第19話 過去編⑤

 病院に運ばれた僕は軽傷で済んで入院には至らなかった。ただ、沙夜に関しては命に別条はないが、出血大量と打撲、骨折で重傷を負ってしまった。

 そして逮捕された男は三十二歳で無職であり、ロリコンのゲームにハマっていた。その結果、リアルの小学生の女の子を狙って近所を彷徨いていた。今回の不審者はこの男で間違いなかった。この男には誘拐と殺人未遂で重い刑罰が下されることになる。


「太陽」


「太陽君」


 病院に駆けつけたのは僕の母と沙夜の母だった。

 目を合わせて早々、僕は母にビンタされた。そこは抱き寄せるところだろうと思うが、ビンタされるようなことをしたのでなんとも言えない。


「バカ! なんでそんな無茶をしたの?」


「ごめんなさい」


 僕は頬を痛がりながらも目を逸らした。

 すると、力強く母は僕を抱き寄せて泣いた。あぁ、結局するんだね。


「死ぬほど心配したんだから。あんたがいなくなったらどうしようかと思った」


 母の不安が押し付けられて自分がバカだったと思い知らされた。

 病院のソファに僕と母は俯いたまま座る。


「夏宗さん」と、呼びかけるように沙夜の母は近付いてきた。


「冬月さん、沙夜ちゃんの容体は?」と母は心配そうに聞いた。


「命には問題なさそうです。三日くらいは起きないだろうって。それに一ヶ月以上は入院が必要だって。傷はもしかしたら残るかもしれないって」


 沙夜の母は今にも泣きそうな口調だった。いや、既に泣いている。

 母は沙夜の母の肩に手を置いた。


「若いのに。それに女の子なのにお辛いですよね。本当に災難だった」


 堪えきれなくなり、二人の母は分かち合うように大泣きした。

 近くで見ていた僕はことの経緯を全て話した。それを聞いたらまた泣いていた。人生最大の災難だった。


「太陽君、沙夜について話したいことがあるから聞いてくれる?」


 沙夜の母は言った。


「はい。なんでしょう」


「あの子、感情を表に出さないでしょ? それは私のせいでもあるの。隣に引っ越してくる前に沙夜は前の夫からひどい嫌がらせを受けていたの。暴力も振るわれていたこともあった。このままでは私も沙夜も殺されると思って私たちは逃げた。その結果、沙夜は綺麗な日本語で自分の感情を隠した。笑ったことは私も見たことがない。友達もいなさそうだし、どうしたらいいか分からない。そこで太陽君にお願いがあるの。沙夜の世話役として傍にいてほしいの。また、今回みたいな無茶をさせない為にも見守ってあげてほしい。そして、出来たら沙夜を笑わせてやってほしいの。本当の沙夜をさらけ出してやってほしいんだ。無茶を言っているようだけど、これは太陽君にしか頼めない。だから……」


「分かりました」


「え?」


「沙夜の世話役は僕が引き受けます。だから安心して下さい。沙夜が無茶をしないように僕がずっと見守っていますから」


「ありがとう。ありがとう。本当にありがとう」


 沙夜の母から感謝された。


 こうして僕は沙夜の世話役として傍に寄り添うことになったのだ。だが、尚も沙夜が笑った姿は見たことがない。それに無茶な行動を全部が全部止めきれていないというのが現状だった。

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