第45話 新学期

 文化祭開催は九月三十日から十月二日までの三日間開催される。

 その中で演劇部による劇の開催は間である十月一日の午前中に開催される予定だった。初日は校内のみであり、二日目から一般公開される。よって演劇部が劇をする日は多くのお客さんが寄せ集まることになる。演劇部の練習の成果を見せる舞台になることは間違いないが、これは本番であり、本番ではない。その理由は十一月から始まる秋のコンクールに当てられる。


 秋のコンクールとは演劇部にとって大きな見せ場だ。

 地区大会、全校大会と駒を進める為の高校生による演劇大会だ。僕たちはその演劇大会に望むべく、校内の文化祭で発揮させる。

 ここで全力を尽くさない限り、秋のコンクールに望める訳がない。つまり、文化祭の演劇は僕たちにとって大きな意味を持っている。


 そして現在、夏休みも明けて九月になり、久しぶりの授業で切り替えが難しい頃合いに誰もが学校に行く足が重く感じられる。


「おはよう! 夏宗君。冬月さん。相変わらず仲良く登校しているね。仲良しで何よりだよ」


 春風はいつもと変わらず明るいテンションで僕たちに接してきた。

 久しぶりという訳ではなく夏休みの間はずっと一緒に練習に参加していた為、久しぶり感はなく、毎日のやりとりに過ぎない。

 夏休みの間には二泊三日の合宿もあった為、春風と過ごしてきた時間は長かった。

 だが、毎日春風の姿が見られるだけでも僕の中では幸せである。例え、二重人格だとしても嫌いになることは出来ない。

 結局、僕は春風のことを考えてしまうので好きなのだろう。


 新学期に入り、授業にも慣れてきた頃、文化祭の準備は学校全体に着々と進んでいく。

 演劇本番で行われる体育館では十五日前から体育の授業及び部活動での使用は禁止とされ、舞台の準備として作業が進められた。

 去年はリアルを求める為に役者をワイヤーで釣り上げることをしたが、今年からそのような行為は禁止されていた。

 そこで考えられている演技としては会場を巻き込んだ演出だった。

 舞台だけでしか動き回らないと見せかけて観客から役者が飛び出したり、観客席まで舞台にするという思い切った演出が意見として出された。

 これは全員納得していた。本番に備えて体育館全体を使った最終の練習もして準備としては万全だった。


 演劇で最も大事な締めくくりとしては衣装だった。あまりお金をかけず、ほとんど手作りで今回の衣装は間に合った。


 ちなみに沙夜の衣装に関しては普通の女子高生らしい服装でありとのことだったが、沙夜の服装に関してはボーイッシュで目立たない地味な服装しかないとのことだったので春風から私服を借りるとのことだった。


 全体的に衣装という衣装に関してはマジシャンの服装だけだったのでそこまで苦労はなかった。


「夏宗君、君に仕事をあげよう。はい、これ」


 そう言ってきたのは春風だった。なにやら紙の束を僕に差し出す。


「これは?」


「今回のうちの劇のチラシだよ。これを目立つところに貼ろう。画鋲も一杯貰ってきたよ」と春風は画鋲が入ったケースを差し出す。


『マジシャンの七つの試練〜異次元から脱出せよ〜』


 今回の演劇のメインタイトルである。

 これはシナリオを書いた本人である白雪さんが考えたもの。

 最初のタイトルから変更に変更を重ねた結果がこのタイトルになった。

 紙にはタイトルと日時や場所等が書かれている。

 それよりも気になったのは絵である。

 一発書きで書かれているにも関わらず完成度は高い。

 バックにマジシャンが魔王のように横目で睨んでおり、ヒロインが主人公の手を引いてマジシャンから逃れるように焦る表情だった。

 その必死さが絵から伝わる。


「この絵は誰が描いたの?」


「小林先輩だよ。私が描くって聞かないから描かせてみたら私もびっくりしちゃった」


「へー。そうなんだ」


 素直に驚いた。まさかそんな才能があるとは思わなかった。美術コンクールに応募したら何かの賞くらいは取れるのではないだろうか。多分、そんな乗り気はあの人にはないだろうが。

 それはいいとして枚数的には百枚くらいあるがこれを学校中に貼るとなったらかなりしんどい。


「さぁ、夏宗君。まずは校門からだよ」


 なんだかんだで春風との共同作業は僕としては嬉しい。


「もう少しで本番。楽しみだね」


 貼る作業をしながら春風は言った。


「うん。そうだね。少し緊張の方が優っているけど」


「主役だから尚更だね。私も目立ちたかったな。でも私、第一の刺客だから出番は少ないよ。残念」


 春風の役は七つの試練の中の一つである第一試練の刺客役である。物語としてはそこまで大きな目立つ活躍はない配役だった。


「そういえばさ、冬月さん。最近変わったよね」


 沙夜に関しての話題に僕は耳を傾ける。


「なんていうか、人間らしさを取り戻したというか……あ、こんなこと言うと失礼か。感情豊かになったよね。喜怒哀楽がついて何を考えているか分かってきたし、ステップアップしてきたなって。夏宗君もそう思わない?」


「そうかな? 一緒にいるとあまり気づかないかな。でも言われてみればちょっとだけ感情が表に出てきたイメージはするような」


 ほんの少しだけ。と心の中で呟く。


「最近、私さ、冬月さんであることに気づいたの」


「え、何?」


「聞いて驚かないでね。なんと、冬月さんは今、恋愛しているの」


「な、なんだって?」


 僕は声が裏返った。


「もー。驚かないでって言ったじゃん」


「ごめん。でも沙夜が本当に恋をしているとは思わなかったから」


「でもこれは私の予想だから本気にしないでね」


「なんでそう思ったの?」


「女の勘ってやつだよ」


 そう言いながら春風はニヤニヤとしながらポスターを貼ってく。僕は春風の言いたいことがイマイチよく分からなかった。

 それにしても沙夜は誰に好意を寄せているのだろうか。その相手の方が余程気になる。

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