第39話 主演決定


「そうか。冬月さんはどうやら期限までにやる気にさせたようだな。一先ず、第一段階はクリアということにしよう」


 部室にて真崎部長は腕を組みながら頷いた。

 それを聞いた沙夜は「どういうことでしょうか?」と僕に視線を送るが、気づかないフリをする。


「ただ、第二段階としては立候補の中から一人を選ぶことになる。立候補したからと言って役を演じられる訳ではないのは分かるかな?」


「はい。分かります」


 沙夜は答えた。


「それで立候補って誰なんですか?」


 僕は恐る恐ると聞いた。


「おい。ちょっと来てくれ」


 真崎部長は二人を呼び出し、横に立たせた。


「春風さんと小林さんもさっき立候補してくれたんだ。冬月さんも含めて三人いることになる」


「ごめんね。冬月さん。私も演劇部に入ったからには当然、主演はやりたいからさ。思わず立候補しちゃった」


 春風は申し訳なさそうに言った。


 僕から言わせてもらえば最初からこれが狙いだったのではないかと疑ってしまう。表では協力すると言い、裏では主演を狙っている悪徳手法だ。

 まるで片思いをしている友達に相談を受けている一方で自分はその相手と裏で交際しているような三角関係の恋愛ドラマのようである。

 とはいえ、演劇部なら主演は誰もがやりたい役柄だ。争いをしてでも勝ち取りたい気持ちは分からないでもない。

 そして、もう一人はというと。


「まぁ、あんたに役を取られるのも気が引けるから阻止したかったのよね」


 小林先輩は嫌味のように言った。


 この人に関しては納得だ。以前よりか少しは落ち着いたが、小林先輩は根っからのいじめっ子だ。その精神は少しばかり残っているようだ。


「三人も立候補者がいる訳だが、当然、主演を演じられるのは一人しかできない。そこでだが、どのように決めるか私は悩みどころだ。一般的に投票形式がセロリーだが、私はもっと別の方法を取ろうと思う」


「別の方法ですか?」


 僕は不満そうに聞いた。


「練習の時間を考えるとダラダラとやっていられない。明日、いや、今からでも一人に決めたいところだ」


「じゃ、どうやって決めるんですか?」


 真崎部長の問いかけに僕は質問を重ねる。


「ジャンケンをしよう」


「ジャ、ジャンケン……ですか?」


 僕だけではなくその場にいた全員が拍子抜けだった。


「ちょっと待ってください。真崎さん。そんな運任せの選び方に納得できません」


 小林先輩は我慢ができずに言った。


「まぁ、納得はできないと思うが、公平だしすぐに決まるから楽だろ」


 真崎部長は頭の後ろを掻きながら面倒そうに言った。

 真崎部長からしたら誰でもいいのだろう。演技さえ出来ていれば。ただ、現時点で出来るか出来ないか判断が付かない。最悪、出来なければすぐ役を変えれば済む話である。と、僕は考えるが、実際どうなのだろうか。


「あの、そんな適当でいいんでしょうか?」


 春風は不安になりながら聞いた。


「他に思いつかないし、負けても文句言えないだろ。じゃお三方、手を出して。はい、最初はグー」


 真崎部長は不意でジャンケンを始めようとする。反射的に小林先輩、春風、沙夜は手を差し出す。


「ジャンケン、ポン!」


 真崎部長の掛け声でそれぞれがパーを出す。あいこだ。


「はい。あいこでしょ!」


 三人が出した手に周囲は「あ!」と声を揃えた。チョキ、チョキ、グー。グーを出した人物は沙夜だった。


「冬月さんの勝ち。よって主演は冬月さんにやってもらおうと思う」


 あっさりと主演が沙夜に決まってしまった。


 実感があまりないのか、沙夜はその場で呆然としていた。他の二人は悔しそうに溜息を吐いた。


「と、いう訳で冬月さん。主演を演じてくれるかな?」


「はい。私で良ければやらせて下さい」


「それじゃ、決まりだ」


 沙夜に役が回ったがこれで終わりではなかった。本当に過酷なことはこれから味わうことになる。

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