第4話 勧誘


「ねぇねぇ、夏宗君。少しいいかな?」


 そのように話を振ってきたのはこのクラスの室長(学級委員のようなもの)である春風桃華はるかぜももかだった。愛想が良く誰とでも話せる人柄で笑顔が輝いて見える可愛い子である。僕が少し気になる存在だ。


「ん? どうしたの?」


 あくまで平常心で答える。女の子と普通に話せるのは沙夜を置いて他にいないので内心緊張気味だった。


「夏宗君って冬月さんと仲がいいよね?」


「うん。まぁ」


「どういう関係? 中学からの同級生だったりする? もしかして二人は付き合っていると私は推測しているんだけど、実際どうなの?」


 何も事情を知らない者から見れば付き合っているように錯覚するだろう。しかし、断じてそれはない。僕と沙夜の関係は世話をする者とされる者である。沙夜を一人歩きさせると何が起こるか分からない。なので、いつも僕の目の届く範囲に置いているに過ぎないのだ。


「ただの幼馴染だよ。恋愛感情があっていつも傍にいる訳じゃないよ」


「ふーん。そうなんだ」


 と、春風は納得していない様子だった。まぁ、無理もない。


「まぁ、それはいいとして夏宗君に頼みたいことがあるんだよね」


「頼みたいこと?」


「うん。一応私はクラスのまとめ役だからさ、クラスメイトとは交流を深めたいと私は考えている訳。そこで私は冬月さんと仲良くなりたいんだ。だから協力してよ」


「協力って僕に何をさせたいの?」


「そうだなぁ。とりあえず仲良くする演出を考えたからちょっと耳貸して」


 僕は春風の作戦に頷き、渋々承諾した。




「なぁ、沙夜。ちょっといいかな?」


「はい。なんでしょう?」


 放課後、僕は帰宅の準備をしている沙夜に向かって言葉を投げかけた。


「そういえば、部活は入らないのか? 先生が今月中に決めるようにって言われているからさ。どうなのかなって」


「私は部活動には興味がありませんのでこのまま帰宅部になろうかと思っています」


「興味がない? なんで?」


「私は自分の進行度に則って学校生活を送りたいからです」


「進行度? あぁ、自分のペースってことね。でも、学校生活で友達がいないのはつまらなくないか? 現に話し相手は僕以外にいない訳だし。だったら部活動をして交流を増やしていけばより良い学校生活が送れると思うんだけど」


 そのように言うと沙夜は難しい顔をして考え込んだ。


「はい。確かに一理あります。しかし、私に向いた部活動が思い浮かびません」


「中学の時、美術部にいたじゃん」


「あれは仕方がなく入っていただけです。中学時代は必ず部活動に入らなければならない決まりがありました。やりたいと思って入った訳ではありません」


「じゃあさ、まだ体験入部期間だから見学に行こうよ。それから決めればいいさ。僕も行きたいところがあるから一緒に行かないか?」


「はい。そういうことでしたらお付合いします。それで何部でしょうか」


「着いてからのお楽しみ」




「ようこそ! 我が演劇部へ! おやおや? 誰かと思ったら同じクラスの冬月さんと夏宗君ではないか。よく来てくれたね。私のこと分かる?」


 春風はわざとらしいリアクションで出迎えてくれた。ちなみに春風の作戦は沙夜を演劇部に入部させて交流を深めるというもの。興味を引く為にあれやこれやと企てていくというがその内容については知らされていない。ちなみに僕の仕事はここに連れてくることと春風の発言に共感することである。


「春風桃華。出席番号二十八番。同じクラスの室長です」と沙夜は言う。


「おぉ! 私のこと知ってくれてて嬉しい」


「同じクラスの顔と名前は認識しています」


「それなら話は早い。ねぇ、冬月さん。私と一緒に演劇やらない?」


「お断りします」


 ストレートに誘ってストレートに断られた場に一瞬、静まり返った。


「えぇ、どうして?」


「私には演劇をするには荷が重いと判断したからです。何故なら私は自分の感情をうまく表現できない為、演技をするには乗り越えなければならない障害が大きいからです」


 そう、沙夜の言う通り、彼女は自分の表現が上手く表せない。その為、たとえ演技だろうと感情を出すことは困難と言えるのだ。僕はこの展開が予め読めていた。


「冬月さんはそれでいいの?」と、春風は意味有り気に言った。


「どういう意味でしょうか?」


「ずっと自分の感情を出さずに高校生活……いや、人生を終わらせてしまうの? そんなの寂しいじゃない。少しでも克服したい気持ちがあるのなら一緒になって克服していかない? 私は協力するよ」


 ここまで真剣に沙夜と向き合ってくれた人はいない。沙夜の心が開こうとしているかに見えた。

 春風の言う通り、これをきっかけに沙夜も変わってくれたら僕としても助かる。自分を変えると言う意味では演劇部は最適な選択である。感情を出してそれを観客に見てもらうとなれば嫌でも変われると思う。


「沙夜。やってみないか? ここなら友達も作れるだろうし、自分を変えるチャンスだと思うぞ」と、僕は背中を押す。


「しかし、私では皆さんに迷惑をかけるので」


 沙夜は拒んでいた。まだ押しが弱いのだろうか。


「あ、っと……迷っているようなら後日、返事を聞かせて。強制はしないからさ」


 春風は気を使って言った。押してダメなら引いてみると言うことだろうか。

 しかし、ここからどのように引き込むのだろうか。春風の作戦は続くと思うが、僕は知らされていない。


「はい。すみません」


「いいって、いいって。そうだ! 去年先輩たちが文化祭でやった劇のDVDでもみて欲しいな。私も観たけど、凄いんだよ」


 春風はDVDをビデオデッキにセットして僕たちを椅子に座らせて映像を流した。

 劇の内容は『浦島太郎』である。所々オリジナルがあるが、白熱の演技で楽しく鑑賞することができた。視聴した僕たちは春風にお礼を言って部室を後にした。

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