第三話 trojan horse -トロイの木馬-

 少年が眠りについた頃、ブラックマーケットが潜むスラム街の酒場にジュラルミンケースを持ち、白いコートを着て眼鏡をかけた男が静かに酒場に入ると中は閑散としており、男が不思議そうに辺りを見渡すとカウンターの奥から酒場の店主と思わしき男が顔を覗かせた。


「あんた誰だ? どうやってここに入ってきた? 警備は厳重にしてるはずだが……」


「ああ、常連なんで顔パスで」


「常連?」


「酒場に来るのは初めてですけどね、いつも積み荷の受け渡し位しかしないので」


 男は眼鏡を持ち上げながらそういうと、店主は安心した表情でカウンターから身を出し男に近づく。


「なんだ、あんた同業者かよ! なら先に言ってくれよ、俺てっきりまたフォルンの連中が来たのかと……」


「ああ、そんな事があったんですね」


「そうそう、粛清とか何とか言ってな……まあ追い返すことには追い返せたが、こっちもかなり消耗させられたよ」


 店主はうなだれた表情をしながら男の方を見ると、男はどこか愛想笑いを浮かべながら店主を見て居た。


「で、ここに来たのは何用で?」


「ここに入り口があるって聞いてね、小指の骨はいくらで買い取ってくれるのかな?」


「……酒場でですかい?」


「頼みますよ、僕も忙しくてね」


「じゃあいくらで売りつけるつもりだ?」


「いくらで売ってもらいたいですか?」


「……十五万だな」


「じゃあ三十万で売りますよ、僕は」


「…………よし、入りな! ……と言いたいんだが、その前に名前聞いてもいいか?」


 店主がカウンターの扉を開けながら男に名を訪ねると、男はまたも愛想笑いを見せ口を開く。


「僕の名前はヴィクトールですよ」


「え⁉ ヴィクトールさんつったら有名な奴隷商じゃねぇっすか! なんだ、先に言ってくださいよ」


「有名ね、まあ特に販路を確保してるわけでもなくいきなり来て売りつけてれば有名にはなるか」


「あはは、ウチのボスもヴィクトールさんはお得意様だからって口酸っぱく言ってるんですよ」


「ほう、今日は丁度そのボスに用があってきたんですよ……奥にいますかね?」


「ええ、案内しますぜ」


 軽く会釈した店主の後をヴィクトールは付いて行き、岩場に挟まれた細い道を通り抜けると開けた場所にたどり着く。

 ヴィクトール当たりを見渡すとテントが立ち並ぶ広場のような場所であり、あちこちにゴロツキの様な見た目のブラックマーケット構成員や奴隷商などが歩きまわっている。


「随分道が悪いですね、しかし抜けた先にこんな開けた場所があるとは」


「細い道だと万が一攻め込まれても一気に押し寄せないんでね、便利なんですよ」


「なるほど、よく考えられている」


 大勢の兵が一斉に攻め込めない道をヴィクトールはしばらく眺め、ポケットからメモ帳を取り出し何かを書き始めるが、そんなヴィクトールに後ろから一人の男が声をかけ振り返ると、髭を整え軍服の様な物を着た男がそこに立っていた。


「どうも、あなたがヴィクトールですか? 顔を合わせるのは初めてですね」


「ええ、私がヴィクトールですが……そちらは?」


「私ですか? 私はブラックマーケットのまとめ役ですよ……まぁ気軽にボスとでも呼んでください」


「おや、お名前聞きたかったんですけどね……」


 愛想笑いを浮かべながらヴィクトールはそう呟くと男は薄ら笑いを浮かべ、目を見て喋り出す。


「偽名を名乗るのも面倒なのでね、あなたのそれも偽名でしょう? まあそもそもこの場所に実名を持ち込む馬鹿もそういないですしね」


「なるほど、分かりましたよボス……で、私から少し頼みごとがあったんですがよろしいですかね?」


「換金なら済んでるはずでは? 今日は八匹も連れてさぞ資金は潤ったでしょうに?」


「多少減額されましたけどね、奴隷の一匹が先天性の脳障害ってだけでね」


 頭を指さしながらそういうとボスと名乗る男は申し訳なさそうな表情を見せ、ポケットから宝石が埋め込まれたエンブレムを取り出した。


「これは申し訳ない、先日襲撃にあって少々資金面に影響が出ましてね……今移住の準備中で色々買い揃えたりだったのを考慮して勝手に減額したんでしょうね、担当者には後で言っておきますよ」


