第二十六.五 impossible dream -叶えたかった未来‐

 戦争終結から一年後、ハジメ達クローンは肉体年齢を測られ皆は高校二年生として学生生活を送っている。

 そして夏休みに突入したクローン達は平和な世界の中思い思いに過ごしており、フォルンの大通りにある公園の噴水の前に立つ一人の人影があった。


「おーっす! ハチ!」


「あ! やっほーピーチャ!」


「わりぃコンビニ寄ってたら遅れた」

 公園にある小さな噴水の前で待っていたハチは遠くからやってくるサンとピーチャに手を振り、三人は集合するとそのまま通りに向かって歩き出す。

 皆それぞれ余所行きの服を着ており、サンはスキニージーンズにグレーのパーカーを身に着けておりピーチャはタンクトップにホットパンツという涼し気な服装で歩き、ハチはオーバーオールに半袖を着てカラオケ店へと歩いていく道中、サンが口を開く。


「なぁ、そういえばお前ら夏休みの宿題終わらせた?」


「いや? まだ開いて無いね!」


「だよな!」


 サンの問いかけにピーチャは満面の笑みで答えるが、それを聞いたハチは苦笑いを浮かべる。


「二人ともコツコツやらないと終わらないよ?」


「大丈夫、アタシはナナに宿題教えてもらうもんね!」


「あ! お前ずるいぞ!」


 ピーチャの一言にサンは突っ込みを入れるがピーチャは勝ち誇ったように笑い、それを見ていたハチもつられて笑ってしまう。


「そうだ二人とも! 今度アタシの家で宿題やらない?」


「ハチの家で?」


「そう! 三人でさ」


「この近く?」


「うん、最近建った所だから比較的新し目なんだ」


 ハチは大通りの近くにある団地を指さし、古びた建物の中でひときわ目立つ真っ白な外壁のマンションを指さす。

 戦争が終わりクローン達は皆政府から与えられた集合住宅を利用しており、学生の内は家賃学費共に免除となっており、国からの給付金が三か月に一度配給されその金でほとんどが一人暮らしをして過ごしている。

