第五.五話 night talk -静かな談話と女子会-
結城と海斗、そしてアンダーが酒盛りをしていたのと同じ時に、価値無し達は与えられた個室で和気あいあいと話をしていた。
二人一組で約六畳の個室は廊下に並ぶように五つあり、角部屋である部屋の中でノインとサンがベッドメイクをし、一段落したのか二人は椅子に座り水を飲んでいる。
「いやー、こんなに広い部屋を貰えるなんて良かったな!」
「……あそこはカプセルの様な部屋しかなかったし、それに薄暗かった……この場所は違う、安心できるいい場所だ」
かつて価値無し達が居た寮はいわばカプセルホテルの様な作りをしており、中には布団一枚が入るスペースしかなく、明かりは小さな電球一つでドアやカーテンなどの仕切りは無かった。
それと比べるとこの部屋はかなり広く感じるのは無理もない。
「さて、明日も訓練等があるだろう……俺はもう寝る」
「え~、ノインもう寝るのかよ~」
「……普通そろそろ寝るだろう……もう日も沈んでる」
「夜更かししようぜ~、せっかくパズルとか色々あるんだし」
海斗が気を利かせてか、パズルや本などの娯楽を幾つか持ち込み個室に置いていた。
その中に有る谷の間から朝日が昇る風景画のパズルをサンが選び取り出すが、表紙の端の方に千ピースと書かれており、ノインは頭を抱えた。
「それを作るとなると、出来上がった頃には朝日を拝めそうだな……その絵と同じく」
「それいいじゃん! なぁ早く作ろうぜ!」
「断る、俺は寝る……やるなら一人で作ってくれ」
「いいじゃん、せっかくだから二人で作ろうぜ? な?」
サンはねだる様にノインにパズルを見せ続け、数分のやり取りの後ノインは仕方ないと言いたげにため息を吐き、机にパズルのピースを広げた。
「三十分だけ手伝ってやる、だが三十分経ったら寝るんだぞ」
「え~、いっぺんに作っちまおうぜ?」
「……パズルはコツコツと進めていくからこそ面白い……物だと思うんだがな」
ノインは角のピースを一つ手に取り、机の角に置く。
サンもそれに続き、ピースを一つ手に取りノインが置いたピースの横に置くが、サンが選んだピースは外周のピースではなく内側のピースであり、ノインが選んだピースとかみ合わない。
「パズルは端から作るものだ、じゃないと難しい」
「へぇー、そうなんだ! 俺パズル初めてだから分からなかった!」
「……お前はあの無地のパズルをやらなかったのか?」
「多分やってない! その前に処理部屋行きになったから……」
「…………」
サンが何故処理部屋行きになったのか、ノインは薄々気づいてはいた。
だが決してサンが弱いわけではなく、素体が悪かったのか運が悪かったのか、はたまた環境が悪かったのか今このレジスタンス内ではノイン一人では敵わなかったドローンを見事に無傷で撃ち落としたのだ。
その事を評価しているノインは、パズルの端を作りながらサンに話しかける。
「お互い生き延びたんだ、時間はある筈……だから分からない事はこれから学んでいけばいい……俺もお前も」
「そうだよな! へへ、分かってるじゃねぇか!」
照れくさそうに笑うサンは、静かにピースを指でつまみ端に置く。
するとうまくかみ合い、隅のピースがまた一つ繋がった。
「その調子だ、サン」
「へへ、どーよ!」
いつか机を埋めるであろうパズルを想像し、二人はあれこれと喋りながら自由時間を過ごしていった。
その隣の部屋ではカトルとセイがそれぞれ自分のベッドの上でお互いに好きなように過ごしていた。
カトルは神話をなぞった小説を読み、セイはルービックキューブを黙々と回していた。
暫く静かに過ごしていた二人であったが、セイがルービックキューブを二面揃えた辺りでカトルに声を掛けた。
「なぁカトル、その本面白いか?」
「……」
「カトル~?」
「……」
「カ~ト~ル~く~ん~?」
「……」
話しかけるもカトルはセイの方を一切見ることなく、本に集中している。
だがセイも諦める事なく声を掛けた。
「無視すんなよぉ、おーい?」
「……人が静かに本を読んでいる所に何の用だ?」
「その本おもろい? おもろいなら俺も読んでみたいなぁって」
「……面白い……とは別だな、面白さを求めて読むというよりは未知を求めて読んでいる」
