第44話 自分に足りないもの


 翌日の練習前に僕は真崎部長に呼び出されていた。


「昨日の私が言ったことは覚えているかな?」


 あくまでもその質問に答えない限り、練習は参加させないとでも言いたいような口ぶりだった。


「はい。自分なりに答えを見つけました」


「聞かせてくれないか?」


「楽しむ気持ちです。僕はいつの間にかその気持ちが欠けていました」


「ふむ。それで?」


「僕は沙夜と共にこれからも今の関係性を楽しみます。この劇は僕が最後まで見届ける義務があります。他の誰でもない。僕に沙夜の傍に居させて下さい。お願いします」


 僕は頭を下げた。


「いやー悪かった。そこまで追い込んだつもりはなかったが、まぁ、結果オーライだな」


「どういうことですか?」


「最初から役を交代するつもりはなかったよ。冬月さんとペアを組めるのは他にいくらでもいると言ったが君しかいないからな。他の誰かが勤めたら未完成で終わってしまう。そんなことあってはならないんだ」


「そうなんですか。では何故、このようなことを」


「まぁ、最近は少し役に苦痛を感じていそうだったからあえて少し強めに言ったに過ぎない。許してくれ」


「いえ、こちらこそ気が緩んでしまっていてすみませんでした」


「うん。じゃ、練習開始だ。今日も期待しているから頑張ってくれ」


「はい。ありがとうございます」



 そこから僕も沙夜も他の部員たちもみるみる成長し、夏休み最後の日までには物語の全てまでやりきり、真崎部長の許可が降りた。

 後は質を落とさないように継続するだけである。


「みんなお疲れ様。私の思い描いた通りの物語で台本を書いた身として鼻が高いよ」


 白雪先輩は練習の終わりがけにみんなに近寄った。


「特に冬月さんと夏宗君、よく最後まで頑張ったね。本当に凄いよ」


 白雪先輩は僕と沙夜に飛びついた。


「白雪先輩、まだ練習が終わったに過ぎません。感動の喜びは本番が終わった後まで取っておいて下さい」


「夏宗君、あなたも生意気を言うようになったわね。そういう子はこうだ!」


 白雪先輩は僕を擽り倒す。


「白雪先輩、辞めて下さいよ。皆見ていますから」


「えー嬉しい時に喜び合うのが一番でしょ」


 と、その時だった。

 沙夜は無言で白雪先輩を後ろから引っ張った。


「え? 冬月さん、どうしたの?」


 白雪先輩の問いかけに対して沙夜は答えない。なんとしても引き離そうとその小柄な体型なりに頑張っていることだけは伝わる。


「分かった! 分かったから」


 白雪先輩は仕方がなく僕の傍を離れると沙夜は満足そうに片付けに戻っていく。


「ふーん。そういうことか」


 白雪先輩は独り言のようにそう呟いた。その意図がなんなのか、僕は知る由もない。

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