 それはハチやピーチャ、サンも例外なく住んでいるが建物は政府が押さえた建物から順に決まっていき、後半に選出されたハチなどは新築に近い建物を与えられていた。


「いいなぁ、アタシとサンは学校近いんだけどどっちも古くて狭いんだよね」


「そうそう、結構な頻度でブレーカー落ちるんだよな」


「二人とも学校近いのいいなぁ、アタシ二人と同じ学校に通ってるのに一駅跨ぐからバイトして交通費稼がないといけないもん」


「ハチはなんかバイトしてるの?」


「うん、本屋さんでバイトしてる」


「本屋? 本読むのかハチ」


「うん、漫画ぐらいだけどね」


 三人は他愛のない会話をしながらカラオケ屋に入ると携帯が震え、ピーチャは通知を確認すると大きな声を上げる。


「ええ! 二人とも来月アンダーさんのレストランがオープンするんだって!」


「本当か!」


「うん! しかもオープンセレモニーにアタシ達招待するって!」


「皆来るのかな? ノインも」


「皆誘ったって! よし! 今日は記念もかねていっぱい歌うよ! ハチ! サン!」


『うん!』


 三人は会計を済ましカラオケボックスへと入って行き、マイク片手に大声を上げた。




 時を同じくして、ファミレスの窓辺の席にセイとカトルが対面して座りサンはメロンソーダを飲み、カトルはカフェオレを嗜んでいた。


「……で、僕を呼び出した理由は?」


「いやぁ、何というか……宿題見せてくんね?」


「……そんな事だろうとは思ってたよ」


「頼む、奢るからさ」


 ため息を吐くカトルの前で両手を合わせ懇願するセイだが、不服そうなカトルは反論をする。


「お前僕より頭いいだろ? 点数だって僕より高い、なら宿題位すぐ終わるだろ?」


「考えるのが面倒くさいんだよ、多分解こうと思えば簡単に解けるけどさ……後バイトに専念したいし!」


「嫌味か?」


「そんなことは無いって」


 セイは笑いながらそう言うが、カトルは怪訝そうな表情をしていると奥からナナとノイン、そしてセツコが偶然二人を見つけ声を掛けた。


「もしかしてカトルとセイか?」


「あれ? ノイン?」


 突如声を掛けられたセイは驚き、後から来た三人に手を振る。


「こんな所で偶然会うなんてな」


「そうですね、私達は宿題を終わらせるために集まってたんですが……そろそろ煮詰まって来た所なので休憩に……」


 ワンピースに身を包んだセツコがそう言うとカトルは何かを思いつき、悪い顔をしながら隣の席を叩き三人に声を掛けた。


「取り敢えず座ったらどうだ? この席はセイの奢りだそうだ」


「おいちょっと待て!」


「そうか、じゃあ遠慮なく」


 セイは慌てたような表情を見せるが、それを見たノインは一言伝えカトルの横に座るとナナもセイの横に座り、その横にセツコも座り込む。


「お邪魔しますね」


「おいナナ! 何ちょっと笑いながら座ってるんだよ!」


「メニュー見せてくれ、カトル」


「ああ、はい」


「ねぇねぇカトル君? 宿題見せてって言ったの怒ってる? ねぇ⁉」


 セイが机の上に身を乗り出しながらカトルに訴えるがカトルは気にしない表情でメニュー表をノインに渡し、そんなセイを見てナナは口元を抑えながら笑っていた。


「あの、私も出しますから安心してくださいセイさん」


「ああうん……いや、ここまで来たらもう俺の奢りだお前ら! ありがたく食いやがれ!」


「じゃあ俺はステーキを……」


「ノインお前一番高いの容赦なく頼むじゃん……」


「じゃあ僕も」


「カトル君⁉」


 メニュー表の金額を見て注文を決める二人に突っ込みを入れながら五人は積もる話をしながら昼のひと時を過ごし、会計後にセイの財布にからっ風が吹く。




 同刻、フォルン公国内でも特に学力の高い高校に通っていたハジメは夏期講習を受けており、昼休憩に入ると教室から姿を消し空き部屋へと移動し机の上に手製の弁当を広げると部屋の扉が開き、ティオが弁当を持って現れ目の前に机を引っ張り同じく手製の弁当を広げる。


「やっほ、優等生君」


「……お前は部活の休憩中か」


 ユニフォームを着たティオは首に巻いたタオルで額を拭い、手を合わせ弁当を食べ始めるのを見たハジメはカバンからお茶の缶を取り出しティオの机に置く。


「差し入れかい?」


「そんなもんだ」


「さんきゅ」


 ティオはお茶を受け取り開け、ハジメは静かに昼食を取り始めた。

 二人はその後特に喋ることなく昼食を終え、ハジメはカバンから本を取り出し読み始めるとティオは声を掛ける。


「ねぇ、目元の傷はまだ消えないのかい?」


「あ? ……まぁ、そうだな……深くは無いが弾丸が通ったからな、ギリギリ目は無事だったがクラスの奴にゃたまに怖がられるよ」


「あは、君が一生懸命優等生の面を被ってもその傷で色々察されるんだ」


 手に顎を乗せティオは笑うとハジメは本を閉じため息を吐く。


「……お前に過去をいくら指摘されようと今更何にも思わないが、お前は昔に比べて変わったよな……今じゃバスケ部のエースやってるなんてあの頃のお前に見せてやりたいよ」


「……まぁ僕が始めたいって言った訳じゃないけどね、人手不足だったらしいし」


「その割にゃポンポン遠くからシュート決めてるみたいじゃねぇか」


「忘れたのかい? 元スナイパーの僕があの距離の的を外すなんてらしくない事する訳ないだろ?」


 ライフルを構える仕草をするティオだが、そんなティオを見たハジメは口元をにやけさせ机の上に本を置き剣を抜く仕草をする。


「ここに剣道部でもあれば俺も強みを生かせたかもな」


「あはは、でも君の口の悪さじゃすぐに失格になりそうだね」


「それもそうだな」


 二人は昔を思い出しあれこれと語っているとハジメの携帯が震え、通知を確認するとハジメは携帯を机に置きにやけ面で口を開く。


「どうやら来月アンダーさんがレストラン開店するらしいんだが、結城さんからお誘いだ……どうす

る?」


「行かないって選択肢は僕らにないよ、僕らが生きてるのはあの人たちのお陰でもあるしね……ねぇ、恩

は帰せたかい?」


「世界が平和になった程度で返せる恩かよ……多分、死ぬまで返せねぇな」


 ハジメは窓の外を見て工業地区付近にあった壁が解体されゆく様を見て物憂げな表情を見せる。


「あの壁の向こうにあった事実と狂気知ってなお人は僕達クローンを受け入れた……こういうのもなんだけどさ、不思議だよね……」


「……そうでもないさ、あの人たちがその事実を真っすぐ伝えたからこそ皆理解できたんだろうよ、俺たちが可哀そうなだけの兵器いきものじゃないってさ」


 ハジメは弁当を仕舞いながらそう言うとティオも同じく弁当を仕舞い机を片付け、二人とも部屋を出て廊下で別れる際ハジメは声を掛けた。


「……頑張れよ、じゃあな」


「君もね、じゃあ」


 互いに背を向けそれぞれの道を歩いていき、二人が去った数分後チャイムの鐘が鳴り響く。





「海斗さん、これ先方から」


「ああ分かった、目を通しておくからそこに置いておいてくれ」


「了解しました」


 Fギアーズの社長室で海斗は忙しそうに資料と睨めっこを繰り返し、結城はその横で抱えていた資料を机の開いているスペースに置く。

 大量の資料に囲まれながら海斗は目の下に隈を作り目が回るような仕事をこなしているのをみた結城はコーヒーを淹れ海斗に手渡す。


「海斗さん、少し休憩した方が……」


「ん? ああそうだな……とりあえずこれだけでも終わらせないと……企業の切り離ししないと従業員が生活に困るし、その責任がクローンに行っては目も当てられないからな」


 Fギアーズは戦後に吸収していた他国を全て切り離し、傘下に置いていた外国企業は全てFギアーズの呪縛から逃れる事となったが、問題は国内の企業であった。

 軍需産業を失ったことにより規模を大幅に縮小したFギアーズであったが、元々傘下として動いていた企業はFギアーズに依存する形のまま十年近く居た事もあり、企業として自立できる体制になく資料やログのデータ等もFギアーズのデータバンクに残っている為、その全てを返却しなければ一企業として再スタートを切る事は困難な状態である。

