第16話 過去編②


 小学校三年生の時にこんなことがあった。

 ある昼休みの時だった。クラスで餓鬼大将の男子生徒が鼻から血を流して倒れていた。そこには沙夜が拳を掲げた姿があった。

 そのシーンを見た者は誰もが沙夜が暴力で制圧したように見えた。

 先生を呼ぶ生徒ですぐに騒ぎが広がり、二人は保健室に連行される形で連れてかれた。


「一体、何があったの?」と担任の教師は険しい口調で二人を問いただす。


「こいつが意味もなく突然、殴ってきたんだよ」と餓鬼大将の男子生徒は説明する。


「冬月さん。それは本当なの?」と担任の教師は確認を取る。


 が、沙夜は目を合わせたまま何も喋らない。その表情から何を考えているのか読めなかった。


「どうなの?」と再度、担任の教師は問いただすと沙夜は「私は何も悪くありません」と答えた。


「理由はどうであれ、相手に怪我を負わせてしまった。まずはその事実を認めて謝るのが筋だと思います」と担任の教師は言った。


 経緯はどうであれ、結果だけを見れば沙夜に非がある。それは紛れもない事実である。


「謝る理由は私にはありません」と沙夜は言い放った。


 こうなると沙夜は頑固なので覆るのは針に糸を通す程、難しい。

 担任の教師は溜息を吐いて呆れてしまう。


「先生、ちょっとよろしいですか?」


 困った状況に僕は一人の女子生徒を連れて現れた。


「夏宗君。ごめんね。今、大事な話をしているから教室に戻っていてくれる?」


「そういう訳にはいきません。沙夜は悪くないんです」


「それはどういうこと?」


「あの、冬月さんは私を庇ってくれたんです」


 と、僕が連れてきた女子生徒は言う。

 ものの経緯はこうである。


 その女子生徒は父から誕生日プレゼントとして貰った髪飾りを付けて登校した。桃色で花びらが大きいのが特徴だった。彼女にとってはお気に入りの髪飾りだ。

 しかし、それを見た餓鬼大将の男子生徒は彼女の頭から髪飾りを奪ってしまった。

 必死に取り返そうとする彼女だったが、体格も大きくて手も届かなく苦戦を強いられた。

 それを必死に取り返そうとする行動が気に食わなかったのか、餓鬼大将の男子生徒は髪飾りをピッチャーのフォームで二階の窓から投げ捨ててしまったのだ。落下の衝撃で髪飾りの花びらの部分が砕けて壊れてしまった。

 跪いて泣いていた彼女を見た沙夜は理由を知ると餓鬼大将の男子生徒に向かって暴力を振るったと言う訳が一連の流れだった。それを僕が彼女の代わりに説明をしてあげた。

 真相が分かったところで沙夜の処罰は軽減されたが、沙夜は自分が悪いとは認識がなく謝ることはなかった。


「お前、あのまま僕が間に入らなかったら何も言わなかったのかよ」


「はい。結果、そのようになります」


「確かに今回は相手に非があったと思うけど、話し合いもせず、いきなり殴り掛かるとか普通じゃない」


「話し合い? その前に相手が受けた苦痛を自分も受けるべきだと思います。それが世の中の流れです」


「いや、そうだとしてもまずは話し合いが先だ。人間は話すことが出来る生き物だ。いきなり暴力を振るうなんて動物じゃないか。おまけにお前は女なんだぞ?」


「私は動物以下で女でもないと言いたいのでしょうか?」


「あぁ! そうだ。お前は間違っている」


「お言葉を返すようですが、私は自分が正しいと思ったことは他人にどう言われようと覆るつもりはありません。たとえ、他人から見て間違っているとしても私は私を貫きます。それが、私が私である為の存在意義です。あなたに説教をされる覚えは何もありません」


 無表情で落ち着いた口調であるが、初めて沙夜が感情を表に出した瞬間だった。ただ、それは身勝手な感情だ。正常ではない。


「お前、やっぱり普通じゃない。おかしいよ」


「はい。私は普通ではなくおかしいです」


「勝手にしろ」


 僕は沙夜と話すのに嫌気が指し、向き合うことなく逃げてしまった。

 それ以降、僕は沙夜との関わりを絶ってしまった。

 周りの同級生と同じように沙夜を避けた。

 結果、沙夜はずっと一人ぼっちで学校生活を過ごすことになる。

 それでも沙夜は自分を貫いた。どんなに周りから避けられても気にならないかのように。

 無表情で淡々とした敬語も変わることなく何を考えているのか分からない。

 それが冬月沙夜という人物だ。

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