番外編 Story of a certain boy -とある少年の話-

第一話 slave -奴隷-

 二千三十年、世界で同時に起きたサイバーテロにより各国の防衛システムはハッキングされ、誰も意図しない核戦争が起き人々はシェルターへの避難を余儀なくされる。

 人口は一割ほどまで減り文化や国境そして法律すら無くなった無法地帯の中、二十年の時を経て人々は地上に再び足を付け、シェルターの中の住人の多くは国を作り地上の暮らしを探していたが、それを奪うならず者が後を絶えなかった。

 二千五十三年、略奪と売買を繰り返すブラックマーケットと言う集団が幅を利かせ、巨大シェルターの住人で構成されたフォルン国の中で人身売買をしている拠点で奴隷として攫った少女が一人の子供を出産し息絶える。


「あら? こりゃ母体は死んじまったな」


「その癖生まれたのは男かよ……女に比べて安いんだよな、どうする?」


 男たちは少女の脈を測り死亡を確認した後赤子に目を向けるが、赤子は栄養が少なかったのか痩せており泣き声も小さく放っておけば死にそうな状態であるが、他の連中より地位の高そうな男は二人の男に指示を出す。


「いや、安くても金になるなら生かしておけ……世話は奴隷共にやらせておけ」


「んじゃ母乳の出る奴隷にでも預けときますわ」


 男はそう言うと赤子を抱え立ち去り、同じく出産を控えた奴隷に投げ渡し奴隷は渋々赤子に乳をのませる。

 月日は流れその赤子は育ち八歳の少年となり、ブラックマーケットの秘密の入り口である酒場のウェイターとして働き、客からチップを貰っては元締めに奪われる日々を送っていた。

 そんなある日髭面の男が入って早々カウンターに肘を置き店主に声を掛け、少年はそのやり取りを不思議そうに見る。


「よう、小指の骨いくらで買い取ってくれる?」


 髭面の男は小指を突き立て店主にそう言うと店主は呆れた表情を見せた。


「おい、ウチはただの酒場ですぜ? 買い取ってほしいならゴロツキにでも頼めばいい」


「なあ頼むよ? 後生だからさ」


「じゃあアンタは幾らで売るつもりだい?」


「相場は幾らだと思う?」


「……十万か?」


「じゃあ俺は二十万で売る」


「いいぜ、入りな」


 店主はカウンターの仕切りを開け、髭面の男はカウンター奥の階段を下りていき不思議に思った少年は店主に声を掛ける。


「今のは?」


「あ? 今のはマーケットに入る合言葉だ……というかこっち見てねぇで仕事しろ! 殴るぞ!」


「すいません」


 マーケットという言葉にピンとこない少年は店主が大声を上げた事に委縮し、すぐに謝り持ち場に戻るとまた別の男が慌てた表情で酒場に現れ店主に声を掛けた。


「おい! やばいぞ! フォルンの国軍って名乗ってる奴らがすぐそこまで来て! 武装してんだ!」


「おいおい⁉ フォルンって大国じゃねぇか! お前ら逃げろ!」


 店主の声を聞いた客は一斉に逃げ出し、取り残された少年含めた他奴隷と店主はマーケットに繋がる階段の中に入って行くと岩に挟まれた細い道に辿り着き、さらに奥に進むとそこには多数のテントが張られた市場のような場所が見える。

 少年と他奴隷は皆谷間の入り口にて待機されるように言われ、その場に立ち待っていると遠くから銃声と爆発音が聞こえ少年は耳を澄まし何が起こっているかを想像するが、すぐに店主に肩を叩かれ振り返った。


「よしお前ら、こいつを着て外に居る見た事無い連中に突っ込んでその紐を引け! その間俺らは撤収する!」


 店主は分厚いベストを手渡し、指示を出し少年と他奴隷はその指示に頷く。


「分かりました」


 少年と他奴隷は今来た道を戻っていき、酒場から外に出ると武装した大人がブラックマーケットの構成員と戦闘を繰り広げており、それを見た少年と他の奴隷達はそれぞれの方向に向かい敵兵目掛け突っ込む。

 フォルン国軍は最初奴隷達を保護する為、近づく奴隷達を撃たずに応戦していたが奴隷達はフォルン国軍兵士に近づくと迷うことなく紐を引き、奴隷が着ていたベストは爆発しフォルン国軍兵士は自爆特攻に巻き込まれ体が吹き飛ぶ。