 また、人員もFギアーズ内で動かしていた事もあり従業員不足も懸念されており、海斗はその全ての企業の現状に目を通し人員の再配置を検討するための資料を作成している為、大量の資料を机の上に広げる事となっていた。


「失礼しやす、新しい治験薬のデータが確定したらしいからゴーサインが欲しいらしいんですけど……おっと、日を改めた方がよさそうな感じかな?」


「あ、イバンさん」


 赤髪が特徴的なイバン・ラークが入室しその手には紙の束が抱えられていたが、イバンは何かを察したようでその紙束を後ろに隠す。


「資料はそこに置いておいてくれ、あと薬品開発部には十日以内には目を通す予定だと伝えておいてくれ」


「了解しやした、じゃあ俺はこれにて」


 軽く会釈してイバンはドアを閉めるが、白衣がドアに挟まりもう一度開けて白衣を引き抜きドアを閉める。

 刑務所から救い出されたイバンはその観察眼を買われ営業職に就いていたが、白衣が本人のトレードマークなのか未だに着ていたが、ひげと髪型だけはしっかりと整えられていた。


「結城、コーヒー頂くよ」


「あ、はい……じゃあ俺は次の会議の資料作ってきますね!」


「ああ、よろしく頼む……ん?」


 海斗の胸ポケットで急にスマホが震えだし、手に取るとアンダーの声がスピーカー越しに聞こえてくる。


「よう海斗!」


「アンダーか?」


「ああ、そろそろお前が無茶しだす頃だって小夜の嬢ちゃんが言っててな、店の改装は終わったから昼飯食いに来ねぇか?」


「小夜がか……鋭いな……」


「と言う事は当たったんだな?」


「ああ、大正解だ」


 アンダーは笑い声をあげると電話を小夜に変わり、電話越しに小夜の声が聞こえる。


「海斗様? あまり無理はなされない様に」


「……こうも見通されてるとはな、そっちの準備はどうだい?」


「キッチンやイスやテーブル、ガスや電気も通りました……後はメニュー表やチラシ、人員ですね……私もコックとして腕を振るいますので是非来てください」


「そうか、ならよかった……じゃあ俺と結城……あとイバンさんも連れてそっちに向かうよ、昼飯もまだだったし丁度いいからな」


「了解いたしました、アンダーさんにお伝えしておきます」


「ああ、頼むよ」


 海斗は通話を終えると結城に声を掛け、イバンを呼ぶように伝えると結城はすぐに部屋を後にしイバンを呼びに行き、一人になった部屋の中海斗は椅子にもたれ掛かり疲れた表情を見せた。


「ふぅ……やっぱり、俺はまだ一人前じゃ無いみたいだな……今よりも規模のデカかったFギアーズを一人で回していた親父は、許せはしないがこれに関しては素直に尊敬できるよ……」


 目の前に積まれている紙の束を見ながら鼻で笑い、結城から貰ったコーヒーを飲み干した海斗はスマホのホーム画面を見る。

 ホーム画面には最初結城が記録用に取っていた写真の中で全員が写った写真が設定されており、それを見た海斗は口角を上げ胸ポケットにしまう。


「さて、午後からもうひと頑張りだ! その為にはまずは腹ごしらえだな」


 イスから立ち上がり車のカギを手にとり海斗は部屋を後にした。




「あれ……今は何時でしょう……」


 セツコは轟音の中目を覚まし、未だ光りの刺さない視界の中一人ベッドの上で近くで聞こえる銃声と爆発音に耳を澄ませ、周りで何が起こっているか状況を把握する。


「この音は……まさか……」


 セツコは一人不安を感じながらベッドから降りようとするが、全身の痛みに呻き動くことが出来ずにうずくまってしまう。


「はぁ……はぁ……」


 それでもと手を伸ばし、ベッドの手すりを掴み力を込め少しずつ確実にベッドの外へと動き出す。


「…………さっきまで見て居た夢を現実にするために……私は……」


 先程まで見て居た全てが心地よく、平和な世界を思い出し腕を伸ばしあと一歩でベッドから出られる状態になり、セツコは力を籠めるが突如頭を鈍い衝撃が襲い意識が朦朧とする。

 何事かと思い頭を触ると生暖かい感覚が手に伝わり、セツコは自分の身に何が起きたかを確信し力なく手を伸ばし、ベッドの上で最期の言葉をつぶやいた。


「私は助からない……けど……皆は……未来を生きて……お願い…………」


 最期の言葉を言い終えると同時に瓦礫はさらに降り注ぎ、セツコは目を瞑り思いを馳せる。

 先程まで見て居た夢は、あり得たかもしれない世界線の話かもしれないと。

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