第46話 演劇当日


 運命の日、十月一日の朝。ある事件が起こった。

 何も言わなくても家の扉を開けたら沙夜はいつから居たのか呆然とそこに立っているのは日常のことだった。それは毎日欠かすことはなかった。

 今日も当然のように居ることを意識して扉を開けたが、その日は沙夜の姿はなかった。こんなことは今までになかったことなので僕は周辺を探すが、やはり沙夜の姿はなかった。


 今日に限って寝坊したのかと思い、隣にある沙夜の家のインターフォンを押す。


「あら、太陽君。どうしたの?」


 出てきたのは沙夜のお母さんだった。


「あ、おばさん。沙夜は? まだ寝てますか?」


「沙夜ならもう家を出たけど。十五分くらい前だったかな」


「え? そうなんですか?」


「あれ? 聞いてなかった? 沙夜、なんか今日はやることがあるから先に出るって言ってたけど」


「いや、僕は何も聞いてません」


「あら、そうなの。でも、今日はあの子が主役の劇があるんですもんね。多分、何かの準備があるのかも。あの子が何かに熱中するのは初めてだから私も嬉しくて。今日は絶対に見に行くから太陽君も頑張ってね」


「はい。とても良い劇になりますので楽しみにして下さい。では、僕も学校に行きます」


「うん。行ってらっしゃい」



 一人で登校するのは変な感じだった。

 なんというか、心細いというか寂しいというかとにかく物足りなさがあった。


 文化祭二日目ということもあり、朝から多くの生徒が校内で賑わっている。

 今日から一般公開ということもあり、どこのクラスも準備で忙しくしている。

 僕もいつもより三十分早くに登校した訳だが、これでも出遅れた感がある。

 中には朝の五時半から来ているという強者もいるというから驚きだ。文化祭というのはどうしてこのように気合が入っているのだろうか。

 僕も人のことは言えないが。

 僕が学校に着くなり真っ先に向かったのは演劇部の部室だった。


「わっ!」


 開いていた扉からそのまま入ろうとしたら誰にぶつかった。


「春風?」


「あ、夏宗君。おはよう。ごめん。前も見ずに歩いていた私が悪かったよ」


「こっちこそごめん。それよりその荷物は?」


 春風は大きめのダンボール箱を抱えていたのが気になった。


「あーこれ? 今日の劇に使う衣装セットだよ。冬月さんに似合う服をちゃんと持ってきたんだから」


「そうなんだ。僕が持つよ。どこに運ぶの?」


「ありがとう。助かるよ。体育館裏の倉庫にお願いします。ところで冬月さんは?」


「え? 先に来ていると思うけど」


「そうなの? 私、朝一番に部室にいるけど、まだ見てないよ」


「…………」


「夏宗君?」


「ごめん。この荷物、男子に頼んで」


「え?」


「ちょっと用事が出来た」


「ちょっと。夏宗君」


 春風の呼びかけに答えないまま僕は走り出した。

 真っ先に向かった先は下駄箱だった。その中の沙夜の靴箱を確認する。

 上履きだけそこにはあった。つまり、校内にはいない。僕は敷地内の隅々まで探し回った。体育館裏、駐輪場、花壇と至る所を探したが、沙夜の姿はなかった。


「いないか」


 僕は沙夜のスマホに電話をかける。

 コールは鳴るが、出る気配が全くなかった。何度も鬼電をしてみるが結果は同じだ。

 すると、僕のスマホから着信が入った。沙夜かと思ったが、相手は春風だった。


「もしもし」


「あ、夏宗君。本番前の打ち合わせがあるから部室に来てくれないかな? 後、冬月さんも連れて来てほしいって部長が言っていたからお願い出来るかな?」


「その沙夜がいなくなったんだ」


「え? どういうこと?」


「春風、悪いが適当に埋め合わせしておいてくれ。大丈夫、本番までには必ず間に合わせるから。なんとかする」


「え? ちょっと、どういう……」


 僕は春風が答える前に電話を切った。


 劇の始まりは十一時三十分から。そして現在の時刻は八時二十五分。大丈夫。まだ三時間程ある。

 それまでに必ず沙夜を見つけて劇に出させる。僕は学校から飛び出した。

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