第29話 夜の河川敷

 

 放課後、僕は春風邸まで足を運んでいた。


「来てしまった」


 思わず、家の前で呟いていた。

 何も連絡もせずに自宅訪問はあまりにも迷惑なのではないかと今になって思い始めた。


 しかし、後になって引けない自分もいたのでどうすることも出来ない。ここは一か八か行くしかない。インターフォンを押そうとした時、門から何かが遮った。


 三毛猫である。名前は確か、そう、ミケフィーユである。


「あ、コラ! ミケフィーユったらどこ行くのよ!」


 そう言いながら家から出てきたのは春風の母親だった。


「ん? あなたは確か……桃華の友達の」


「あ、はい。夏宗です。先日はどうも」


 僕はその場でお辞儀した。


「どうも。桃華に用でもあるの?」


「あ、そうなんです。差し支えがなければ呼んで頂ければと思ったのですが」


「残念だけど、今日はまだ帰っていないわよ。そのうち帰ってくると思うけど」


「え? 今、出かけているんですか? どこに?」


「どこって学校だけど?」


 僕は一瞬、時が止まったように考えた。


「どうかしたの? 気分でも悪いの?」


 春風の母親は心配そうに僕を見た。


「いえ、何でもありません。突然来てすみませんでした。僕は失礼しますので」


「良かったら上がって待ってく? そのうち帰ってくると思うから」


「いえ、結構です。たいした用事でもありませんので。あ、あの、聞きたいこととお願いがあるんですけどよろしいですか?」


「何?」


「昨日、桃華さんに何か変わった点とかありませんでしたか?」


「変わったこと? まぁ、昨日は帰ってからすぐに部屋に閉じこもったけど、特に変わったことはないかな。それとお願いって何だった?」


「はい、僕が今日ここに来たことは桃華さんには言わないで下さい」


「えぇ、構わないけど」


「ありがとうございます。それだけです。失礼しました」


 僕は頭を下げて引き返した。




 春風の家から離れて僕は思った。

 春風は親に嘘を付いて家を出ている。学校に行っていないとしたら一体、どこにいるのだろうか。僕は余計に心配だった。

 やはり何かあったのは間違いない。それは分かっているが僕にそれを知る権利があるのかと言われれば難しいところである。

 危ないことに巻き込まれているのではないかと気が気でなかった。クラスのまとめ役で明るく笑顔が眩しい彼女がどうして居なくなってしまったのだろうか。


「春風……」


 目を閉じると笑顔の春風の姿が浮かぶ。

 一体、どこに行ってしまったんだ。


 時刻は十九時を過ぎた頃だった。辺りは真っ暗になりつつある。僕は家に帰る気になれず、河原にたそがれていた。

 何でこんなことで悩んでいるのだろうか。自分がバカに思えてきた。ため息を吐きながら頭を抱えていた時だった。


 パシャパシャと水が弾く音が僕の耳に届いた。僕は音がした方に目を向ける。女子高生が石を川に向かって投げ入れている光景だった。投げた石が何回水面を跳ねるか練習している様子である。


 暗くて顔が見えなかったが、僕の学校の制服ということは認識できた。気になった僕はゆっくりとその女子高生に近づく。月明かりで水面から反射した時、ハッキリと顔が見えた。僕はその人物を見た瞬間、声を漏らしてした。


「春風!」


 間違いない。その姿は春風桃華だ。僕は叫んでいた。

 春風は僕を見て石を投げ入れようとする動きを止めた。


「夏宗君?」


 春風は驚いたように僕を見る。まさかの鉢合わせに僕は急いで春風の元に駆け寄った。


「春風! 何でこんなところにいるんだ」


「あはは。変なところを見られちゃったね。一度でいいからやってみたかったんだよね。学校をサボって意味もなく時間を潰すってこと」


 春風は笑いながら言った。


 いつもと変わらない姿にも見えるが、作り笑いだってことはすぐに分かった。暗がりでハッキリと見えなかったが、少し動揺しているように見えたからだ。


「なんか悩んでいることがあるんだよね? だったら僕に言ってくれよ。悩んでいる春風は見たくない」


「私がいつ、悩んでいるって言ったのかな?」


 春風は声のトーンを落としながら俯いた。前髪のせいで表情は読み取れない。


「言ってなくても行動を見れば分かるよ。迷惑かもしれないけど、何でも相談に乗るから教えてほしいんだ。君の悩みを」


「夏宗君は良い人だね。そうやって優しくされると……嫌いになっちゃうかも」


 春風は睨めつけるように僕を見た。

 その表情はまるで別の誰かが春風の身体を乗っ取ったかのように冷たく怖かった。

 突然の変わりように僕は驚きを隠せず、「え?」と後ずさりをしてしまう。目の前にいるのは本当に春風なのだろうか。


「はぁ」と春風は大きな溜息を吐き、僕に近づく。


「春風、どうしたの?」


 僕はそれを言うだけで精一杯だった。


「お節介、邪魔、マジでうざい」


 春風らしからぬ発言だった。

 目つきは鋭く冷たい。一体、どうしたというのだろうか。


「全く、元はと言えば冬月が私の邪魔をするからいけないのよ」


「どういうこと?」


「知らないようであれば教えてあげる」


 そう言って春風は昨日の出来事を語り始めた。

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