第51話 開幕④


 第三、第四、第五の試練は難なくクリアすることが出来た。二人で協力し合い、試練をこなすことで僕と沙夜とのギクシャクした関係が一つになりつつある絆が三つの試練をこなした後で深まった。


 どの試練も観客を巻き込んだ参加型のものにしているので飽きさせることなく会場を楽しませていた。しかし、それも束の間。物語はクライマックスに向けてシリアスになろうとしていた。


「後、残された試練は二つね。さぁ、次はどんな試練が待っているのか少し楽しみね」


 試練をこなすうちに沙夜から余裕の発言が飛び交った。これまでの試練は大きなミスをしない限りは確実にクリアすることが出来るものばかりである。後、二つの試練も簡単であろうという余裕の演技である。


『さぁ、第六の試練にたどり着いた二人。ここからどのような試練が待っているのでしょうか……』とナレーターは言う。


「よくぞ、ここまでたどり着いたわね。だが、その運もここまでよ」


 スポットライトに当たりながら第六の刺客が僕たちに向かって近づく。

 悪魔のコスプレをした小林先輩である。内心はかなり恥ずかしそうであるが、うまく演技をこなしている。


「あなたが第六の刺客ですか?」と沙夜は質問する。


「いかにも。私は第六の刺客のコバ。準備はいいわね? この下衆ども」


 不敵な笑みを浮かべながらコバは強気の発言をする。元々のキャラとも合っているので尚更迫力も出ていた。

 緊迫した空気の中、僕と沙夜はコバから距離を取る。


「ここからの試練は今までとはランクが別次元。クリアすることが出来たとしても一人だけ。もう一人はリタイアすることは免れない」


「どういうこと……?」と僕は発言する。


「ルールを説明するわ。二つの扉があります。一つは最終ステージに行くための扉。一つはこの異次元の蟻地獄の扉。尚、この扉を通れば二度と元の世界に帰れない。それぞれ通ることが許されているのは一人のみ。さぁ、誰がどの道を通るか選びなさい」


「選べって言われても。もしかしてこれが試練? 何かゲームのようなことはないわけ?」と沙夜はコバに聞く。


「ないわ。それぞれがどちらかの道しか選べない。五分後、通らなければ二つの扉は消滅して試練失敗。二度と元の世界に帰れない」


「そんな」と僕は驚きを露わにする。


 数秒の沈黙が辺りの空気を重くする。


「僕が蟻地獄の扉を通る。君は最終ステージの扉に行くんだ」


「待って。そんなこと出来るわけないでしょ。私が蟻地獄の扉に行く」


「強がりはよせ。君は生き残るべきだ」


「強がりはあなたよ。そんなの絶対に認めない」


「どちらかしか生き残れないんだ。分かってくれよ」


「そんなの納得できる訳ないでしょ」


 醜い争いが続いた。その間にも刻々と時間は過ぎて行く。


「沙夜。もう時間もない。だから……」


「うん。私が蟻地獄の扉に入る。もうこれは決定事項よ」


 沙夜は満面の笑みで言う。


「さようなら。必ず元の世界に戻ってね。応援しているから」


「沙夜。ごめん。それは出来ないよ」


 沙夜は蟻地獄の扉に入ろうとした時、僕は言う。


「どういう意味?」


「だって……」


 次の瞬間、僕は沙夜の腕を鷲掴みにして扉から遠ざけるように投げ飛ばした。

 尻餅をつきながら沙夜は転び落ちる。


「沙夜。君が元の世界に行くんだ。僕はここでゲームオーバーさ」


 僕は蟻地獄の扉を潜った。


「なんで? なんで私なんかの為に?」


「それは君のことが……」


 僕がそう言いかけたその時、扉は閉ざされてしまった。


「太陽!」


 沙夜は扉に手を伸ばしたまま言った。

 扉が消え、無情にも沙夜はその場に膝間付いた。ここで悲しみの演技となり、沙夜は深く崩れ落ちた。


『大事な戦友を失った冬月沙夜。そして彼女は最終試練を受ける為、残された扉を潜ることに』と、ナレーターの解説と共に舞台は暗くなり、次のステージに切り替わる。


「ようやく辿り着いたな。冬月沙夜」


 暗がりの中、僕は言う。


 舞台に照明が当てられた時、僕はマジシャンの姿で沙夜の前に現れた。

 沙夜は苦しみの中、視線は下に向けられた。緊迫したこの演技は本当のクライマックスだ。僕も最高の演技で立ち向かう。


『現実世界に戻る為に最後の試練の刺客はこの世界に送り込んだ張本人のマジシャンが少女に立ちはだかる。果たして、その最後の試練とは……?』


 と、ナレーターも緊張感のあるセリフだ。


「最後の試練。それは鬼ごっこだ。五人の手下が現実世界に通じる扉の鍵を持っている。その中で本物の鍵を持った手下を捕まえれば試練突破。但し、五分以内に捕まえられなければ失敗。永遠に帰れなくなってしまう。準備はいいか。冬月沙夜」


「お願い。私と協力して手下を捕まえることに協力してくれる人を募集します。挙手をお願いします」


 そこでたくさんの挙手が上がる中、小学生の男の子二人を舞台に上げた。


「良い仲間を連れたな。では手下に登場してもらおう」


 次の瞬間、煙が立ち込めて全身黒タイツで鍵をぶら下げた人物が舞台の中心に現れた。


 その数は五人。


「ゲームスタートだ」


 開始と共に手下は会場を走り回る。それを追うように二人の子供は追いかける。観客からが「頑張れ」と声が掛かる。

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