第十話 CEO -独裁の代表取締役-

 結城が眠りについた少し後、Fギアーズの社長室ではCEOの安部雅人(あべまさと)がコーヒーを啜りながらノートパソコンの画面を眺めていた。

 画面には売上や資産などのグラフが並んでおり、今月のグラフは先月のグラフよりも二割増しで伸びており、安部雅人はグラフを見ながらニマニマしていると、誰かが部屋のドアを叩く。


「失礼します」


「入れ」


 灰色のスーツを着た秘書と思われる壮年の男性が一礼し、社長室に入って来る。


「こんな夜に何かね?」


「はっ! 実は西部海岸にある軍港が何者かに襲われまして……」


「ほう? 連合国の連中かね?」


「いえ、今のところ何とも」


「ふむ……」


 コーヒーを飲み干し、コースターに置く。

 普通軍港が襲われることなど一企業にはあまり関係のない話の様に聞こえるが、Fギアーズは違う。

 なぜならこの国のブランドは実質Fギアーズしかないのだ。

 揺りかごから墓場までと言う言葉があるが、その言葉の通り軍の装備から食品衣料品や車、飛行機、洗濯機など全てを作っているといっても過言でない。

 そしてその商品の運送も自社で担っている。

 それほどまでに巨大な企業Fギアーズは、軍港のセキュリティや兵器と兵士なども供給している他、実質的な軍の指揮も行っているため軍港の襲撃はFギアーズにも関係のある話なのだ。


「監視カメラの解析はどれぐらいで終わる?」


「それが……監視カメラが正常に作動していなかったらしく、映像が残っていないと……」


「あはぁ……セキュリティの責任者誰だったかな?」


 ため息交じりの笑いを見せながらノートパソコンで職員の一覧表を開く。

 フォルダを開き西部海岸の軍港担当職員で検索をかけ、セキュリティ責任者を見つけ出した安部雅人は眼鏡をかけ直し、秘書を見る。


「あとは私がやっておく、下がれ」


「はっ!」


 深々と一礼し、秘書は部屋を後にしていく。

 再び一人になった部屋で雅人はスマホを取り出し、誰かに電話をかけ始めた。


「もしもし?」


 電話の向こう側から少し疲れた挨拶が聞こえてくる。


「夜分遅くにすいませんなぁ、公王殿」


 安部雅人の通話相手はどうやらフォルン公国の公王であるドイル・フォン・フォルンのようだ。

 普通の人間なら公王庁舎を通すのだが、雅人はそんなものを通さず会話を始める。


「いえいえ、私のことなどお気になさらず! 安部社長」


 先程の疲れた声から一転、部下が上司に胡麻を擦るような声で対応を始める。


「またいつもの頼み事だがいいかね?」


「ああ、いつものですね」


「ああ、イバン・ラークを適当な罪で死刑にしてくれ」


 画面に映るセキュリティ責任者。

 その男を無実の罪で死刑にしろと公王にお伺いを立てるという、常人では考えられない発想を聞かされた公王は少し戸惑った声色で返答した。


「えっと……死刑ですか?」


 流石に無実なのに死刑はまずいと思ったのか、ドイルは聞こえなかったかのように聞き返す。


「死刑だ死刑、君も軍港が襲われたことを知っているだろう?」


「ええ、存じてはいますが……」


「セキュリティが正常に働いていなかったから起きた襲撃だ、なら職務怠慢を犯したこいつをさっさと入れ替えなければな」


 人を人とも思わないその発言に、マイクから離れた位置でため息が聞こえる。


「今ため息ついたか?」


「いえ、滅相もない」


「そうか、まぁよろしく頼んだよ……ああそうだ、後いずれだが軍を貸してほしい」


「またですか?」


「何でも良いだろう、大体三千程貸してくれれば問題ない」


 次はマイクから離れていないため息がスピーカーから聞こえる。


「わかりました、陸軍省には認可を出すよう言っておきます」


「ご苦労、では良い夢を」


 通話ボタンを押し、スマホをしまう。

 静かな社長室の中、急に雅人は含み笑いを始めた。


「連合国の連中にしては随分地味なところを攻める……今の戦争の主流はアーマー技術であって戦艦じゃない……それにまるで監視カメラの詳細を知っているとしか思えん行動……と言う事は……」