「それはありがたい、だけど頼みごとはそれじゃないんですよ」


 ヴィクトールはケースを開けると中に旧紙幣のドル札が入っており、ボスはその札束の一つを手に取り一枚ずつ確認し、それが終わると札束をケースに戻す。


「…………一体何がお望みで?」


「武器の取引ですよ、私の周りも少々警備が欲しくてね……買えるだけ買っておこうと思いまして」


「失礼、あなたはどうやって奴隷を確保してるんです?」


「ああ、私の本職は医者でしてね……子供を何人か死んだことにして売り飛ばしてるんですよ、若いのもそうでないのも用意できるのはそういう事です」


 にやけ面で自らの手口を話し、それを聞いていたボスは口角が上がりケースに手を伸ばすがヴィクトールはケースを後ろに引き、ボスの手は空を掴む。


「これだけではありませんよ……とはいえ、他に渡したいものは少々物が大きくてね……コンテナの搬入口はこの場所にありますかね?」


「おいおい、そんな大きな物もあるのか困ったな……まあ移住前に武器が減るのは心もとないが新天地で売るための物が手に入るなら文句はないな! でかいのはあの丘を西から登ってくれば来れるはずだ」


 少々興奮しているのか口調が変わったボスがマーケットの奥を指さすとその場所に道幅の広い坂があり、コンテナ程度ならば坂に気を付ければ運べる道のようだ。


「なるほど、ではまた後程……ああそうだ、武器はその場で交換したいのであの坂の付近に集めておいてもらえると助かります」


「了解した! ……コホン、了解しました」


 取り繕うかのように咳払いをしたボスをしり目にヴィクトールは元来た道を戻り、フォルン軍駐屯地に入り、用意したコンテナをトラックに積みエンジンを掛け丘を目指してアクセルを踏む。

 やがてトラックは丘を越え、下り坂に入るがそこで銃を持ち武装した二人のブラックマーケット構成員が立ちはだかり、トラックはその場で停車する。


「失礼、ヴィクトールさんですよね? 積み荷を拝見してもよろしいですか?」


「ええもちろん」


 ヴィクトールはトラックを降り、コンテナの扉を開けるが中に小さな扉がありその中は見えない様になっていた。


「コンテナの中に扉?」


「中に奴隷が居まして、ちょっとやんちゃが過ぎるので二重扉にしてるんですよ……中は暗いので明かりが必要かと」


「なるほどな、おい明かり持ってるか?」


「へい」


 構成員が仲間に呼びかけるともう一人がライトを手渡し、構成員は恐る恐る扉を開けると一本の腕が構成員掴み引きずり込む。


「うわっ! やめろよせ!」


「なんだ! 何が起こっ……て……」


 目の前で仲間が轢きずれられた構成員は慌てて銃を構えるも、後ろからナイフで喉を刺され声にならない声を上げながら崩れ落ち、やがてコンテナの中に引きずり込まれた構成員の声も聞こえなくなった。


「ご苦労様です、では再び気を引き締めてくださいよ」


「ええ、任せてください」


 コンテナから屈強な軍人が現れ、ヴィクトールに敬礼を見せる。


「では合図とともに作戦開始です」


 ヴィクトールは運転席に乗り込み坂を下り、武器がつまれたコンテナの前でバック駐車をしトラックから降りるとすぐさまボスが出迎えヴィクトールは深々と頭を下げた。


「遅れました、ではこちらになりますが……武器の方弾薬はどうなってますかね?」


「一応すべて込めてますよ、すぐ使うか分からなかったので」


「そうですか、ではこちら開けますね」


 コンテナの扉に手をかけ、二重になっている扉を開けるとヴィクトールの頭の横をフラッシュバンが通り抜け、地面に当たり閃光と爆音がボスとその周りの構成員の視界と平衡感覚を奪う。

 それと同時にコンテナの中にあった扉から屈強な軍人が飛び出し目の前の武器を手に取り進軍を開始し、その間ヴィクトールはボスに麻酔を撃ち込み両手両足を縛る。

 それから約一時間後、司令塔が真っ先に鹵獲されたことにより一気に混乱が広がったマーケット内をフォルン国軍が占拠し、同時に秘密の入り口側から進軍していた兵も合流したことによりブラックマーケットは事実上の壊滅となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る