第5話 帰り道と猫


「DVDどうだった?」と、僕は帰り道、沙夜に聞いた。


「はい。大変素晴らしい劇でした」


「僕も同感だよ」


「ただ、一つ気になる点がありました」


「気になる点?」


「はい。竜宮城のお姫様。おそらく彼女は代役だったと思います。何故なら言葉と行動に切れがありませんでした。一番大事な場面で演技不足はまずあり得ません。そこで独自の演技を即興で挟んだと推測します」


「あぁ、だからオリジナルのシーンがあった訳か。でも、どうして代役なんかで本番を迎えたんだろう」


「理由ならいくらだって考えられます。当日の体調不良、本番前の緊張に逃走、通学前の事故。何かしらの問題が起きたことは確実と言えるでしょう」


「それはいいとして、実際に部室に行ってみて入部は視野に入れているの?」


「その件に関しては……」


 と、沙夜が言いかけたその時、沙夜は立ち止まってある方向を直視した。


「どうした?」


 僕は沙夜の見ているものを一緒になって見る。そこは公園で学ランを着た中学生三人組の姿があった。石を投げている様子である。その標的に僕は声をあげそうになった。

 その標的は猫である。木に登って降りれなくなった猫に向かって石を投げているのだ。


「ニャー」


「アタリ! でも威力が弱いから落ちないな。次は俺が打ち落としてやるよ」


 と、誰が先に猫を木から落とすかのゲームをやっている様子である。


「あいつら!」


 僕が止めに入ろうとしたその時、沙夜が中学生の元に走っていく。

 向かっていく中、落ちている石を拾い上げて投げるフォームをする一人に向かって沙夜は石を投げた。見事にその一人の背中にクリーンヒットした。


「痛っ!」


 石を投げつけられた中学生は沙夜の姿を捉えた。


「いてぇな。何すんだよ。コラ!」


 投げつけられた本人はかなりお怒りの様子だ。


「お言葉を返すようですが、それはこちらの言葉です。何故なら今の痛みの叫びは猫も同じ感情だからです。きっと猫は痛いと言っています」


「はぁ? 猫が喋るかよ。ゲームの邪魔をするなよ。こっちは千円かかっているんだからな」


 と、理不尽にも中学生は自分の都合を主張した。


「あなたたちがゲームをするのはご自由ですが、猫を巻き込むのは違うのではと私は感じます。何故なら……」


「うるせぇ! お前みたいな地味女に関係ないだろうが! さっさと失せな!」


 沙夜よりも年下の割には威勢が凄まじかった。中学生は特に反抗的な態度であり、自分より年上は敵だと思い込んでいる年頃である。下手に刺激を与えると何を仕出かすか分からない。しかし、猫を置き去りにできない状況に僕は悩んだ。それは沙夜も同じだろう。

 ふぅーと大きく深呼吸をする沙夜。僕は嫌な予感がした。


「地味女とは私のことでしょうか?」


「他に誰がいるんだよ」


「この場に女は私しかいません。よって地味女とは私のことを指しています」


「分かったなら消えな」


 沙夜は背負っていたリュックサックを投げ捨てた。投げ方が完全に怒っている。


「……沙夜?」


 沙夜は僕を見向きもしない。真っ直ぐと中学生三人に視界を捉えている。

 沙夜は真っ直ぐと三人の元に向かっていく。一体何をするのかまるで分からない。


「な、なんだよ」


 沙夜は一人の前に立ち止まった。完全に沙夜が弱く見えるが、沙夜は全く怯まない。

 そして次の瞬間、沙夜は男の手首を強く握った。手に握られていた石が足元に落ちた。


「今すぐ辞めて下さい」


 その口調は丁寧で落ち着いているが、とてつもない殺気を放っていた。


「ぶっ殺してやる!」


 サイドにいた仲間が興奮したように援護をする為、沙夜に殴りにかかる。


「沙夜!」


 沙夜は華麗に攻撃を交わし、腕を後ろに回し相手を地面に叩きつけた。馬乗りになり、動きを封じた。


「痛い!」


「私に攻撃を仕掛けたら腕を折ります。あなたたちの選択権は二度とこのような行為をしないと誓うのみです」


 二人の仲間は怯んだ。手を付けれない状況である。


「お前ら! 早くなんとか……っが!」


「口を開かないで下さい」


 沙夜は力を加え、制圧する。


「沙夜! 辞めるんだ!」


 僕は止めに入る。


「お前ら、もうこんな悪ふざけなんかするな。分かったか」


 仲間の二人は何も言わず、公園から逃げ出した。


「沙夜! その手を放すんだ」


「なんで逃したのですか? 私はまだ誓いの言葉を聞いていません」


「もういいだろう。いいから早くその手を放すんだ」


「…………」


 沙夜は一行に手を放そうとしない。


「沙夜!」


 僕は無理やり手を放させた。その拍子に中学生は仲間の後を追うように逃げ出した。


「そこまで痛めつける必要はないだろう」


「しかし、こうでもしない限り、相手は分からないはずです。何故なら、人は恐怖を与えたら同じ誤ちはしない生き物だからです。よって、私は痛みで恐怖を与えることにしました」


「やりすぎだ。そこまでしなくても彼らはちゃんと分かったはずだ」


「『はず』では判断できません。確実に与えることが得策です」


 こうなった沙夜は一歩も引かなかった。自分の判断が正しいと思ったら何がなんでも貫くところがある。僕の役目は暴走してしまった沙夜にブレーキをかけてあげること。


「それはまた今度だ。今は猫を助けよう」


「そうでした。私に任せて下さい」


 そう言って沙夜は木登りを始める。スカートの中が見えようがお構いなしに猫のいる枝まで登っていく。


「おい! 沙夜、パンツ見えている。それに落ちたらどうするんだ。そういう役目は僕がやるから降りてこい」


「来なさい! 猫!」


 僕の言葉が耳に届いていないのか、沙夜は猫を手招きしながら近づく。対して猫は「シャー」と鳴きながら警戒する。沙夜の無表情な顔に猫は後ずさりをする形になっている。


「言うことを聞きなさい」


 沙夜は蛇のように上体を左右に動かしながら絶妙なバランスで猫に近づく。


「観念しなさい」


 沙夜は飛びつくように猫を掴んだ。その反動で枝に重心が加わり折れてしまい、沙夜と猫は地面に真っ逆さまに落ちていく。僕は沙夜の着地地点に向かって身を投げた。


「痛……くないです」


「痛いのはこっちだよ」


 僕は背中で沙夜を受け止めた。


「一つ言わせて下さい。私が怪我一つせずに済んだのはあなたのお陰です。ありがとうございました」


「そう思うんだったら早くそこをどいてもらえると助かる」


「はい。これは失礼致しました」


 ともあれ、沙夜が無事で何よりだ。

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