 爆発寸前の含み笑いをしながらノートパソコンを閉じる。


「ついに現れたかレジスタンス! 私は貴様らを待ちわびていたぞ! 貴様らを完膚なきまですり潰し私の偉業を歴史書に載せてやろう!」


 急に立ち上がり、大声で笑いだす。

 今の衝撃で落ちたコーヒーカップは床に衝突し砕けるが、彼にはそんなことは関係ないようだ。


「さぁ、まずは主導者を炙り出そう! これから楽しくなるぞぉ!」


 満月を背景に狂った笑いを浮かべる雅人。

 どうやら戦いは激化の一途を辿りそうだ……。





 翌日、アジトに日が差し始める朝六時に結城は起床し、洗面所で顔を洗う。

 その後朝食を取り、八時から訓練が始まるがその少し前にセイが近づいてきた。


「おはよう、昨日の覚えてますかい?」


「うん、覚えてるよ」


「じゃあちょっと来てくれ」


 普段と何ら調子が変わらなさそうなセイに連れられ、たどり着いたのはセイの部屋だった。

 扉を開け中に入ると、部屋の窓辺に木でつくられた十字架があった。


「じゃあ本題に入りますかね、実はカトルの事で困りごとがあってね?」


「カトルに?」


「まぁルームメイトだからね、色々あるんよ」


 今のところ最初の訓練のチームメンバー同士をメインに男女で分けて相部屋にしており、セイとカトルは同じ部屋で寝食を共にしている。

 そのためセイはカトルと一緒の部屋であるが、セイはともかくカトルはルームメイトに迷惑をかけるとはあまり思えない。


「実はカトルな、ずっと夜うなされてるんだよ……神様~神様~って毎晩毎晩」


「神様?」


 神と言えば一般的に宗教を信仰している人などが口にする言葉だが、クローン兵士として生み出され隔離された場所にいたカトルが神様信仰をしているとは思えなかった。


「そうそう、あの木の十字架だって自分で作ってたんだぜ?」


 窓辺に置かれ、日差しに照らされている小さな木製の十字架。

 手に持ってみると削り出しで作られたのだろうか、少し毛羽立っており手作り感がある。


「そこまでして信仰してるんだね……でもあの空間でどうやって神を信仰するに至ったんだろう?」


「さぁね、一応教育で神様についちゃなんとなーく聞いたけど、信仰するに至るような内容じゃないと思うぜ」


「じゃあ職員の誰かが教えたとか?」


 クローン兵士の教育は、外界の娯楽などは決して教えずに国と戦いの事しか教えない決まりになっている。

 だが教えてる職員は人間であり、時たまそういうことを教えてしまう人も居るらしい。

 その中で神という存在を知ったなら、信仰していてもおかしくはない。


「そこまでなると俺には分からんね、俺とカトルは別のチームだったろうし」


「うーん……本人に聞いてみないと分からないなぁ」


「まぁ聞いても答えてくれないとは思うけどなぁ」


「そうなの?」


「あいつ、自分の事あんまり話したがらないんだよ……だからこの事も聞けないでいたんだよ」


 セイはやれやれと言わんばかりにため息を吐く。

 しかし同室の人間が夜にうなされているとなれば気になるのは仕方がないが、セイに聞いても解決には至らなさそうだ。

 それに直接本人に聞くのもこじれる原因になりそうである。

 暫く二人で悩んでいると、部屋の扉を誰かが開けた。


「……セイ? お前何やってる? 結城さんも」


「カトル……」


 カトル本人がまさかの部屋に様子を見に来たようだ。

 カトルは結城が手に持っている十字架を目にし、結城の手からすぐに取り上げる。


「十字架を持ってたらダメですか?」


 こちらを睨みつけながら、大事そうに十字架を強く握りしめている。


「いや、そんなことはないよ」


「……なら良かったです」


 ホッとしたのか、先ほどまでの冷たい視線ではなくなった。

 ただカトルがこれほどまでに感情的になるのは確かに何か訳がありそうだ。


「よかったら教えてくれないかな、君は誰から神の存在を教えてもらったのか」


「……少し長くなりますけど、それでもいいなら」


「構わないよ、アンダーさんには言っておくから」


 木彫りの十字架を窓辺に置き、静かに話し出す。


「僕が神を知ったのは、価値無しと言われる少し前だった」

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