻める施設の内情も少しは把握しているかもしれない」


「なるほどなぁ」


「それに彼は独裁国家の被害者だ、だから生かして戦争を終わらせれば生き証人として後生に戦争の愚かしさを伝えることが出来るはずだ」


 無実の罪での投獄。

 それは国としてはあってはならない事実。

 それが戦争状態かつ独裁政治の中では平気でまかり通ってしまう。


「カトル、やってくれるかな?」


「やります、彼を地獄から救い出します! 必ず!」


「いい返事だ、朝も言った通りこの刑務所は堅牢だ! 少し遠回りになってしまうが慎重に気を抜かず任務を遂行してくれ」


『はい!』


「では以上だ!」


 海斗が椅子から立ち上がり、部屋を後にしようとした。

 だがその時、部屋の中に急にピーチャが入ってきて早々に海斗に大声で話しかける。


「海斗さん! アタシも連れてってほしい!」


「どうしたんだ急に?」


 突然の申し出にびっくりする海斗。

 だが覚悟を決めたような眼差しのピーチャはじっと海斗を見つめている。


「……訳を聞かせてくれ」


「アタシは今まで何も結果を残してきてない! だからこの作戦で少しでも手柄を立てたいの!」


 必死の形相で海斗に訴える。

 だが海斗はそれを見てため息が出ていた。


「ピーチャ、これは潜入作戦なんだ……大人数で行ってはすぐにばれてしまう」


「でも、そしたらアタシはいつ出撃できるんだ!」


「落ち着てくれ……君の出撃は潜入ではなく突撃や防衛に必要なんだ、そしてそれは最後の作戦の時に必ず来るはずだ」


 ピーチャをなだめるように、静かな声で目を合わせながら語り掛ける。

 しかしピーチャの中の承認欲求はそれでは収まらなかった。


「だったらその作戦明日並行してやろうよ!」


「無茶を言うな!」


 声を荒げる海斗。


「今回は偶々攻めるところが近いから並行して作戦を行えるだけだ、それに三つの作戦なんて指揮を執り切れない! 情報が錯綜すれば死人だって出るんだぞ!」


 鋭い眼光で睨みつけられるピーチャ。

 流石に海斗をここまで怒らせた事にマズいと感じたのか俯いてしまう。

 しかしそんな二人の間に急にセイが割って入っていった。


「まぁまぁ……ピーチャの言う事も少し理解してやってくださいや」


「三つの作戦を平行しろと?」


「いや流石にそれは俺も反対するけどさ、でもサンのチームに入れるとかだったら良いんじゃ無いですかね? あっちなら破壊がメインだし大人数で動けばそれだけメリットがあるとは思いますけど?」


「……彼女の何処を理解すればいい?」


 頭に手を当てながら首を振る海斗。

 確かにこんなわがままを押し通してしまっては他のものに示しがつかなくなってしまう。

 その事はセイだって十分理解しているはずだろう。

 だがそれでも割って入ったセイには一体どんな考えがあるのだろうか?


「俺たちって言うのは戦い続けて最後は死ぬ存在だって教えられ続けててさ……だから自分の出番がないと不必要なんじゃないかって不安になっちまうんだよ……もちろん俺は戦って死ぬことが正しいとは思ってはないけどさ、中には最初に教えてもらった事を正しいと信じ続けてる子もおるんよ……ピーチャもその一人、誰よりも優れていると言う事を証明し続けないと自分の存在を不安に感じちまうんじゃないかな?」


 確かにピーチャはドローン訓練を始め先ほどの戦闘訓練も目立った活躍どころか総じて失敗続きである。

 そうなれば普通の人でさえ自分を責めてしまうのに、彼らに至っては誰よりも優れることが自分の存在を証明する手段だと教え続けられたため普通の人よりも自分を責めてしまう。