 爆発の瞬間微かに聞こえた奴隷の叫び声が反響し他の奴隷達は顔つきが険しくなるが、近くに居た兵士の銃声に掻き消され少年の耳にはその声が届かず戦場を走り抜ける。


「爆発⁉ ベストを着てる奴には気を付けろ! 爆発するぞ!」


 大声でフォルン国軍兵士は指示を送るが、次々と辺りから爆発が聞こえその音を聞いたブラックマーケットの構成員は起死回生のチャンスと踏み一気に攻め上がり、自爆特攻を見た少年も他と同じく兵に近づき紐を引くが、爆発することは無かった。


「な……」


「……不発弾か、とりあえずこっちにこい!」


「やめろ! 離せ!」


 何が起こったのか分からない少年は兵士に手を掴まれ、咄嗟に落ちていたガラスの破片で兵士の腕を刺し、その場を離れる。


「はぁ……はぁ……なんで爆発しないんだ……」


 少年は重たいだけのベストを脱ぎ捨て、ブラックマーケットの構成員の死体から銃を拾い応戦するが、遠くから近づく大きな音に気づき何事かと顔を覗かせるとキャタピラが付いてはいるものの、戦車と違い上に砲塔は無く総舵手と兵士が上に乗っている兵器であった。


「逃げなきゃ……」


 少年は先ほど捨てたベストを兵器の軌道上に置きその場から離れ、兵器のキャタピラはベストを踏み動かなくなるが、その上に居た兵士が少年に気づきロケットランチャーを放つ。

 背を向けて走っていた少年はそれに気づくことなく弾頭は少年の肩を通り過ぎ真正面にある建物にぶつかり、爆風を受けた少年は後ろに吹き飛び頭を強く打ったのか朦朧とする意識の中フォルン国軍兵士に抱き上げられる。




「……ここは?」


 少年は目を醒まし、気が付くと見知らぬベッドの上に居り真っ白なカーテンに仕切られた向こう側からはいくつものうめき声が聞こえていた。


「お目覚めかな?」


「誰だ?」


 突如カーテンが開き白衣を着た医者のような人が少年の安否を確認しに来るが、少年は警戒した様子で睨みつけると医者のような人は無抵抗を示す為か両手を上げる。


「どうどう、僕はなんもしないよ……スネイル様! この子が唯一の生き残りです!」


 医者のような人はそう言うと、後ろから高そうな服を身に着けた男性が現れ少年を見下ろしニヤリと笑った。


「そうか、この子がか……初めまして」


「お前は誰だ?」


「ブラックマーケットの構成員なら知っていると思うがな、分からないか?」


「知らない、俺はブラックマーケットって言うのもあまり……」


「……なるほど、ヴィクセン君少しこの子を借りてもいいかい?」


「大丈夫ですよ」


 ヴィクセンがそう言うとスネイルと呼ばれた男は指を鳴らし、奥からフォルン国軍兵士と思われる人が現れ少年の肩を掴み、少年は抵抗する。


「どこに連れて行く気だ! やめろ!」


「……手間がかかるな」


 スネイルは懐に手を入れ銃を取り出すと少年の後頭部を殴り、少年は再び意識が遠のきぼやける視界の中スネイルは少年に耳打ちをした。


「安心せい、お前は助かる」


 意識が途切れた少年を兵士は抱えあげ、連れ去っていきスネイルはため息を吐きヴィクセンに声を掛ける。


「それにしても人間爆弾とは、ブラックマーケットも容赦のない事をする」


「ええ本当に、彼だけがほぼ無傷で……」


「それ以外は形が無いか、あっても半分は消し炭か……」


 あたりから聞こえる唸り声にうんざりするスネイルは近くのカーテンを開けると両手両足が無く、腹から頬にかけて痛々しい火傷を後が残っている死体同然の子供の様を見て静かにカーテンを戻す。


「さて、あの少年が何か知っていればいいのだが」


「そうですね、でもお手柔らかにお願いしますよ? 口が利けるのは彼だけかもしれませんので」


「そうだな、君は引き続き希望のある子を探してくれ」


「了解いたしました」


 スネイルはそう言うとその場を後にした。

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