第36話 主演にさせるために②
僕としては沙夜にあまり無理をさせたくないが、これはある意味沙夜の為にもなってくる。何故なら主演をさせる為の通過点になっているからだ。僕はここで見守るしか出来ない。
「今回は練習なしの本番真剣勝負だから」
小林先輩は念を押すように言った。
確実に勝つ為に練習なんてさせないのだろう。
「はい。分かりました」
「じゃ、私から行くわね」
小林先輩は自ら先行に立った。
投げたフォームは綺麗にゴールに吸い込まれるかのように入る。
聞いたことによると小林先輩は中学時代、バスケ部に所属していた。経験者ということもあり、沙夜にとっては部が悪いのは明白だ。
ゴールを決めた小林先輩は妙に清々しい表情を浮かべていた。まるで勝ち誇ったかのようである。
その様子を沙夜は難しい顔でじっと見ていた。
「さぁ、次はあんたの番よ。冬月」
「分かりました。行きます」
ボールを手に持った沙夜はゴールをじっと見つめる。おそらく頭の中でイメージを膨らませているのに違いない。
これはひょっとするとひょっとするかもしれない。
沙夜はシュートをした。
しかし、そのフォームは不自然で足をバネにしすぎてボールは勢いを増してボードで大きく跳ね返った。そのままボールは沙夜の顔面に直撃した。
「ウギャ!」
変な声が沙夜から漏れていた。そしてそのまま沙夜は後ろ向きに倒れた。
「沙夜!」
僕は真っ先に沙夜に駆けつけた。
「大丈夫か? 怪我してないか?」
「私は大丈夫です。何も問題ありません」
冷静に言うが、顔が少し赤くなっている。まぁ、大きな外傷はないので問題はなさそうだ。それにしても「ウギャ!」って。笑そうになるが、僕はグッと笑いを堪えていた。
「あなたの顔が憎たらしく見えます。後で覚えておいてください」
沙夜は睨むように僕に言い放った。後が怖い。
だが、結局、集中力が途切れてしまった沙夜はこのフリースローの戦いは敗北してしまった。それに沙夜は初心者だ。仕方がないと言えば仕方がないことだ。
「私の負けです」
沙夜はあっさりと負けを認めた。あの負けず嫌いな沙夜がこうもあっさり負けを認めるのは珍しいことではないだろうか。だが、負けを認めた沙夜の表情は悔しそうには見えない。何事もなかったように平然としている。
「約束通り、勝者からの言うことを聞いてもらうわよ」
小林先輩は笑みがこぼれながら言った。未経験者に勝ったことがそんなに嬉しいのだろうか。
「それじゃ言うわよ。冬月! あなたは今日から私の下……」
「すみませんがお断り致します」
沙夜は小林先輩が言い終わる前に言った。
小林先輩は今、何と言おうとしたのか。
おそらく『下僕』という言葉を発しようとしていなかっただろうか。間違いなくそのようなことを言い渡されたら誰だって断るに違いない。まだいじめっ子の精神が残っているのであればやめて頂きたい。そもそも、今回の目的を失っていないだろうか。
「それもそうね。今のは冗談よ。冗談に決まっているじゃない」
冗談に見えないのは僕だけだろうか。
「じゃ、改めて言わせてもらうわ。冬月!」
「あなたは少し勘違いをされていると私は助言します」
「勘違いですって?」
「はい。私はあなたとは負けたら勝った方の言うことを聞くとは一切約束した覚えがありません。よってあなたが勝とうがそれに対して言うことを聞くつもりは毛頭ありません」
確かに沙夜と小林先輩との間にそのような約束はしていない。見方を変えると直接約束はしていないのは事実である。
「確かに直接的に約束はしていなかったけど、あの流れから考えたら普通同じ条件になるでしょ」
「私からしてみれば何が普通の基準なのかさっぱり分かりません。そういうことですので用が済んだのであれば私は帰らせていただきます」
そう言って沙夜は背を向けて帰ろうとする。
このまま帰られたら僕が困る。
「ぐっ! 沙夜!」
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