第6話 猫の飼い主宅へ


「ところでその猫は野良なのか?」


「いいえ。この猫は飼い主がいます。何故なら首輪をしているからです」


「そうか。解き放ったら自分の家に帰れるかな?」


「ここから歩いて十分ほどの距離にこの猫の飼い主がいます」


「なんでそんなこと分かるの?」


「何故なら首輪の裏に住所が記載されているからです。よって今から私はこの猫を飼い主の元に届けようと思います」


「そうか。なら付き合うよ」


 記載された住所の前にたどり着くと白を基準とした一軒家だった。高そうな外見にどんな金持ちが住んでいるのか興味が湧いた。表札には『harukaze』とローマ字で彫られていた。


「はるかぜ?」と、僕は聞き覚えがある名前に疑問を持つが、沙夜はお構いなしに呼び鈴を押した。


「ピンポーン」と鳴り響くチャイムにインターホンから応答があった。


「はい。どちら様でしょうか?」


 インターホンから聞こえたのは若い女性の声だった。


「あ、えっと。僕たちここの住所が記載された猫を届けに来たのですが」


「…………」


「……えっと、あの」


「その猫は三毛猫ですか?」


「ええ。茶色と黒と白が混ざり合った三毛猫です」


「少々お待ちください」


 そこでインターホンが切れた。


「ミケフィーユちゃん! どこに行っていたの?」


 扉から勢いよく出て来たのは髪を縦ロールに巻いた女性だった。若作りをしているがおそらく四十代前半と推測した。


「ミケフィーユちゃん?」


 僕は猫の名前にドン引きだった。なんだ、その美味しそうな名前は。

 女性は僕に目も呉れず、沙夜が抱きかかえている猫に向かっていく。


「あー良かった。無事に帰って来たのね」


 猫は飼い主の懐に収まり、ご機嫌な様子である。


「どうもありがとうございました。お礼をしますのでどうぞ上がって下さい」


 女性は家に招き入れる。


「いえ、お構いなく。僕たちはもう帰りますので」


「そう言わずに。ミルフィーユがあるので良かったらどうぞ」


「ミルフィーユ?」


 ここで沙夜は食い付いた。沙夜は大のミルフィーユ好きである。食べれると聞けば目が輝く。と、言ってもメガネが光るだけなのだが。そんな訳で僕たちは家の中にお邪魔することになった。



「あら、うちのミケフィーユちゃんにそんな酷いことをする人がいたの?」


「はい。でも、もう二度とそのようなことがないように僕が注意をしておいたので大丈夫です」


「このミケフィーユは……失礼。このミルフィーユはとても美味しいです」と、沙夜は言い間違いを訂正した。


「ありがとう。でもミケフィーユちゃんは食べても美味しくないわよ」


 返事をするように猫は「ミャー」と鳴いた。

 それはいいとして、僕は数々の家具を見てどれも高価そうなことが気になった。


「そういえば、この家はかなり豪邸ですが、どんな仕事をされているのですか?」


 沙夜は僕が気になっていたことを質問していた。沙夜は思ったことをすぐに口に出す子供のような一面があるので横にいる僕はそわそわしていた。


「ん? あぁ、うちの旦那は遊戯施設の経営をしているの。近所にあるボーリング場やカラオケ店はうちの経営施設ですよ」


「それは興味深いです。私もそこにいる猫さんに生まれ変わりたいです」


 それはつまりお金持ちの子(猫)になって有意義な生活を送りたいとでも言いたいのだろうか。女性はツボに入ったのか、笑っている。


「そういえば、その制服、うちの娘と同じ学校よね?」


「そうなんですか?」と、沙夜は首をかしげる。


「えぇ、もうすぐ帰ってくると思うけど……」


 その時、玄関の方から「ただいま」と声がかかる。


「噂をすれば。ちょっと待っていてね」


 すると、すぐに顔を覗かせる女子高生の姿があった。


「あれ? 冬月さん、夏宗君。どうして家にいるの?」


 現れたのは春風桃華はるかぜももかだった。


「あ、ここって春風の家なんだ」と、僕は驚いた。いや、家に入る前になんとなく察しついていたが、あえて知らないフリをした。

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