第34話 主演の推薦

 

 沙夜の世話役である僕は重大な任務を任されてしまった。なんとか沙夜の意思を変えて主演を努めて貰わなくてはならない。だが、こんなの勝手に僕が決めてもいいのかと真崎部長に相談してみると。


「冬月さんを主演にする? あぁ、その件なら白雪さんから聞いているよ。私としては問題ない。だが、やる気がなければ主演は到底務まらない。そのやる気は果たして冬月さんはあるのかな?」


「いえ、沙夜は乗り気ではないです。あの、真崎先輩。沙夜がやる気であれば主演をさせてくれるんですか?」


「それは言い切れないが、他にもやりたい人はいるはずだ。その中で最もやる気に満ち溢れているかが選ぶ基準だ。ただやる気があればいいという訳ではない」


「そうですか」


「君はどうなんだい?」


「え?」


「冬月さんに主演を務めてもらいたいと思っているんだろ?」


「それはそうですけど。やっぱり白雪さんは僕たちの為に書いてくれたんで他の人が出るには惜しいと思ったんです」


「と、いうことなら君も主演するんだろ?」


「あ、言われてみればそうなりますね。今、気付きました」


「おいおい、しっかりしてくれよ。そんなので大丈夫なのか」


「すみません。でも、沙夜が出るなら僕も喜んで主演をさせて頂きます」


「その気持ちはよく分かった。だが、劇まで長い期間がある訳ではない。明日だ。明日までにやりたいという意思がなければ私が独断で主演を決める」


「分かりました。必ず、沙夜の意思を向けさせます」


 こうして僕は沙夜に主演をさせる為に意思を向けさせることになった。沙夜をやる気にさせるにはどのように仕向ければいいのか考えを練った。




 正面から向かって主演をやってくれと頼んでも当然断られるのがオチである。ならどうすればいいのか。僕は頭を捻る。


「そういうことなら協力するよ」


「本当か?」


 僕は迷った末、秋山に相談していた。


「協力はするけど、具体的に何をすればいい? やる気がないのをやる気にさせるには実際難しいぞ」


「そうだよな。僕もそこが思いつかないんだよ」


「そもそも、なんでお前は主演を冬月にさせたいんだ?」


「それは沙夜の為の物語だからやらせたいという世話役心だよ」


「世話役心? 初めて聞く言葉だな」


「とにかく僕は何としても明日中に沙夜をやる気にさせたい。それが僕の願いだ」


「どうしてそこまでしたいんだ」


「決まっているだろ。これは沙夜の殻を破るチャンスの企画だ。これで感情をさらけ出すことができれば僕の世話役としての業務も終えることができる」


「なるほど。それが本心って訳だな」


 沙夜は自分の感情が出せない子だ。せめて演技の中でもいいので感情を出すきっかけになってほしいと思っていた。沙夜は責任感のある強い子だ。なら大役という責任を引き受ければ演技の中で素の自分をさらけ出すことも出来る。そう、僕は考えている。


「なになに? 何の話をしているの?」


 そこに割り込んできたのは春風だった。僕は思わず驚く。


「あ、なぁ。せっかくだし、春風にも協力してもらえば?」


 秋山は思ってもみない提案をした。その振りに僕は頷く。


「まぁ、そうだな」


 僕は事情を春風に話した。


「そういうことなら私も協力するよ。任せて」


 春風はガッツポーズをして自信に満ち溢れていた。

 しかし、その姿に僕は不思議でしかなかった。

 春風に対して聞きたいことは山ほどある。

 ただ、今の春風はいつもと変わらない姿だ。

 それに秘密を守りあっている中であり、春風は沙夜のことをよく思っていないことを僕は知っている。


 何故、嫌いな相手の為にそこまで積極的になれるのか。

 僕のことはどのように思っているのか。

 素の春風はどれなのか。

 と、いった感じに聞きたい気持ちがあるが秋山の前ではそんなことは言えるはずもない。


 ただ、これだけは言える。

 目の前の春風は僕が知っている元気で明るく優しい春風である。あの時の春風は夢ではないのかと自分を疑いたくなる。実際、あの日から僕は春風をなんとなく避けていたのかもしれない。だが、元の春風がいて安心した。これが元の姿かは置いておこう。


「じゃ、私に良い案があるんだけど、聞いてくれる?」


 春風は内緒話をするかのように手で口元を隠しながら小さな声で言った。



「沙夜、少しいいかな?」


 僕は放課後、沙夜に話しかけた。


「はい。少しという表現はどれくらいの時間を取ることになるのでしょうか」


「正確な時間は分からないけど、沙夜に来てほしいんだよ」


「分かりました。あなたの為ならどこにでもついて行きましょう」


「うん。ありがとう」


 普段の沙夜は僕のお願いは聞いてくれる。

 まるで親の言うことを素直に聞く子供のように。

 ただ、自分が正しいと思ったことやムキになった時は手が付けられない。

 それ以外のことは世話役である僕の言うことは聞く訳だ。世話役という認識はされている。

 何はどうであれ、沙夜を誘き寄せることに成功して一安心である。

 さて、僕の役目は終わった。後は皆がなんとかしてくれるだろう。

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