第43話 楽しいですか?


「沙夜、最近調子はどうだ?」


 帰り道、沙夜に何気なく聞いた。


「はい。少し楽しくなってきたと感じています」


「いや、最近の沙夜を見ていると間違いなく楽しそうだよ。昔と違って随分変わった」


「それはありがとうございます。ただ、あなたは少し違うように見えます」


「違うってどういうこと?」


「なんだか苦しそうに感じます。例えるならば、親に家事を任されて仕方がなくやっているようなそんな感じがします」


「言っている意味がよく分からないけど」


「今日、あなたに言われた足りないものということに関係があると思います」


 僕はその言葉に眉を寄せる。


「沙夜には僕のその足りないものが分かるのか?」


「はい。この答えは私の口から言ってもいいのかどうか悩ましい限りです」


「知っているなら教えてくれよ。僕に足りないものはなんだよ」


 沙夜はそっぽを向いた。

 あくまでも答えるつもりはないと意思表示しているかのようである。


「一つ、質問してもよろしいでしょうか?」


 目を合わせないまま、沙夜は聞いた。


「何?」


「あなたは私と一緒にいて楽しいですか?」


 楽しいよ。と答えようとしたら沙夜はそのまま続ける。


「私たちは幼馴染という関係と世話役の関係という、切っても切れないような関係性に位置します。それはこれまでもこれからも変わらない関係だと思います。あなたは一回でもこの関係にうんざりしたことはありますか?」


「な、何? その質問。それは僕も沙夜も納得した上での関係だろ。あの日からずっと」


 僕は殺傷事件のあった日を思い返した。沙夜とより一層絆を深めた、忘れたくても忘れられない思い出だ。


「本当にそう言えますか?」


 念押しをするように沙夜は僕に顔を近づけた。僕は冷汗が垂れる。こんなに間近で小夜を見たのはいつ以来だろうか。メガネをかけていないせいか、はっきりと顔の輪郭が見える。


「恐らくですが、あなたは私といることに苦痛を感じている……違いますか?」


「そんなことは……」


 言い切れない自分がいた。自分では気づいていないが、僕は沙夜と行動をしているのが苦痛なのだろうか。いや、そんなはずはないと自分に言い聞かせる。


「あなたに足りないものというのは楽しんでいるかどうかという話です。嫌々でやっていても良い演技は出来ません。もう少し役になりきって楽しんで下さい。私は最近、楽しくなってきています」


 沙夜はうっすらと微笑んだ。


「楽しく……か。もしかしてそれが僕に足りないものなのか」


 その問いかけに対し、沙夜は何も答えなかった。ただ、背中を見せるだけだ。

 考えてみれば、僕は沙夜の世話役で楽しむ余裕がなかった。いつも、沙夜の不安全行動を見張るのに疑心暗鬼になっていた気がする。それが役でも出てしまい、結果、慎重になっていた。だから、楽しむことを忘れていたんだ。


「沙夜、ごめん」


「どうしてあなたが私に謝るんですか」


「僕は沙夜に対して小さな子供みたいに見ていた。実際は大人の手前なのにいつまでも子供扱いしていた。沙夜は立派に成長しているのに僕はそれに気が付かずいつまでも何も出来ないと決めつけていた。それが申し訳なく思う。それに子供扱いをしてしまったせいで僕自身、楽しむことを忘れていた。本当にすまなかった」


「合格です。あなたは自分を取り戻しました」と、沙夜は両手で○を作る。


「そうか。ありがとう。元気でたよ。これで迷いは無くなった」


「これであなたは最高の演技が出来るでしょう」


「あぁ、そうだな」


「本日は秘密の特訓をどうしましょうか」


「沙夜はやりたい?」


「残念ながら本日は部活で全力を出し切ったせいか、私はものすごく疲れています。ですが、あなたがどうしてもというのであれば秘密の特訓に付き合いましょう」


「いや、今日は辞めておこう。僕も疲れた。明日も練習があるし、今日は真っ直ぐ帰ろうか」


「おやすみなさい。また、明日」


 いつの間にか、僕と沙夜は家に着いていた。

 沙夜から大事なことを教えてもらい、僕はその日の夜、ベッドに寝そべりひたすら天井に目線を向けていた。

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