第35話 主演にさせるために①
「ここで何をしようというのでしょうか」
沙夜は何故、自分がここに呼び出されたのか分かっていない様子だった。
僕が沙夜を呼び出した場所は体育館である。そこに待ち受けていたのは春風、秋山、そして小林先輩である。
「やー、やー冬月さん、よく来たね」
春風は「待っていました」と言わんばかりに腕を組み、堂々と待ち構えていた。僕が今まで見ている限り、二人がまともに接触したのはあの騒動の日以来である。
不思議なことに二人とも気まずいような感じはなかった。まるで取っ組み合いの喧嘩をしたことが夢だったように思わせる。沙夜に関しては常に無表情で感情が分からないが、少なくとも春風にはそのような雰囲気はない。
演技が出来ない沙夜に演技(本性)が上手い春風だ。
「冬月さん、私と勝負しようか」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて春風は言った。
今回、春風が提案したのは沙夜の負けず嫌いという性格を利用したものであった。
無表情であるが、勝負ともあれば沙夜は絶対に逃げないし意地になるところが伺える。そこをうまく利用して劇の主演に対してやる気にさせようということである。
確かに春風から勝負を仕掛けられて断るはずはない。
「一体何をしようというのでしょうか」と沙夜は早くも勝負に乗り気な発言だ。
「あれよ」
春風が指を差したのは卓球台だった。卓球部から借りたようである。
何故卓球なのか、その糸口は分からないが沙夜も春風も卓球の経験がないのは明白であった。もう少し勝負の方法があるだろう。ただ、春風が得意なゲームって何かあっただろうか。考えても思いつかない。
「勝負は三ゲームで先に二ゲーム先制した方の勝ちってことでいいかな?」
「問題ありません。しかし、何故急に勝負することになったのでしょう。負けたら何かあるのですか?」
「冬月さん。察しがいいね。どの通りだよ。負けたら罰ゲームが待っています。負けたら勝った相手の言うことを一つ聞くこと。但し、精神的なダメージを与えることは却下。あくまでも可能な範囲内のことのみというのが今回の条件だよ」
春風の提案は無謀だった。ゲームをしながらやんわりと主役の話を持っていくという回りくどいやり方を提案していたのだ。
そのゲームの内容が何故、卓球になったのか、その判断は僕には分からない。そもそもこんな無茶なルールに沙夜は乗るのかどうか信じがたい。
「なるほど。とても面白そうですね。その勝負は是非受けてみたいです」
沙夜は乗り気になっていた。思ったよりも単純に乗ってくれたようだ。
前代未聞の春風と沙夜の対戦。二人が位置に着くと禍々しいオーラを放っていた。
服装は制服のままであるが、雰囲気としてはそれっぽい。サーブは沙夜から始まる。しかし、沙夜はラケットを振ったその時だった。
「え?」とその場にいた全員が呟いた。沙夜は綺麗に空振りをしていたのだ。
「私は卓球をやったことが一切ありません。よって十五分の練習を頂戴したいと私は提案します」
沙夜は無表情でそう言った。
出来ないなら何故勝負に乗ったのか僕は突っ込みたい。その後、沙夜はサーブの練習を十五分していた。キッチリとタイマーをセットした上である。
卓球とは誰もが気軽に出来るスポーツであり、旅館の風呂上がりには定番である。一週間ほど練習すれば多少は上達するとも言われている。
「では始めましょうか」
気を取り直してといった感じで春風は言う。
今度はしっかりとサーブを決めた沙夜。そのサーブを春風は打ち返す。春風は楽しむように試合をする中、沙夜は相変わらず無表情でラケットを振っていた。しかし、目は本気だった。手抜きなんて一切ない。試合は難航し互角の戦いが続いた。
「冬月さん。そんなに意地になって私に何をさせたい訳?」
「私は何事にも常に全力です」
ラリーを続けながらも二人は会話も交わらせていた。
「はぁ!」
威勢と共にスマッシュを打つ春風であったが、その投球はコートに入ることなく床に落ちかけた。ファールで沙夜に点が入ることになるが、沙夜はその投球と取りこぼすことなく打ち返し、見事なスマッシュを決めてしまった。
「この勝負は私の勝ちです」
見下ろすような形で沙夜は言い放った。これぞ完全勝利であると言いたげのように。
「うわー。負けた。冬月さん強いね。私の完敗だよ」
笑顔ながら春風は言った。ぱっと見、悔しそうには見えないが心の中では酷く悔やんでいるに違いない。
「さぁ、冬月さんは私にどんなことをさせたいのか言ってみて」
「それはとっておくということでよろしいでしょうか。今の段階では全く思いつきませんので」
「しょうがない。許可しよう」
春風は親指を立てた。
「あんた、何負けてんのよ。負けたら意味ないでしょう」
勝負の行方を見ていた小林先輩が我慢できない様子で入ってきた。
「あ、先輩。すみません。気が緩んでいました」
春風は悪びれる素ぶりを見せながらも軽い言い方なので気持ちが薄れていた。その笑顔は許してしまうような魔力を感じてしまう。
「冬月、次は私と勝負よ。いいわね」
「はい。次は何をするのでしょう」
連戦にも関わらず、沙夜は涼しい顔で言った。実際、どうなのか分からない。
「バスケのフリースロー対決。先に三回ゴールを決めたら勝ち」
「はい。分かりました」
沙夜と小林先輩の対決が始まろうとしていた。
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