第20話 そして現在へ


「その事件、聞いたことがあるよ。うちの小学校で当時、騒いでいたから印象に残っていた。それ、お前たちのことだったんだな」


 秋山は頭から捻り出すように言った。


「私もうっすらとしか覚えていないけど、同じ市だったし噂になっていることは知っているよ」と、春風は言う。


「あぁ、当時はマスコミにも騒がれた。だが、プライバシーもあるし未成年だから僕たちの名前は伏せられていた。結構苦労したんだ」


「災難だったな」


 同情の意味を込めて秋山は言った。


「今回、こんな結末になって世話役失格だよ。また沙夜を傷つけてしまった。おばさんに合わせる顔がないよ」


「それは夏宗君のせいじゃないよ。そんな重く受け止めないで」と春風は心配するように言った。


「ありがとう。春風。でも世話役は無茶をしないように見張ることが努めだ。理由がどうであれ、結果だけ見たら僕の責任だ」


「夏宗君……」


 コンコンと扉がノックされ、開かれた。

そこには小林先輩とその仲間たちの姿があった。


「先輩たち、どうしたんですか」と秋山は言う。


「夏宗、これ」


 小林先輩はメガネを差し出した。これは沙夜のメガネである。


「あ、ありがとうございます」


「冬月の容体は?」


「見ての通りです」


「そっか。ごめん、私のせいで無抵抗な冬月を痛めつけてしまった。今になって凄い反省している」


 先輩たちは深く頭を下げた。


「小林先輩……」


 その反省の誠意に僕たちの心は打たれる。


「何か、私たちに出来ることはないかな? 可能なことであればなんだってする」


「でしたら、一つ頼まれて欲しいことがあるんですが……」と、僕はある閃きをする。




 ピンポーンと呼び鈴が鳴り響く。


「はーい。あ、太陽君」


 ドアを開けてくれたのは沙夜の母だった。


「こんにちは」


「こんにちは。って、沙夜どうしたの?」


 小林先輩の背中に担がれていた沙夜を見て沙夜の母は心配そうに言った。


「実は放課後に部活で頑張り過ぎちゃって突然倒れちゃったんですよ。でも、安心して下さい。軽い疲れから出た症状だろうと保険の先生は言っていたので今晩ゆっくり睡眠を取ったら元気になると思いますので」


「それでわざわざ皆さんで送ってくれたの? 言ってくれれば車で迎えに行ったのに」


「いえ、おばさんの手を煩わせるまでもなかったので。それに学校からそんなに距離はありませんし」


「そう? わざわざごめんなさいね」


「ベッドまで運んでいいですか?」


「いいの? 何から何まで本当にごめんなさいね」


「いえ、当然のことをしているに過ぎません」と僕は少し格好つけてみる。


 とかなんとか僕たちは沙夜を自宅のベッドまで運び入れるのに成功した。

 何度も沙夜の母にお礼を言われて、無理やりお土産を持たされそうになるが僕たちは丁寧に断った。

 おそらく目を覚ました沙夜は驚くだろう。

 そして、親に今回の件は話さないと思う。だから僕たちからも何も言わないようにした。もしも親に伝わってしまったら沙夜が嫌がると思うからだ。

 沙夜には困ったもので自分の弱さを見せるのは嫌う。

 そんな強いプライドを持っている。

 僕としてはそのプライド邪魔にしかならないが、そこも沙夜としては克服すべき課題の一つだ。僕の前で弱さを見せた時が大きな信頼を得た時だと思う。

 果たしてその時はいつ来るのだろうか。

 それとも一生来ないか分からない。

 演劇部を通じて少しずつさらけ出してほしいと僕は願う。今はゆっくりおやすみ。


「先輩たち。わざわざすみません。沙夜はプライドが高いので目を覚ましたらまた無理すると思います。辛いのに一人で帰らせる訳にもいきませんので助かりました。ありがとうございます」


「うん。いいよ。私から言うのもおかしな話だけど、これからは先輩、後輩として仲良くさせてもらうよ。また、困ったら頼っていいからね」


 小林先輩は良い笑顔で言った。


「それじゃ、私たちも帰るよ。また明日ね」


 春風と秋山はことが済み、自分の家に帰っていく。


「ようやく一段落ついたか」


 僕は伸びをしながら隣の自宅に帰ろうとする。


「ん?」


 僕は何かを踏んでしまい足元に視線を落とす。

 そこには花柄の定期入れが落ちていた。

 僕はそれを拾い上げる。中を確認すると『ハルカゼモモカ』と記載されていた。

 春風の持ち物だと知った僕は無いと困るだろうと思い、急いで春風の後を追った。

 すると歩道橋の上で秋山と二人でいる春風の姿を捉えた。

 見つかったことに安心し、大声で春風を呼ぼうとしたその時だった。

 春風が秋山の肩に手を回し、背伸びをして唇を差し出したのだった。ここからはハッキリ見ることは出来なかったが、間違いなく二人はキスをしたのだった。僕は身体に力が入らず春風の定期入れを地面に落とした。


「ハハ……。嘘だろ」


 僕は信じられなかった。

 二人はいつの間にか、付き合っていたということを思い知らされた。

 現実はなんて酷なんだろうか。

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