カトルは小さな木彫りの小さな十字架を弄りながら再び本に視線を落とす。
「ん? その十字架って何処から持って来たんだ?」
セイは見覚えのない十字架に興味を示し、顔を近づける。
「……これは処理部屋に連れて行かれる時にこっそり忍ばせて持ってきた、僕の信じる唯一の拠り所さ」
カトルは大事そうに十字架を握り締め、セイの顔の前に持っていく。
よく見ると丁寧に削り出された物と言うよりは、素人が削り出したかのような荒々しい表面をしており、完成度は低い。
だがカトルがこれほど大事にしているのであれば、セイは十字架の出来はあまり関係ないように思った。
「ふぅん……カトル君も意外にオカルトチックな所があるんねぇ……まぁ大事な物ならしっかり握りしめときな、生きてりゃ何があるか分からないからな」
「……これがいつか手放さないといけない日が来ないよう、祈っておこう」
カトルは目を瞑り十字架を切る仕草をする。
「それがお祈りの合図ってとこかい?」
「そんな感じだ」
「なーるほどね……いやぁ、呼び止めて悪かったな! ささ、続きを読んでくれ」
悪びれない顔で謝るセイは、ルービックキューブを片手に自分のベッドに戻ろうとするが、カトルが手を伸ばしセイの持っていたルービックキューブを奪い取る。
「悪いが誰かさんのお陰で集中力が切れた、代わりにこれを借りるよ」
「……ほう? 興味湧いちゃった感じか? なら手取り足取り俺が教えてやるよ」
「別に教わらなくても仕組みは分かる」
ルービックキューブをカチャカチャと回し始めるカトル。
おかげで手持ち無沙汰になったセイは先ほどカトルが読んでいた本を手に取り表紙を開く。
すると最初に神についての何たるか等が書かれており、ベッドに腰かけパラパラと読み進めていく。
「……神話ねぇ……この世に神も仏もありゃしないと思うけど……ま、カトル君の信じるものだし、娯楽程度にゃ面白いかもな」
セイとカトルの部屋は再び静寂に包まれる。
あるのはルービックキューブの動く音と、本のページが捲れる音。
ただ、それだけになった。
そのさらに隣の部屋では、ハジメとティオが布団を敷き終わりもう就寝の準備を始めていた。
そしていざハジメが電気を消そうとすると、ティオが声を掛けてくる。
「ねぇねぇ、ちょっとお願いがあるんだけどさ……小さくていいから電球つけて寝て良いかい?」
「……明るいと寝づらくないかい?」
ベッドに横たわったままのティオは少し悲しそうな顔を一瞬見せたが、すぐにいつもの気怠そうな顔に戻った。
「暗いの嫌なんだ、どこから誰が来るか分からない……不安でいっぱいだ」
いつものおちゃらけた雰囲気ではなく、どこか弱弱しい表情で訴えるティオにハジメは目もくれず明かりを小さくする。
「君がどんな不安を持っているか分からないけど、同室である僕が寝る以上明かりはこれ位にさせて貰うけど、いいかい?」
「……これ位ならいいよ」
小さなハロゲンの豆電球で照らされた約六畳の部屋の中、ハジメもティオも布団の中に入り物憂げに天井を見ながらしばらく静かな時間が流れたが、突然ハジメがティオに質問をし始めた。
「一つ聞きたいんだけどさ、君って元何番の製造ロットなの?」
クローンはアルファベットの次に三桁の番号が付くロット番号で呼ばれており、それは正式に個体として完成し、配属された時に与えられる名前の様な物である。
クローンであったなら、当然持っている番号であり隠すことにあまり意味は無い。
「……さあね、僕はすぐ慰安所送りになったから覚えてない……」
「……男なのにかい?」
「うん、なんだかそういうのも在るみたい……」
布団を顔まで掛け、ティオは壁の方を向きながら会話をしているが、声は僅かに震えていた。
「さぞ、苦しかっただろうね」
「苦しいと言うよりは、気持ち悪かった……こんな事をするために生まれて来た訳じゃないって分かってるから尚更」
「…………」
ハジメにはかける言葉が見つからなかった。
ティオはそんな悩みを抱えているようには思っていなかったが故、要らぬ事を聞いた罪悪感でそれ以上何も言えなかった。
「なーんてね……で、なんで急に番号なんて聞いてきたの?」
「え? ……まぁ興味というか何というか……」
「君がそんな下らない理由で聞いてくるなんて思えないけど」
