第四話 Sacrifice for Justice -孤独な選択-
ブラックマーケットの壊滅事件から二日後、スネイルは少年の部屋に訪れていた。
「やあ、気分はどうかね?」
「……普通」
「ならよかった」
スネイルは普段と変わらない様子の少年を見て煙草に火をつけ吸い始めるが、突如の来訪に少年は不思議に思い声をかける。
「何の用?」
「なに、ブラックマーケットが壊滅したのでな……これからの事でも話そうかなと」
「これから?」
「ああ、とりあえず当面の話だ……君を国民として迎える、私が支配する国にな」
にやりと笑うスネイルは吸い切った煙草を消すためパイプ状の灰皿をポケットから取り出すと、灰皿と一緒にポケットから装飾の施された宝石が零れ落ち地面に落ちた。
「それは?」
「ああこれか? これはブラックマーケットの頭が持ってた物でな……何か中に入っているようだが取り出せなくて困ってるんだ」
外観はエンブレムの様になっているが厚みがあり、小さい物なら仕舞えそうにも見えるが肝心の開く機構の様な物が見当たらない。
だが少年は何かを思いつき宝石をスネイルの手から取り、エンブレムの背面を見るとねじの入っていないねじ穴が開いており少年は首を傾げた。
「ここのねじは?」
「中を開けるために外した……が、開かないのだよ」
「この奥スイッチみたいになってる、ねじかそれに似た細いもので押さないと開かない」
太陽光を頼りに中を見つめる少年がそういうとスネイルは後ろを通りがかった女の召使に声をかけ、身に着けていたヘアピンを一つ受け取るとエンブレムのスイッチを押し込む。
するとエンブレムは開き、中から折りたたまれた小さな指輪が一つ入っており少年はそれを手に取る。
「綺麗な指輪が入ってた」
「本当か? どれ見せて見ろ」
スネイルは少年から指輪を受け取ると、老眼鏡をかけ指輪をまじまじと見つめると何かに気づき目を丸くした。
「これは……なるほど、これが誰のものかわかったが……しかし……」
困惑した表情を見せながら小さな声で呟くが、その真意を知らない少年は不思議そうな顔でスネイルを見つめ、視線に気づいたスネイルは小さくため息を吐くと首を横に振る。
「そんな心配そうな目で見つめるな……」
「……分かった」
「ならばよし。ああそれとお前名前がないようだから今名前を与えてやる」
エンブレムをポケットに仕舞いスネイルは硬い表情で少年に名前を与えた。
「お前に私の友人である安部雅人(あべまさと)の名前をやろう」
「あべまさと? いいのか? 他人の名前なんだろ?」
スネイルが友人と口にする間柄の人である安部雅人の名前を受け取った少年は理解できずに首をかしげるが、スネイルは少し悲しげな表情をしながら少年の頭を撫でた後ベッドに腰を掛ける。
「私の知るあいつはもう居ないらしいからな、受け取ってくれ」
スネイルは再び煙草に火をつけ吸い始めると少年は一つの疑問を問いただす。
「安部雅人ってどんな人だったんだ?」
少年がその質問を口にするとスネイルはどこか懐かしむような表情で語り始めた。
「……アイツはシェルターの中で仲良くなったんだ、私より若造の癖にまるで友達かのように絡んできてな……」
「ふぅん」
「私は元々喫煙者じゃ無かったんだがな、どこで仕入れて来たのか煙草を売りつけてきたり愚連隊を組織したりやりたい放題していたが悪い奴じゃなかった……皆がシェルターの中で意気消沈していた中あいつだけは自由な男だった……この灰皿も奴から貰ったものだ」
いつも使っているポケット灰皿を取り出し、何の変哲もない筒状の灰皿を見つめる。
「だがあいつはシェルターの外に出た途端愚連隊を引き連れ消息を絶った……が、まさかな……」
スネイルがそう呟いた瞬間部屋の扉がノックされ少年は扉を開けるとヴィクセンが扉の前に立っていた。
「失礼、スネイル様! 用意の方が整いました!」
「分かった、済まないな雅人……用があるから私はもう行くぞ……お前は後で使用人が迎えに来るはずだからその馬車に乗りこれから住む場所に行くと良い」
最後にもう一度少年の頭を撫で、最後に部屋の中には安部雅人と言う名を貰った少年だけがポツリと取り残される。
フォルンの広間に大勢の国民が集まり、簡易的な断頭台の上に一人の男が縄で体を縛られ、袋で顔を覆った状態でギロチンの刃の下に首を置いていた。
「これよりブラックマーケットの首魁の死刑を開始する!」
ヴィクセンが壇上で大声を上げると国民は大声で声を上げ今か今かと待ちわびるが、その民衆の声に負けじと死刑囚は声を上げる。
「黙れ! この嘘つきの屑どもめ! 今の声はヴィクトールだな! 俺がブラックマーケットの首魁だからと首を切り落とすならお前も同じだ! 同じ奴隷商のお前も! 首を落とせ!」
