第37話 説得
「沙夜!」
僕は沙夜の手首を掴んだ。
「私に何かご用でしょうか」
不機嫌ながらにも沙夜は答える。
さっきの笑いを堪えていたことを気にしている様子である。沙夜は根に持つ性格だ。
「ごめん。僕が悪いんだ。全部、僕のわがままでみんなが協力してくれたことなんだ」
「それは一体どういうことでしょうか」
「それは、その……なんて言うか」
「ハッキリ言いなさいよ。夏宗!」
僕が言葉に詰まっていると小林先輩は怒ったように言った。
僕は言うかどうか迷った末に、沙夜に向き合って言う決心を固める。
「沙夜、聞いてくれ」
「はい。何でしょうか」
「僕は君に笑ってほしい。泣いてほしい。怒ってほしい。楽しんでほしい。喜んでほしい。つまり僕が言いたいのは感情を豊かにしてほしいってことなんだ」
「以前にも言いましたが、私にはそのような感情はありません。克服したい気持ちもありますが、こればかりはどうにもなりません」
「変えたい気持ちがあるのなら僕にチャンスをくれないか?」
「どういうことでしょう」
「演劇で主演を沙夜がするんだ」
「いいえ。私にはその役目には荷が重いと依然、申し上げております」
「沙夜の言いたいことは分かる。だが、それで本当にいいのか? 今、ここでやらなければずっと変えることができず、同じような生活が続いていくことになる。沙夜、よく考えるんだ。沙夜の自分を変えたいという気持ちが少しでもあるのであればここで決断するんだ。変えたいのか、このままでいいのか。今、ここで決めてくれ」
僕は両手を沙夜の肩を掴みながら目を合わせて言った。強く心に呼びかけるように。
「…………」
沙夜は俯いて黙ってしまった。
唇が少し動いて何かを言葉に出そうとしている。
「私にそのような欲はありません。ただ、欲張りを言えば普通の人のように笑いたいということです」
「沙夜……」
「主演をやれば私自身が変えられるという保証はあるのでしょうか」
「僕に任せろ。僕は沙夜の世話役なんだから」
「それは何も解決になっておらず私には不安しかありません」
沙夜はジト目になりながら言った。無表情が少し崩れた出来事である。
「沙夜の言っていることは何も間違っていない。でも、僕を信じてほしい」
「あなたがそこまで言うのであればその気になっても構いません。ただ、これは私だけの問題ではなく、皆さんに迷惑をかけてしまう可能性があるのでそこが大きな心配であります」
沙夜は周りのみんなを見た。みんなは真っ直ぐな目で沙夜を見ている。
「その時はその時だ。僕が責任を取る。沙夜は何も心配することはないさ」
「冬月さんが変わってくれるなら私は全力でサポートするよ」と春風。
「まぁ、冬月には恩があるし、今回は特別に手助けするわ」とふてくされながら言う小林先輩。
「俺も全力でサポートする。なんでも言ってくれ」と秋山。
「な? みんなお前の為に協力してくれるって言っているし、その気持ちに甘えてもいいんじゃないか? これをきっかけに変わってほしいとみんな願っている。だから沙夜」
「分かりました。ここはあなたに免じて私は主演の立候補を致します。それで問題ないでしょうか」
「冬月さん。頑張ろうね」
我慢できず、春風は沙夜の手を握った。
こうして沙夜はみんなの協力のもと、主演の挑戦を余儀なくすることになったのだ。
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