ハジメは急にいつもの調子になったティオを見ると、顔まで布団を被っているのは先ほどと変わらないがこちらを見ており、またいつもの様な気怠そうな顔をしている。
「……僕と同じ番台に君みたいな赤い髪をした嫌な奴が居たから……もしかすると君がそいつなのかと思って」
「ふぅん……嫌な奴ねぇ……」
「そう、嫌な奴……僕もあいつも同じ兵器の筈なのに、戦う事に全力じゃないあいつが僕は嫌いだ」
少し感情の籠ったハジメの声を聞いたティオは薄ら笑いを浮かべた。
「君は真面目だね、身近に起きる気に食わない事にいちいち目くじらを立てて怒る性格だ」
「……煽ってるのか?」
すこしムッとした表情になるハジメだが、ティオは気にせず言葉を続ける。
「その性格はきっといい事だと思うよ、君は細かいところにも拘りを持つって事でしょ? でも身近な事全てに目を凝らしていたらいつか君自身疲れるかもね」
「……まぁ善処はするよ……」
身に覚えがあるのか、ハジメは素直にティオの言葉を受け取った。
「所で結局君は何番だったんだい?」
「ん? あー……眠たいから明日でいい?」
「番号の一つぐらい、眠気に左右されないで教えてほしいんだけど」
「うーん、すやすや」
「おい」
わざとらしい寝息を立ててハジメの質問を無視するティオ。
だがハジメも少し眠気を感じていたのかそれ以上聞くことは無く、二人とも薄明りの中互いに背を向け眠りに落ちていく。
さらにその横の部屋ではピーチャとセツコ、そしてもう一つ奥の部屋に居るはずのハチとナナの四人が一部屋に集まっていた。
四人で椅子を円形に並べ、向かい合うように座りながら静かに話し始める。
「さて、集まってもらったのはほかでもない! みんなで恋バナしよう!」
「おー!」
「えっと、いきなり恋バナですか?」
ピーチャが仕切り、ハチがノリノリで乗っかるがセツコが急に始まった恋バナ大会に目を白黒させている。
「で、恋バナって何―?」
ハチが首を傾げピーチャに尋ねた。
「恋バナっていうのは、確か好きな人の事を話し合うんだって! 職員の人がしてるのを見たのよ!」
ピーチャが胸を反らし、自慢げに話す。
「でも、私達来たばかりで好きな人って居るのぉ?」
『あ…………』
ナナの核心を突いた一言に三人は一斉に声を上げる。
全員恋バナに憧れてはいたものの、肝心の内容は全く考えてはいなかった様だ。
「……じゃあ皆が他の人をどう思っているか話すのはどうでしょうか? まだ会ったばかりだから、新鮮な反応が楽しめると思います」
セツコが小さな声で提案をすると、ピーチャは親指を立て笑う。
「お、良いね!」
「じゃあ誰から話すー?」
「最初に名前を貰ってたハジメさんなんてどうでしょう?」
「おっけい!」
「じゃあナナさんから時計回りでどんな印象か喋ります?」
「え、私ですかぁ?」
急に振られたナナが顎に手を当て悩むポーズを取り数秒考えこんだ後、口を開く。
「ハジメ君って大人しいというか……物静かな人なんですかねぇ?」
「あ、わかる! ハジメって緑色だし大人しいし亀みたい!」
「か、亀ですか……」
「亀! あはは!」
ハチの悪気のない一言に苦笑いを浮かべるセツコの横で、ピーチャは大笑いをしながら膝を叩きうずくまっている。
「ハチ、笑わせないでよ」
「えー、アタシ笑わせようとした訳じゃ無いんだけどなー」
キョトンとした顔のハチを見たピーチャは再び笑い出してしまう。
「だって亀って……最初の感想が亀って……」
「亀は確かに衝撃的だけど、分からなくもないよねぇ」
「でもハジメさん、ふとした時に凄い怖い顔になるんですよね……」
「そうなの?」
「ええ、作戦会議の時に少し不機嫌な顔になっていました……何か不満だったんですかね?」
不思議そうな顔でセツコは喋るが、他の三人は信じられないと言わんばかりの顔でセツコを見る。
「お腹痛かったんじゃない?」
「あー、確かに胃腸とか弱そう」
「ハジメ君よりカトル君の方が胃腸弱そうだけどねぇ」
「それは少し同感です」
ナナの何気ない一言にセツコが便乗する。
「えー、そうかな……カトルってなんかお堅いイメージあるし、胃腸弱そうには見えないなぁ……」
「アタシもー、プライド高そうでちょっと近寄り難いってイメージかな」
