第二話 Snail Von Folun -小国の建国者-

「うん……」


 ぼやける視界の中少年は目を醒まし、顔を上げると目の前にスネイルが座っており煙草に火を付けながら少年の方を見ていた。


「起きたかね?」


「…………」


 少年は辺りを見渡すと取調室のような場所に居り、状況を理解した少年は口を固く閉ざし俯くが、スネイルはため息を吐くと煙草を灰皿に押し付け少年の頭を撫でる。


「そんなに俯かれると私も困るのだがな、なにせ君と話がしたくてここに居るんだからな……少しは折れてほしい物なのだが」


「…………」


 スネイルが話しかけるも少年は何もしゃべる事は無いが腹から小さな音が鳴り、少年は少し恥ずかしそうな表情で腹を抑え、その音を聞いたスネイルは指パッチンをすると部下と思わしき人物が部屋の中に入り、スネイルが耳打ちすると部下はどこかに歩いていく。


「腹が減ってるなら言いたまえ」


「…………」


 暫く立つとスネイルの部下はクローシュを被せられた皿を運び、少年の前に置くとクローシュを持ち上げ中からあふれた香ばしい匂いが辺りに広がる。

 皿の上には五枚に切り分けられ、ミディアムレアに焼き上げられた肉とその周りにはアスパラやレモンが盛り付けられており、少年は見たことも無い料理と匂いに目を丸くしながら目の前の肉を眺めた。


「さあ食べたまえ、君も腹が減っては機嫌が良くないだろう?」


「…………」


 少年は恐る恐るナイフを手に取るとスネイル目掛けて投げるが、部下がすぐにナイフを掴みスネイルの顔の前でナイフは止まる。


「やれやれ、礼儀や作法がなっていないな……それにこのナイフでは勢いをつけて投げても人には刺さらんよ」


 丸いナイフの先端を触りながらスネイルはそう呟くと、部下の手からナイフを取り少年の前に戻す。


「ふふふ、安心したまえ……君の価値が無くなるまでは私は君を大事に扱うさ……それに毒の心配があるならこれでどうかね?」


 スネイルは部下からフォークを一本受け取り、肉の一枚を突き刺し口に運び少年に無毒である事を伝えると少年は肉を一枚指でつまみ、口に運ぶ。

 少年は初めて口にした肉を噛み締め、慣れない味に首をかしげるも腹が満たされる感覚に目を輝かせ、次々に口に運び皿の上はきれいさっぱり片付いた。


「良い食いっぷりだ、慣れぬ味だったろうが口に会ったようで何よりだ」


「…………あんたは何者なんだ?」


「私はフォルン国の建国者の一人、スネイル・フォン・フォルンだ……君の名前は?」


「……ない、俺は俺」


「そうか、まあ名前はいいだろう……君に一つ質問したいんだが、ブラックマーケットの連中の抵抗が激しく中々前進できなくてね、潜入する為に聞きたいことがあるんだが……裏口とか知らないかね?」