喉を枯らしながらも大声で死刑囚は叫ぶがヴィクセンは気に留める様子もなくギロチンの縄にナイフの刃を近づけていた。
しかしその気配を察知したかのように死刑囚が暴れ始め、周りの人間が危ないと思い抑えにかかるが突如銃声が鳴り響き、民衆も死刑囚も一斉に静かになる。
「悪あがきは止したまえ、雅人」
死刑囚の背中に一発の弾丸が撃ちこまれたのか死刑囚は血反吐を吐くが、すぐに後ろから聞えた声に反応を示す。
「スネイル……フォン・フォルン……この国の最初の指導者……あんたが国を作るまでになるとは……こうなるなら、あの時殺しておけばよかった……」
「ふふふ、お前のお人好しが仇になったな……悪人になり切れない若造よ、シェルター以来の再開だ……喜びたまえ」
スネイルは断頭台に上り安部雅人の前に立ち、袋の中にある安部雅人の目を見つめる。
「へへ……フォルン……あんたが自分の名前を国の名前にするほど自尊心が強いとは思わなかったし……友を断頭台にあげる奴だとは思わなかった…………なぁ、今からでも助けちゃくれないか? ブラックマーケットはアンタだって受け入れる」
「ふふふ、安心しろ……お前の首が落ちればこの国は私が王になる、公王として君臨するのさ……」
スネイルは立ち上がりヴィクセンに視線を送り、ギロチンを止めていた縄がナイフで切られ首が転がり落ちた。
それと同時に民衆の声は最高潮になり拍手と喝采がスネイルに向けられ、その喝采を浴びるかのように両手を広げ絶頂の表情を見せ、スネイルは壇上から民衆に向かって声を上げる。
「これにて国民の失踪も略奪も減るだろう! 我々フォルンの危機が一つ去った! そしてこれを機に私は一つの宣言をしようと思う! これからフォルンは成長に向かって邁進していくだろう! そこで私はこのフォルン国をフォルン公国と名乗り私が玉座に座り再び危機が訪れない様皆を指揮しようと思うがどうか!」
スネイルが新たな国の体制を宣言する。
それはフォルンにとって新たな一歩になる筈だが国民は迷いの表情は無く、スネイルの言葉に賛成するかのように手を上げた。
「ふふふ、では後日他の権力者と公王制の投票を開始する! 詳しい話は追って皆に伝えよう!」
最後にそれだけ伝えるとスネイルとヴィクセンは壇上から降り、二人が車に乗り込むその瞬間まで拍手と歓声は鳴り響いていた。
その喝采の横を一つの馬車が通りすぎていき、窓の外の音に気が付いた雅人は使用人に何があったかを尋ねる。
「ねぇ、今日は祭りかなんかなのか?」
「祭り……そうですね、似たようなものです」
「そうか、俺もこの国の国民になったんだよな?」
「ええ、スネイル様のお陰ですよ」
使用人は微笑みながらそう言うと、雅人もつられるように笑顔を見せ遠くから聞こえる音に何があったかを想像しながら馬車に揺られていた。
屋敷に戻ると二人はスネイルの自室に入り互いに椅子に座る。
「スネイル様、うまく行きましたね」
「ああ、ブラックマーケットは兼ねてより厄介な存在だったからな……その首魁の首を取れたとなれば民衆の評価も上がるだろうよ」
「ええ、公王制は間近に迫ってますね」
「ふふふ……所で君に一つ頼みごとがあってだな……」
「なんでしょう?」
突如頼みごとをされたヴィクセンは驚きの表情を見せた。
「なに、ちょっと聞きたいことがあってだな……君、報告書意外にブラックマーケットに関する情報を日記や何かに記していたりしないかい?」
「ええ、無いですよ? 情報の漏洩は怖いですからね」
「そうか、ならばいいか」
スネイルは安心した表情を見せると即座に上着の内ポケットに手を入れ拳銃を取り出し、ヴィクセンの体を撃ち抜く。
「……は?」
何が起こったか分からない表情でヴィクセンは崩れ落ち、自らの体から流れる血に未だ理解が追い付かないのかスネイルを見つめていた。
「ふふふ、君が壇上で奴に言及されていたからな……国民の耳にも残っているだろう、だから君の死体を用意する必要があるのだ……無実の……証明の為にな」
スネイルは引き金を引き、ヴィクセンの額に穴が開き絶命する。
その音を聞きつけ兵隊が現れ死体の横で煙草を吸うスネイルに敬礼を見せた。
「スネイル様! こちらはどう致しましょう?」
「捨てておけ、なるべくバレない様にな」
「了解いたしました!」
兵隊はヴィクセンの死体を持ち運び部屋を後にし、一人部屋に残ったスネイルは物憂げな表情で窓の外を眺める。
「王は孤独とはよく言ったものだ……しかし冷酷でなければ国は動かせんのだ、許せヴィクセンよ……そして安部雅人よ」
ゆらゆらと天に上りゆく煙を眺めながらスネイルは一人呟いた。
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