第47話 失踪騒動


 よりによってなんでこんな大事な日に限って沙夜がいなくなってしまったのか。今日は沙夜がいないと非常に困る。

 みんなが楽しみにしている劇だ。絶対に失敗をする訳にはいかない。

 僕は最悪の展開も視野に入れた。

 小学校の頃、沙夜は誘拐されたことは今でも忘れない。

 まさかそんなことが起こっていると予想したくないが、万が一の場合もある。


 沙夜の行きそうな場所はどこだ。本屋? コンビニ? 公園? いつも僕と秘密特訓をしていた公園だ! 当ては全くないが直感で思った。


 息を切らしながら公園に着き、辺りを見回す。


「いないか」


 そんな都合よく沙夜はそこにはいなかった。

 ここではないとするとどこにいるのだろうか。沙夜が他に行きそうな場所といえば……。


 時刻は九時四十五分。時間が迫っている。早く見つけないと取り返しがつかない。


 その時、沙夜からの着信が入った。僕はワンコール目で電話に出た。


「沙夜か? お前、今どこにいるんだ。心配したんだぞ」


「まず、最初にご迷惑をおかけしてすみませんでした。そして私は今、学校にいます」


「学校だな。僕も今から行くから準備しとけよ」


「私は劇に出ることを辞退します」


「は? 何を言っているんだ。今更」


 僕は電話をしながら学校に向かう。


「私は自信を無くしました。演劇が終わるまである場所に身を潜めるとします」


「なんだよ、それ。そんな無責任なことは許さないぞ」


「私には関係ありません。どうしてもというのであれば連れ戻してみてはどうでしょう。ヒントは校長の大切にしているものです。それでは頑張って下さい」


 通話は切れてしまった。掛け直しても切られてしまう。


 十五分程で学校に着いた。部員のメンバーに助けを頼もうと考えたが、そんなことをしても沙夜の頑固さには誰が説得をしても無理であることはすぐに分かる。

 僕が、世話役の僕しかその役目は務まらない。

 校長の大切なもの。そもそもうちの校長はどのような人なのかも僕はあまり知らない。

 そういえばと、僕はあることを思い出す。

 鯉。校長は毎日池の鯉に餌をあげている。もしかしたらと思い、鯉のいる池に向かう。

 周辺には誰もいない。ここではなかったのか。そうなると他に思いつかない。


「あなたが来るのを今か今かと待っておりました」


 後ろを振り向くと、朝、沙夜がいつもの口調で言うように話しかけくる。


「沙夜、お前、どういうつもりだ」


「観客の人数を見て少し驚きました。こんな人数の前で失敗するようなことになれば公開処刑もいいところです。恥を晒すくらいならば劇そのものが中止になった方がまだいいと私は感じました」


「沙夜、もしかしてビビっているのか?」


「どうでしょう。人前に立つことに今となって臆していることに関しては事実と言えるでしょう」


「僕が傍にいるから心配するな」


「はい」


 沈んだ口調で沙夜は言った。僕は沙夜の頭を撫でた。


 言ってやりたい言葉はたくさんあったが、今は何が先かは瞬時に把握できた。


「泣き言は後で飽きる程に聞いてやる。それよりも今は劇が先だ」


「一つだけ約束して下さい」


「何?」


「私の後始末は塵一つ拾って下さい」


「そんなものいくらでも拾ってやるよ」


 僕は沙夜の手を引いた。




 十時五十分。沙夜(と僕)の失踪で演劇部はパニックになったが、なんとか時間内に間に合い、演劇の中止は避けられた。

 しかし、部員たちには他害な迷惑をかけたことには変わらず、怒られたことは言うまでもない。みんな必死になって一生懸命探してくれた。

 僕はとにかく部員たちに平謝りをした。


「何はともあれ、どのような事情があったかは後でにしよう。時間が迫っている。すぐに準備に取り掛かってくれ」


 真崎部長は部員たちに指揮をとった。

 カーテンから会場を覗くとほぼ満席になっていた。小さい子供からお年寄りまで幅広い年齢層が会場を賑わっていた。失敗は許されない。

 会場を覗いていた時、服の裾を引っ張られた。


「春風」


「夏宗君、私を無視したでしょ」


「あ、本当にごめん。沙夜が心配でさ。あれから大丈夫だった?」


「誤魔化すのも苦労したんだから。結局、バレちゃったけど」


「本当にごめん。後でお詫びするから」


「ほー。じゃ、屋台の食べ物を何か買ってもらおうかな」


「うん。分かったよ」


「本当? じゃ、部員のみんなも誘うね」


「え? それはちょっと」


「冗談。でも私には奢ってね。じゃ、お互い頑張ろう」


「うん。頑張ろう」


 春風はいつもと変わらずご機嫌だった。怒っている様子もあまりなくて一安心だった。

 


 開演五分前。全ての準備は整った。全員で円陣を組む。


「演劇部! ファイト! オー!」


「オー!」


 サッとそれぞれが配置についた。

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