「…………知らない」


 少年は口元を拭った後顔を背け呟く。

 だがスネイルはそっぽを向いた少年を見るとにやけながら席を立ち、少年を置きその場を離れ少年もスネイルの部下に連れられ、小さな部屋に入れられたのち扉を閉められる。

 部屋の中には格子のある窓と小さな机と椅子、そしてベッドがあり個室となっているが壁が薄いのか隣の部屋から聞こえる為、壁は薄い様だ。


「…………」


 何もすることのない少年はベッドに横になり、目を瞑るが隣の部屋から聞えてくるうめき声を聞き目がさえてしまう。


「…………隣はなんだ?」


 子供の鳴き声のような物が壁越しにかすかに聞こえるが、先ほど少年がいた病室とは逆方向にあり、泣き声の理由は分からず声から意識を背け少年は眠りについた。




 少年が眠りについた後、スネイルは執務室に座りヴィクセンと共に酒を飲み話し込んでいる。


「ヴィクセン君、明日は仕入れだが幾つ集まったかね?」


「八つですね、男六人女二人……まあ少々少ないですがいたって健康体ですよ」


 ウイスキーに浮かんでいた氷が崩れグラスに当たり音を立て、ヴィクセンのにやけ顔が氷に反射し写り込む。


「では明日接触してくれたまえ、いつも通り……」


「ええ、ヴィクトールとしてやらせてもらいますよ」


「ふふふ、任せたぞ」


 二人は酒を飲み干し、席を立ち部屋を後にしスネイルとヴィクセンは部屋の前で別れヴィクセンは少年の横の部屋の扉を開け、中身を確認すると鍵をかけ部屋を後にした。




 翌日、少年は再び取調室のような場所に呼ばれ椅子に座らせられていた。

 前日と同じ様に前にスネイルが座っており、同じく煙草をふかしながら質問を投げかけるが少年は一向に応えようとせずに俯く。


「…………腹はへったか?」


「……減った」


 スネイルの質問に少年は素直に答えると再び飯が運ばれ、トマトと豆のスープが運ばれその横に焼き立てと思われるロールパンが添えられていた。

 少年は運ばれた料理を手に取りパンをかじり、スープを飲み干す。

 そして様子をスネイルはじっと眺め空になった食器を片付けさせると、スネイルはにやけ面で少年に声を掛けた。


「ふふふ、昨日の君なら皿の破片で攻撃して来ただろうがな……今日は良いのか?」


「……いい、飯が食えるなら」


 少年はやせ形であり、あばらが透けて見える体型をしているせいかまともな食事はあまりとったことは無いと踏んだスネイルは質問を投げつける。


「今までどんな食事を摂って来たんだ?」


「……残り物、たまに迷い込んだウサギか鳥」


「そうか、では翌日からその食事に合わせようか」


 スネイルは納得したような表情でそう言うと少年は少し焦った表情を見せ、首を横に振った。


「いい、俺はこれで」


「……では取引と行こうか、君が知っている情報一つと一食分を交換しよう……君が秘密を一つ喋るたびに一食だ」


 スネイルが真剣な表情で言うと、少年は小さくうなずく。


「では、ブラックマーケットの資金源は何処か分かるか?」


「知らない……」


「……ではブラックマーケットのボスは?」


「……分からない」


「ふむ……では何か合言葉のような物は知っているか?」


「合言葉?」


 少年は少し悩んだ表情を見せ、しばらく考えた後口を開きここに来る前に聞いた合言葉をスネイルに伝えるとスネイルは口角を上げにやける。


「そうか、小指の骨か……少年、今の質問一つで十食は保証してやろう」


「本当か!」


「ああ」


 スネイルは少年の頭をなでると即座に部下を呼びだす。


「ヴィクセン君に今の会話を伝えろ、今すぐにだ」


「了解いたしました」


 部下はすぐさま部屋の外に走っていき、スネイルは新しい煙草をくわえると少年の方を向きにやけながら声を掛ける。


「少年、明日にはブラックマーケットは壊滅する」


「…………」


「君には少し酷な話かもしれないがな、だが安心しろ……私が進める計画が成し遂げられれば、君は毎日このような飯が食える日が来るかもしれない」


 再び少年の頭をなで、スネイルは笑うと少年は不安そうな顔で見上げた。


「……俺の帰る場所は……無くなるのか?」


「帰る場所? ふむ……欲しけりゃやるさ……計画がうまく行けばな」


 スネイルは再び椅子に座る。


「いいか、フォルンは建国してまだ年数が浅い……それ故厄介な紋だがあってな、建国指導者が私含め四人の権力が拮抗しててな……私は王になりたい、その為には絶対な求心力が必要なのさ……だからブラックマーケットの首が欲しい、奴らは建国以来誰もが頭を悩ませる厄介者でしかないからな」


 煙草を灰皿に押し当て、火を消すと再び煙草を取り出し火をつけるがライターのオイルが切れたのか火はつかず、スネイルは諦めてタバコをしまう。


「ま、うまく行けば君の帰る場所ぐらいすぐに用意できるさ……だからそんな不安な顔を見せるな、君もすぐに私が導く国の国民になる」


「…………国民になれる?」


「なれるさ、私に不可能は無い」


 スネイルが笑いかけながらそう言うと、少年は控えめだが少しだけ安心した表情を見せる。


「では私はやる事があるので失礼、少年を部屋に連れて行け」


「了解しました」


 スネイルの部下は少年の手を取ると再び部屋に連れて行き、部屋に戻った少年はやる事もなく窓の外を眺めるが、昨日のようなうめき声は聞こえず不思議そうな表情を見せた。


「……空耳……だったのか?」


 少年は退屈そうにベッドに横になりながらそう呟いた。

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