第三話 meeting -十の名前-
結城が目を覚ました時には質素なベットに横たわっていた。
部屋を見渡すとすぐ横で海斗が隣の机で突っ伏して寝ており、手元にはカルテの様な物が散乱している。
「俺……あの後……生きてたのか……」
左肩を触ると包帯が巻いており、あの一連の出来事がすべて嘘ではなかったと告げている。
今が何時か確認しようと時計を探したが見当たらず、部屋には窓もないので廊下に出ることにした。
眠ったままの海斗を起こさないように部屋を後にし、廊下に出ると窓からはちょうど朝日が差し込む時間の様で、鳥のさえずりが窓の外から聞こえてくる。
「朝6時ぐらいかな……」
窓の外は穏やかな自然が目に入るが所々木々に焼け跡のようなものが見え、ここが何処なのか皆目見当もつかないが、壁や天井に走った亀裂や外に見えるフェンス等から何かしらの施設の跡地の様だ。
「あ、おはようございます!」
「え?」
後ろを振り向くと杖を突いたふさふさの淡い緑色の髪の青年と金髪に黒のラインの入った髪の少女が居た。
見覚えのない少年少女は、結城に近づくと心配そうにこちらを見て口を開く。
「怪我……大丈夫ですか?」
青年は静かな声でそう尋ねてきた。
「あ、うん……今のところは」
「僕たちは貴方のおかげで助かったとアンダーさんから聞きました、そのことについて僕達は感謝の気持ちしかありません」
頭を深々と下げる青年。
本来はこの朝日を拝むことなく死んでいくはずだった彼らを救い出せた事が今更ながら実感できた結城は安堵のため息をついた。
「僕たちは僕たちなりにやれることをしただけさ、後は君たちが普通の生活を手に入れられるようにお互い頑張ろうか」
手を差し出すと青年は素直に手を取ってくれた。
互いに死地を潜り抜けた仲間同士、力強く握手を交わしていると黄色い髪の少女がつまらなさそうな顔をしながら呟く。
「緑髪ばっかりずりーぞぉ! あたしにも喋らせろぉ!」
「え? ああごめん、どうぞ」
青年は結城の前を退き、金髪の少女がぐいっと間に入ってくる。
「あたしもアンタにすごい感謝の念でいーっぱいだからな! だからこれからもよろしくな!」
「あ、うんよろしく」
両手をぶんぶんと上下に振るアグレッシブな握手をしていると部屋から寝起きの海斗が出てきた。
「ふあぁ……ああ、みんなおはよう……久し振りに行儀悪く机で寝てしまったよ……」
「あ、おはようございます」
「おはよー!」
質素な廊下に少年少女が元気に挨拶を響かせる。
「おはようございます」
「結城、怪我は大丈夫か?」
「今のところはそんなに痛んではないです……少し痒いですが」
「鎮痛剤が効いているみたいだな、よかった……さて、そろそろアンダーも起きるだろうし結城以外はホールに向かってくれ」
「分かりました」
「りょうかーい」
少年少女は去っていき、朝日の差し込む廊下には海斗と結城だけが残された。
「さて、ここの案内を始めようか」
「あ、おねがいします」
「その前に着替えるから少し待っていてくれ」
海斗はそういうと別の部屋に向かい、結城はその部屋の前で十分程度待たされた。
先程着ていた無地のシャツではなく最初に会った時の様なスーツに着替え、施設の案内を始めた。
どうやらここは件のアジトらしく、場所は元々前線基地だったが前線拡大のために放棄され、その後に海斗が爆破解体したと嘘の報告書を作り使っているようだ。
中は流石軍の施設だったと言わざるを得ないほど頑丈な作りをしており、会議室や資料室など必要なものは諸々揃っている。
キッチンも大人数の食事を用意しやすく、部屋数も多いのでプライバシーの面でも価値無し達から不満が上がることも無いだろう。
「ここには水道とガスが無いが、外に薪と湧き水がある……一応ガスボンベも持ってきたし水道管もあるから繋げれば使えるんだが、それまではそのあたりを使っていかないといけない」
「了解です」
「さて、そろそろ朝食の時間だ」
施設の端の方にある食堂に向かい、中に入ると緊張しているのか黙々と食事を摂る価値無し達が居り、厨房から聞こえてくる調理音だけが室内に響いている。
そんな物静かな空間を切り裂くような野太い声が聞こえてきた。
「おう! お目覚めか海斗! ……って、おいおい!結城は大丈夫なのか?」
キッチンの中からコック姿のアンダーが心配そうに出てくる。
「はい、今のところは」
「結構深い銃創に見えたが……さすが海斗の手腕だな」
「え? 海斗さんが治したんですか?」
「まぁ一応医者の学校の出ではあるからな……こいつに投与した薬なら無理さえせずに居れば大丈夫だ、弾丸も特に致命傷になるような部分に当たってなかったしな」
「流石だな」
「取り敢えず今のところは定期的に鎮痛剤を入れてればある程度は動けるだろう、それより飯だ飯!」
二人はカウンターで料理を受け取り、空いてる席に座る。
今日の献立は野菜スープにサンドイッチとシンプルながら美味しそうな食事である。
コンソメに浮かぶ野菜たちはどれも味が染みており、サンドイッチもソースの味が主張し過ぎず素朴で飽きが来ない。
朝食を終え、食器を下げると何やら海斗が価値無し達を整列させ始めた。
「十人全員揃ってるな」
「何が始まるんです?」
訳も分からず、質問をすると何故か海斗は少しわくわくした顔で説明を始めた。
「命名式だ、彼らも名前が無いとコミュニケーションを取りにくいだろうしな」
「なるほど、それはいいですね」