 恐らくナナも最初にあった戦闘の恐怖と戦わないと自分の優位性を証明できないギャップで思い詰めてしまったのだろう。

 その話を聞いて海斗は少し納得した表情になった。


「なるほどな……だが流石に三つも作戦を展開する事は出来ない、それは確かだ……だがセイの言う通りサンのチームに入れるのは許容しよう」


「本当!」


「ああ……だから心配しないでくれ、そして必ず生きて帰ってこい」


 ピーチャの頭に手を置く海斗。

 ようやく自分の力を必要とされた事実に喜ぶピーチャ。

 そしてそれを遠くで見ながらうなずいているセイの頭をカトルがひっぱたく。


「いってぇ!」


「バカお前、あまりわがままを言うな」


「良いじゃねぇかよぉ……下手したら明日死んじまう運命かもしんないのに」


「明日お前が死んでも骨は拾わないからな」


「ひっでぇ、ルームメイトの骨位拾ってくれても良いじゃねぇか!」


「断る、だから死ぬな」


「言われずとも」


 お互い仲がいいのか悪いのか分からないが、お互いにグッドサインを送りあう。


「さ、何はともあれ明日は早いんだ……早く寝るぞ」


『はい!』


 こうして各自部屋に戻っていくが、ピーチャだけは嬉しかったのか小走りで部屋に走っていく。

 部屋の扉を開けると就寝の準備をしていたルームメイトのセツコに抱き着いた。


「セツコ! アタシ明日の作戦に同行できることになったよ!」


「え、ええ? ……何があったんですか?」


「実はね!」


 会議室であった一連の流れをセツコに話す。

 するとセツコは嬉しそうにニッコリ笑った。


「明日一緒なんですね、よろしくお願いいたします」


「うん! 明日は頑張るぞー!」


「では明日に備えて寝ましょうか」


「うん!」


 セツコはピーチャが居ない間にピーチャの分の着替えや布団も用意していたようで、二人はすぐに就寝に入る。

 そして隣ですやすやと寝息を立てるピーチャを見ながらセツコは安堵のため息を付いた。


(さっきまで泣いていたのがウソ見たい……でもピーチャちゃんが喜べるような事があってよかった……)




 時は少し遡り、夕食後。

 ピーチャは自室で何もうまくいかない自分が悔しくて一人ベットの上でうずくまり、泣いていた。

 奥歯を噛み締めながら声を殺し嗚咽を漏らしているとルームメイトのセツコが部屋に入ってくる。


「……大丈夫?」


「……うん……」


 返って来た返答は暗く、まだ心は晴れてはいないようだ。


「……セツコはさ、何やっても空回りしちゃう時ってある?」


「ありますよ、実際に軍に居たときは失敗続きでした……」


「そんな時どうしてたの?」


 ピーチャは顔を上げセツコを見る。

 青い瞳で窓の外をみながら、喋り始める。


「私は空回りするときは訓練中に少し花を見て落ち着いてました……何をやっても空回りしちゃうならいっその事足を止めてみようと思って……」


 セツコの視線の先には窓から漏れる光で照らされた一輪の花が咲いていた。

 何処にでも生えている白い花が風に揺られているのを見ると、その美しさに少しだがピーチャの心が晴れた気がした。


「ピーチャちゃんは今の状況をどうにかしようと脇目も振らずに頑張ろうとしてしまうから、から回ってしまってるんじゃ無いでしょうか?」


「じゃあどうしたらいいのかな……」


 セツコの的確な一言に再び顔を下げてしまうピーチャ。


「うーん……ピーチャちゃんは一人で頑張ろうとしちゃうから……みんなと一緒に結果を出すって言うのはどうでしょう? きっといつか作戦に参加する時に相方さんが居るから、その人と一緒に作戦を成功させるとか……」


「……なるほど……でも今の所みんなドローン訓練の時の相方だけど、ナナが戦わなくなっちゃったし……」


「大丈夫よ、きっと一人なんて事は無いから……もし一人なら私も行ってあげます」


 ピーチャの隣に座り体を寄せる。

 身を寄せて数分した後ピーチャは何かを決心したように顔を上げた。


「ええい、もう悩むのは面倒だ! こうなったら直談判してくる!」


「え? ええええええ⁉」


 先ほどまでくよくよ悩んでいたのがウソのように急に吹っ切れた。

 突然のピーチャの言葉にセツコは驚くしかなかった。


「アタシ今回の作戦に参加して大手柄上げてやるんだから!」


「お、落ち着いてぇ!」


 自棄になったのか、はたまた何か方法を思いついたのかピーチャの暴走は止まらない。


「アタシが本当は出来る人間だって所見せてやる!」


 そういって部屋を飛び出すピーチャ。

 そして颯爽といなくなったピーチャに驚いたセツコは暫く唖然としたまま固まっていた。


「ほあぁぁ……大丈夫……なのかな?」


 目をぱちくりさせながら廊下を見るがもうピーチャの姿はそこにはなかった。

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