第7話 春風宅の騒動
「ここが私の部屋だよ。どうぞ、遠慮せずに入って」
春風は僕たちを自分の部屋に通した。ピンクの柄に可愛いぬいぐるみが飾ってあっていかにも女の子の部屋という感じだった。
「うちのミケフィーユの件、ありがとう。おかげで助かったよ」
「あの美味しそうで変な名前を付けたのはあなたですか?」
「おい! 沙夜」
突発で失礼な質問に僕は静止させた。
「あぁ、やっぱり変だよね。あれはお母さんが付けたの。三毛猫とミルフィーユをかけてミケフィーユ。でも、あの子、お母さんにしかあまり懐かないんだよね」
「そうなんだ。それにしても春風の家ってお金持ちなんだな。びっくりしたよ」
「んん、そうでもないよ。私は普通の暮らしで良かったかな」
嫌味とも言えるような発言が気に障ったが、僕は何も言わなかった。
「そういえば、春風はなんで演劇部に入ろうと思ったの?」
「単純な理由なんだけど、中学の時にお父さんに歌舞伎の公演を観に行ったのがきっかけなの。演技がもの凄く上手くて私もあんな演技をやりたいと思ったのがきっかけなの」
「そうなのか。じゃ、将来は主役を狙っている訳だな」
「うん。そうだね。うちの学校は最近になって演劇部ができたからまだ賞は取れていないけど、私たちが一丸となって取っていけたらいいなって」
「そっか。じゃ、これから頑張らないとな」
その時だった。
バタン! と下から大きな物音が鳴り響いた。そして次の瞬間、男性の怒鳴り声が聞こえてきた。
「え? 何?」
「あちゃー。また始まったよ」
春風は頭を抱えながら言った。
「ごめんね。うちのお父さんとお母さんは顔を合わせるといつも喧嘩しているの。せめて友達がいる前ではやめてほしいんだけど」
「あなたのお父さんとお母さんは何故、仲が悪いのですか?」
沙夜は何の前触れもなく聞いた。僕は空気が読めない沙夜に口を塞ぐ。
「あぁ、いいのよ、夏宗君。実はうち、お金のことで揉めているの。お父さんが主に稼いでくるんだけど、お母さんはそのお金を好き放題使っているの。高級品が新たに置いてある度に大喧嘩。どっちも引こうとしないから困っているのよ」
「そうだったんだ。それは大変だね」
「うん。私的には二人には仲良くしてもらいたいんだけど、どうしたらいいか分からないんだよね」
春風は大きな溜息を吐いた。ここ最近の悩みではなく長期に渡って悩んでいる様子だった。そんな時、沙夜は突如、立ち上がった。
「沙夜? トイレか?」
僕はなんとなく嫌な予感がした。
「私がその気持ちを代弁して二人の仲を取り持ちます」
そう言った沙夜は部屋から出て行く。
「待て、待て、待て。部外者のお前が安易に踏み込んでいいところじゃないだろう」
僕は沙夜の左腕を掴んで静止させる。
「しかし、彼女は困っています。このまま放置をしていたら最悪、離婚して転校をすることになるでしょう」
「だとしてもそれは僕たちにはどうにもできない。だから……」
「放っておくと?」
僕は言い返せなかった。それも一つの選択として仕方がないこととは春風の前では言えなかった。
「もう我慢の限界だ。これ以上、俺の金で好き勝手するようであればお前なんかと離婚だ!」
「そんなの無理に決まっているでしょ。桃華だっているのよ。今更出来る訳ないじゃない!」
「桃華は俺が引き取る。お前は猫と共に出ていけ!」
「なんですって⁉ ふざけんじゃないわよ。こうなったら」
そこで僕たちが見た光景はお母さんがナイフを持ち、お父さんがゴルフクラブを持っていて膠着した状態だった。その中心に沙夜が立ち塞がるように前に出た。
「そこまでです。武器を放して話し合いましょう」
「き、貴様! 何者だ。勝手にうちに入り込んで」
僕たちの経緯を知らないお父さんは興奮がエスカレートしていた。
「私は冬月沙夜。春風桃華さんのクラスメイトです。まずは武器を捨てて下さい。話はそれからです」
「部外者が他所の家庭の事情に入り込むな! 目障りだぞ!」
「もう、辞めて二人とも!」
春風は涙声で訴えた。それにより場の空気が凍りついた。
「二人で仲良くしていこうよ。どうして喧嘩ばかりしかできないの? 私は二人を見ているのが辛いよ」
「桃華……」
二人の親は顔を見合わせた。
子供に言われてしまったことで冷静さを取り戻したようだ。
「理由はどうであれ、武器を持った時点で悪者になるのでやめたほうがいいでしょう。では話し合いましょう」
何故か他人の夫婦喧嘩に沙夜は仕切り出す。だが、誰も怒る気力は起きず、素直に聞き入れていた。
「見苦しい姿を見せちゃったね。この件については内緒にしといてもらえるかな」
家の外まで見送りをしてくれた春風は申し訳なさそうに言った。
「勿論だよ。それより本当に両親は大丈夫なのか?」
「まぁ、言いたいことを言い合った訳だし、改善することは出来るよ。私もどっちかの味方にならないように口を挟むことはしなかったけど、今後はお互いの意見を聞きあって仲を取り持つよ」
「そっか。仲良くなれるといいな」
「させてみせるよ」
「一つよろしいでしょうか?」
ここまで黙っていた沙夜は口を開いた。
「何?」
「あなたのことが興味深いと感じました。演劇部の入部をしてもよろしいでしょうか?」
「バカ! まずは謝って……って」
「本当に? 私と演劇部に入ってくれるの?」
「はい。自分自身の克服も長年の課題であり、直したいと思っていました。それと、あなたとは良い友達になれそうだと勝手ながら判断してしまいました」
「全然良いよ。わぁーありがとう。これからもよろしくね」
春風は沙夜の両手を取って上下に揺らした。
「いえ。ただ、一つ条件があります」
「条件?」
春風は首を傾げる。すると沙夜は僕の方に振り向いた。
「あなたも一緒に演劇部に入って下さい。私はあなたがいないと不安です」
「なっ!」
愛の告白のような発言に僕は驚く。
「だって。夏宗君。ここは一つ頼まれてくれないかな?」
春風は小動物のような眼差しで僕を見た。勿論、それは予測がついていた。僕が一緒に入らないと何も始まらない。だって僕は沙夜の世話役なのだから。
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