「だが海斗よ、名づけは俺か結城に任せた方がいいと思うぜ」
「何故だ? 俺でもいいじゃないか?」
なぜかアンダーは少し困った顔をしながら海斗を見ている。
「いやその……な……まぁお前は頑張ってるからな、こういう時ぐらいは頼ってくれよ」
「頑張っているのは皆同じだ、そこに上下関係はない」
「いやそうなんだけどな……」
「ちょっといいですか?」
アンダーの肩を叩き海斗に聞こえないような声で会話を始める。
「なんかすごい海斗さんに名づけさせないようにしてましたけど何かありました?」
「いやぁなんというか……あいつの名づけのセンスが絶望的でな、この前赤いオウムにつけた名前なんだと思うよ?」
「何だったんですか?」
「ポチだとよ」
唖然としてしまった。
まさか海斗のような真面目そうな人間だからか、何のひねりも無い名前を付けてしまうのか、元から名付けセンスが致命的なのか分からないが、これから彼らが呼び合う名前なのだから任せきりになってしまうのはよろしくない。
「だからだめだ、お前か俺が名付けないと大変なことになる」
「おい、そんなに何を話してるんだ?」
「いやあ何も? な、結城」
「ええそうですね」
「そうか……じゃあ命名式を……」
「……海斗、試しにあの子に名前を付けるとしたら何て付ける?」
今朝あった緑髪の少年を指さす。
「……マリモ?」
「よし海斗、お前はやっぱ名付けはやめとけ」
「まて、何か言いたいことがあるのか!」
なんのひねりも無い名づけに言いたい事だらけだと言わんばかりに困ったまなざしで結城とアンダーは眼を合わせた。
「アンダーなら何て付けるんだ?」
「俺か? 俺ならアンドレとでも名付けるかな」
「いや、アンドレっぽさは無いだろう」
「マリモよりはましだぜ」
「言ったな! 貴様言ってはいけないことを!」
「まぁまぁ」
間に入り言い争いを止める。
「結城ならなんと名付ける?」
「え、自分ですかぁ?」
唐突な指名にびっくりする。
結城も特に名づけのセンスがあるわけではないので数秒額に手を当て考えた後、静かに口を開く。
「ハジメ……何てどうでしょうか?」
安直だが一人目の名づけであることを記念してシンプルな名前を提案した。
すると意外に反応は良く。
「確かにしっくりくる名前だな」
「ま、俺も少しいいなとは思ったな」
「よし、君の名前はハジメだ!」
「は、はい!」
緑髪の少年は初めておもちゃを貰った子供の様に目を輝かせ頷いた。
その他の少年少女たちにも名前を付けること約一時間、海斗とアンダーが名づけ争いをちょくちょく挟んだが、何とか全員の名前を付け終える。
「今から全員の名前を呼びあげるぞ!」
『はい!』
「ハジメ!」
「はい!」
緑髪で大人しい少年の名前はハジメに決まった。
「セツコ!」
「は、はい!」
大人しそうな白髪で瞳の青い少女はセツコに。
「サン!」
「はい!」
小柄だがやんちゃそうな少年はサン。
「カトル!」
「はい」
金髪で髪が長く、顔たちの良い少年はカトルに。
「ピーチャ」
「あい!」
クレイジーピンクの髪をした元気な少女はピーチャに。
「セイ」
「はいよ」
元気な挨拶の明るい黒髪の少年はセイに。
「ナナ」
「はい!」
眼鏡をかけた小紫色の髪の少女はナナに。
「ハチ」
「はいはーい」
黄色い髪に黒のラインが入った髪色の少女はハチに。
「ノイン」
「うむ」
片目が隠れる黒髪の少年はノインに。
「ティオ」
「はーいはい」
そして最後のけだるそうな挨拶をする中性的で赤毛の少年はティオに。
これで救出した十名全員に名前が付き、朝の様に名前も呼び合わない光景は少なくなっていくだろう。
そして皆名前を貰ったのが嬉しかったのか、何度か自分の名前を自分で呼ぶものもいた。
「よし、これで何とか全員名前がついたな」
「ようやくですね」
一時間ほど案を練りながら全員分の名前を付けるのは意外にも難しく、想像以上に疲れたようだ。
アンダーも海斗も結城も皆、少し疲れた顔をしながら顔を見合わせた。
「さて、名前も付いた所で君たちには我々が何者で、何を目指しているのか伝えなければならない」
場が静まり返り、皆が海斗に視線を合わせる。
「我々は、君たちを生んだフォルン公国で非人道的な軍需産業を営むFギアーズのCEOの暴虐を何とかして止めるために、長年続いている戦争に終止符を打つために動いている! しかしここまで長年戦争が続いているため一朝一夕では解決には至らないだろう、そこで我々はフォルンの持つ軍事機密を敵国であるイヴァンディア連合国に売り込み、見返りとしてフォルンとの対談で和平の道を探してもらおうと思う。そのためには実際に動くことができる君たちの力が必要だ! 皆、力を貸してくれるか!」
大きな声で皆に目的を伝える。
少しずつ拍手が聞こえ始め、次第に音は大きくなる。
しかし中にはじっとコチラを見つめ続けているものもおり、全員がこの話に乗った訳では無さそうだ。
「ありがとう! 今日はこれから皆には体力測定と特別に用意した武器のセッティングをして行こうと思う」
「体力測定は俺が見るぜ」
「では皆、これを着て表に出てくれ」
奥の段ボールからジャージを取り出し全員に配る。
皆更衣室で着替えた後に、アジトの裏側にある広い平地に皆で集まり体力測定の為の準備を始めた。
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