「でもセイ君と仲いいよね、本人は否定しそうだけど」
「そうですね、他の人とあまり喋ってる所をあまり見ないですけどセイさんと喋っているところは良く見ますね」
皆セツコの言葉に頷き、言葉は無いが満場一致なのが見て取れる。
それ位には、普段カトルとセイは一緒に行動しているのだろう。
「多分あんなに仲がいいコンビって他にないよね?」
「うーん、言われてみればそんなにないかもねぇ……あれはセイ君とカトル君が正反対な性格だから上手く行ってる感じなのかなぁ?」
「でもセイってすごい不真面目そうに見えてちゃんとしっかりしてるから、案外似た者同士なのかもね」
「確かにセイさんはしっかり状況を見れるというか、視野が広くてしっかり判断力もあって……もし戦ったら私は勝てなさそうですね」
「そんな事ないよ、セツコはドローンを落とせたんだし!」
「あれは殆どサン君のお陰ですし」
慌てたような表情でセツコは首を横に振るが、ピーチャはそんなセツコの肩に腕を回しにやけ顔で話しかける。
「そんな顔真っ赤にして否定しなくてもいいじゃない、それともサンの事もしかして……」
「違います!」
「うおっ! セツコが叫んだ!」
急に大声を上げたセツコに驚いたハチがビックリして椅子の上で跳ねた。
「確かにサン君は頼りになりますけど、それとこれとは別です!」
「分かった、分かったって! 耳元で叫ばないで!」
「あ、すいません……」
セツコは申し訳なさそうに頭を下げ、ピーチャがキーンとする耳を抑えながら大丈夫と伝える。
「でもサン君って、少しやんちゃそうというか……危なっかしい感じがするよねぇ……」
「あ、分かるわそれ! というかあいつドローン墜とせなかったアタシ達を馬鹿にしてきたじゃん!」
「あー、あったねー」
最初のドローンテストの時に、ナナとピーチャの一組だけがドローンを墜とせなかった際に、サンが余計な一言を投げかけたのを思い出したピーチャはむかっ腹が立ったのか、唇を尖らせた。
「アイツさあ、自分のスーツが少し強いからってバカにしやがって~……あんなに銃口付いてたら狙わなくても当たるでしょ!」
「でもさ、あのドローン凄いすばしっこいからレーザーもひょいひょいって避けちゃうかもよ?」
「かもしれないけどさぁ……」
「まぁまぁ、サン君もセツコちゃんも頑張ったんだしいいんじゃない? ピーチャ?」
「……まぁそうだね」
ナナにたしなめられたピーチャが口をへの字に曲げながら頬杖を突き、ハチを指さす。
「所でハチの相方のノインってどんな感じなの? アタシあんまり喋った事無いから分からないんだけど」
「んー……凄い賢くて凄い冷静!」
「ノインさんも物静かな人ですよね」
「ハジメと違って優しくはないけどねぇ」
「そうだね、ハジメはまだ愛嬌あるのにノインはずっとムスッとしてるって言うか……笑ったところ見た事ないし」
「ノイン笑ったところアタシも見た事ない! 今度くすぐってみようかな?」
「多分怒られるから止めた方が良いと思うよぉ」
目をキラキラさせながら提案をするハチにナナは苦笑いを浮かべる。
「じゃあ後残るはティオだけかな?」
「ティオ君かぁ……」
「ティオさんは……」
「うん……」
『面倒臭がりだよねぇ……』
全員の声が見事にハモり、何とも言えない空気が流れ始めた。
しかしその声が大きかったのか、部屋の扉がノックされ外から声を掛けられる。
「もしもし、面倒くさがりで悪かったね」
『あ……』
皆ハッと口を閉じ、そそくさと椅子から立ち上がり別室のハチとナナは部屋を後にしようと扉を開ける。
「さて、そろそろ寝ないと……ねっ! ナナ!」
「え、うん……そうだねぇ……」
そそくさと部屋を去る二人はティオに軽くお辞儀して部屋に戻っていく。
そして部屋に残ったピーチャとセツコは互いに顔を見合わせた。
「……アタシたちもそろそろ寝ようか」
「そうですね」
急遽解散となったガールズトークの余韻に浸る間もなく、二人はベッドに横になり目を閉じる。
「……ふぁぁ……僕も寝よっと」
廊下に立って居たティオも眠気を感じ部屋に戻っていき、価値なし達が住む居住区の廊下の明かりは消え、静かに夜が更けていく。
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