第28話 勘違い
「おはようございます。私はあなたが現れるのを今か、今かと待っていました」
お決まりのセリフで沙夜は僕を待っていた。最早、ツッコミを入れるのも面倒なくらいである。
結局、昨日春風は気付いたら姿を消していた。帰宅の道中に会っても良かったが、早足で帰ったのか、姿を見ることはなかった。
おまけに沙夜に関しては春風の話題は「何も言いたくありません」の一点張りで話を聞くことができなかった。
結局何も知れず終いで事情は分からないままだ。
一体、二人の間に何があったのか。知ろうにも知る術がない。それに秋山と春風が付き合っているのではないかと疑惑が残ったままだ。何もかもスッキリしない。このもどかしい気持ちをなんとかしたい。
本当にこのまま春夏秋冬は解散してしまうのだろうか。幸い、LINEグループは削除されていない。グループはあるが、誰も使っていないし、使おうとしない。過去のたわいもないやりとりを見て懐かしく思ってしまう。また使われることはあるのだろうか。
「沙夜。昨日、春風とは……」
「急ぎましょう。あなたが家を出るのが五分遅れています。よって、五分を取り戻す為に早く行く必要があります」
「いいよ。五分くらい。遅刻しないし」
「急ぐ必要があります」
「分かったよ」
僕は沙夜にうまく交わされてしまった。こうなったら沙夜から聞かずに春風に聞いてやる。その方が手っ取り早い。そう思った。
「え? 春風、今日休みなの?」
学校に着いて僕は嘆いた。肝心の春風が今日に限って欠席なのだ。今まで休んだことがない春風が今日に限って休むということはもしかして沙夜の一件が関係しているのではないのかと悩まされた。一体何がどうなっているのか、僕は頭を抱えた。
「そんなところで何をしているのですか。一限目の授業は移動教室です。早く準備しないと遅れます」
沙夜はいつもと変わらず普通の態度である。
昨日のことは一切表に出さない。まるで何事もなかったかのように。
元々沙夜は感情を表に出さないから普段通りに見えるが少しくらい様子に変化を出してほしい。これではまるで春風の件が何もなかったかのようではないか。それでは春風が可哀想である。
僕は授業の合間に教師の目を盗んで春風にメッセージを送った。
『春風、体調は大丈夫? もしかして昨日のことが原因だったの?』
ストレートな投げかけに悩んだが、僕は構わずに送信した。すると数分後に早速、春風から返信があった。
『心配してくれてありがとう。ちょっと熱、出しただけだよ。でも大丈夫。明日には治ると思うから』だった。
昨日のことに対して一切触れられなかった。そのことに僕は失敗した感じがした。
沙夜は何も話したがらないし、春風はいないし、その胸のざわめきをどのように処理すればいいのだろうか。
「なぁ、春風、何かお前に言ってなかったか?」
昼休み、僕は秋山に尋ねた。
「何だよ。急に」
秋山は面倒そうに答える。
「昨日のあれ見ただろ。心配なんだよ。沙夜は何も言わないし」
「だったら本人に聞けばいいだろ」
「今日、春風は休みなんだよ」
「あ、そうなんだ」
「そうなんだってお前何も聞いていないのかよ」
「聞いていないよ。昨日から連絡は取っていない」
「取ってないって何でだよ。心配じゃないのか?」
「それは心配だけど、言いたくないこともあるだろう。無理に聞いたところで気分を悪くさせるだけだ」
「は? お前らそういう関係だろ? 少しは積極的になれよ」
「そういう関係って何だよ」
「あ!」
僕は思わぬところで口を滑らせてしまい、両手で口を塞いだ。秋山はそんなバカではない。何かに勘付いたかもしれない。
「何だよ。言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
「ならハッキリ言わせてもらうけど、秋山! お前は春風を何だと思っているんだ! いくらお前でも春風を不安にさせるようであれば僕はお前を許さないからな!」
「さっきから何を言っているんだ、お前」
「惚けるな! お前ら付き合っているんだろ! 僕は知っているんだぞ!」
「付き合っているって俺と春風が?」
「そうだよ。僕は見たんだ。歩道橋の上でお前らが、そ、その、キ、キスをしているところを」
「歩道橋って……あぁ、あの時か」
「ほら、やっぱりお前らそういう関係なのか」
「待て、待て、待て。お前、勘違いしているぞ」
「勘違い? 何をどう勘違いしているって言うんだよ」
「俺と春風は別に付き合っている訳じゃないし、キスもしていない」
「嘘だ。だって僕は……」
「本当に見たのか?」
「しているところを見た訳じゃないけど、あの角度は間違いなくキスをしていた」
「あれはホクロだよ」
「ホクロ?」
「春風は俺の顔にゴミが付いているよって言ってよく見たらホクロだったってオチだよ」
「本当に本当?」
「本当に本当だ」
「何だ、そうだったのか。悪いな。勘違いした」
「お前、最近様子がおかしかったのはそれだったんだな」
「え? 分かった?」
「バレバレだ。つか、お前、そんな必死になっていたって言うことは春風が好きだからか?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「無理すんなよ。顔に好きだって書いてあるぞ」
「そんなはずは……」
「安心しろ。誰にも言ったりしないよ。それより春風が心配なんだろ? だったら放課後、会いに行けば? 気になるなら直接聞くのが一番だ」
「うん。そうする。ごめんな。ムキになって」
「気にすんな。いつものことだ」
秋山は良い奴だった。そして、僕の決心は固まった。直接、春風に聞いてやろうと。
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