第41話 二人だけのレッスン


「私と共に頑張りましょう。どの道、あなたも出なければ私は力が発揮出来ません。何故なら私は一人では何も出来ないからです」


 学校からの帰宅路で沙夜は言った。もちろん無表情である。


「沙夜。あの雰囲気からはさすがの僕もやらない訳にはいかないから引き受けたけど、本当はしたくなかったんだからな」


「何故でしょうか」


「だって主演になれば一番注目される役柄だ。失敗したら恥ずかしいだろ」


「それはおかしな話です。あなたは私に主演をやれと言いながら、自分ではやりたがらない。まさに他人に厳しく自分には甘いという指導者であれば誰も付いて来ない類の人間です」


「それは言われなくても分かっているよ。自分でも情けない。だからそれじゃダメだと思って引き受けたんだ」


「私はあなたの足を引っ張っているのでしょうか」


 沙夜は無表情ながら震えるような声で言った。

 自分に責任を感じたようなものの言い方に考えさせられた。そのように思わせてしまった僕は恥ずかしい。


「そんなことない。これは僕が好きでやっていることだ」


「すみませんでした」と、沙夜は寂しそうに言った。


「僕も克服することは山積みだな」


「でしたら演劇を通して共に克服していきましよう。それが私とあなたの大きな課題であると推進します」


「うん。そうだな。一緒に頑張ろう。今回の演劇をすれば沙夜の性格も少しは変わるさ」


「あなたは人前に立つことに慣れることです。お互い克服できると良いです」


 僕と沙夜はお互いの変えるべき部分を指摘し合った。まずは自分の短所を認め、長所を活かすことから始まる。


「提案なのですが、家に帰る前に少しだけ練習していきませんか?」と沙夜は言う。


「それは構わないけど、どこで?」


「あそこの公園はどうでしょう?」


 沙夜は誰もいない公園に指を指す。

 誰もいない公園で早速、僕と沙夜は秘密の特訓が始まる。

 演技として普段と切り替えることによって感情移入させようと試みるが、沙夜の外見はいつもの沙夜であった。セリフはセリフとして喋らせることは出来るが、どうも棒読みになってしまい感情が篭っていない。今になって始まったことではないが、ここを崩さない限りは前に進むことは出来ない。


「んー、そっか。外見が沙夜だから難しいのかな」


「それはどういう意味でしょうか?」


「ちょっとだけいいか」


「辞めて下さい。何をしているのですか」


 僕は沙夜のメガネを取って自然体の髪からポニーテールにしてあげた。


「外見を変えることによって中身も変わるかと思って」


「私は視力が非常に悪くメガネを取られたら何も見えなくなる程の近眼である為、メガネを返して欲しいと訴えます」


「逆に見えない方が変に考えなくていいから案外アリかもしれないだろ。いいからもう一回さっきの演技をしてみてくれ」


 僕にそう言われ、沙夜は渋々演技をする動きに入る。


「こうなったらやるしかない。私は負けない。どんな困難があろうと私は必ず元の世界に戻るんだから!」


 沙夜はあるセリフを言った。その仕草はキレがあり、完璧な演技だった。感情もしっかり出ていた。


「沙夜。凄いよ。本物の役者みたいな演技だったよ。意識したの?」


「意識をしたのかと問われればしました。しかし、前が見えないのでもがくような動きをしてしまいますので少々見苦しくなりましたと自覚しております」


 スイッチが切れるといつもの沙夜だった。僕の手からメガネを奪い去り、それを掛け直す。いつもの姿に戻った沙夜に僕はガン見していた。


「私の顔に何か付いているのでしょうか?」


「いや、付いていないけど。なんていうか、沙夜、コンタクトにしてみない?」


「何故ですか? 私は目にモノを入れるような行為は好ましくありません。何故なら、乾燥感があったり、汚れが付くと目に痛みを感じたり、違和感があって目を傷つけてしまうからです。私は将来的にもメガネで過ごすつもりです」


「そうなんだ。まぁ、強制をするつもりはないけど」


「何故か腑に落ちない言い方が非常に気になります。言いたいことがあるのでしたら遠慮なく申してみてはどうでしょう。まどろっこしいことは嫌いです」


 沙夜は迫るように僕に言う。その圧力に僕は一瞬怯んでしまう。


「いや、なんて言うか、その、メガネがない方が際立っていると言うか、そっちの方が僕としてはいいかなって思っただけだよ……沙夜?」


 沙夜は急に僕に背を向けて縮こまっていた。なんだかモジモジした素振りでかなり怪しい。


「一つの提案として受け取ります」


 背中を向けたまま沙夜はそう言った。

 なんだかよくわからないがひょっとしたら照れているのを隠しているのではないかと僕は安易に予想できた。

 その日から部活が終わった後は度々、沙夜と僕は帰る前にこの公園で練習を繰り返すようになった。

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