第9話 演劇部の謎


 部活が終わると早速、グループLINEに通知が入った。


「お疲れ様。困ったことがあったりしたら使ってね」と春風からだった。


 続け様に秋山も「了解」と返事がくる。僕も「了解」と便乗する。


「承知しました」と堅苦しい返事をしたのは沙夜だった。

 沙夜は文面でもかしこまった表現をする。

 せめて文面だけでもゆるい会話ができないのだろうかと僕は思う。


「少し気になったことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 部活で上体起こしの筋トレの最中、沙夜は言った。


「演劇に何故このような訓練があるのでしょうか」


「文芸部は一切運動しない訳じゃないだろ。吹奏楽部や合唱部でも校内を走っている。体力作りはどの部活動でも大切な基礎だと思うけどな。なんだ? 入って早々、もう弱音を吐いているのか?」


「いいえ。決してそういう訳ではありません。私にとってはこの程度の訓練は大したことありません。ただ、これで私の克服計画が成立するのか気になっただけです」


「そんなすぐに結果は出るなら苦労しないよ。時間は掛かるのは当たり前なんだから」


「はい。分かりました。私なりに頑張ってみます」


 沙夜は素直に返事をした。


「それにしてもお前には疲れというものはないのか? 喋りながら腹筋三十回して汗一つ掻いてないぞ?」


「いいえ。私は凄く疲れています。死にそうです」


 言葉とは裏腹に全くそのような気配がないのはいつものことである。しかし、表情に出さないので、限界がきて突然倒れるパターンが僕としては怖い。過去にも突然倒れて病院に運ばれたことがあるのでいつも冷や冷やしている。

 

「おぉ、お二人さん頑張っているね」


 声をかけてきたのは二年生の女の先輩だった。名前は小林巫女こばやしみこ


「あなたは去年のお姫様の代理さんですね」と、沙夜は言った。


「代理……まぁ、その通りなんだけど」


 と、小林先輩は愛想笑いをする。


「あなたたち二年生は白雪姫愛しらゆきひよりさんについて私たちに嘘を付いている。あなたは何か知っているのではないでしょうか」


「沙夜、その件はもういいって」


 その時、小林先輩は顔を曇らせた。重苦しい空気がヒリヒリと伝わってきた。

「さぁ、二人とも。部長が呼んでいたわよ。キリが良かったら来てね」


 小林先輩は逃げるようにその場を去って行った。


「私の予測ですが、あの人はおそらく嘘をついています」


「いや、予測しなくても絶対嘘ついているのはわかるよ」


「では、その嘘を突き止めに行きましょう」


「それはいいって」


 沙夜は本当に小林先輩を追いかけようとしたので僕はそれを止めた。


「あぁ、その件は私も気になっていたんだよね」


 放課後、僕は春風に白雪姫愛の件について話していた。


「先輩たちは嘘をついていると私は考えている訳です」と、沙夜は言った。


一度気になったらスッキリしないと気が済まない性格なので面倒くさい。振り回される僕の身にもなってほしいものだ。


「確かに怪我が治ってからずっと学校に来ないのは変だよね。先輩たちにしか知らないトラウマがあるかも」


「トラウマって?」


「それは分からないけど、あまり公に出来ないような何かがあるんだと思う」


 それを聞いた沙夜は難しい表情を作る。


「おい、沙夜。また変なこと考えているんじゃないだろうな?」


「いいえ。私は何も考えていません」


 と、沙夜は明らかな嘘を付く。


「ねぇ、私も気になるからさ、手分けして情報を集めてみない?」


 春風は両手を合わせながら提案する。


「手分けしてってどうやって?」


「おそらく部員の間では話してくれないと思うの。だから他の上級生や先生に聞いたら何か分かるかもしれない。と、いう訳で聞き込みをしよう。秋山君にも手伝ってもらってもらおう」


「それでうまくいくかな?」


 僕は不安になる。


「やれることはやろうよ。この聞き込みは春夏秋冬だけの秘密でお願いね」


 こうして白雪姫愛の引きこもり事情を調べることになった。




 後日、僕と沙夜は春風と秋山を含めた四人で白雪姫愛についての聞き込みが始まった。

 白雪姫愛のクラスメイトを中心に聞き込みをしていたが、大きな手がかりは掴めなかった。

 どうやら彼女はクラスではあまり目立たず、ずっと本を読んでいるような生徒だったと言う。と、これは春風から聞いた情報だ。まるでどこかの誰かさんと似ている。


「あなたは何故、私の顔を観察しているのでしょうか。不快ですので辞めて頂けると助かります」


 素直に見るなと言えばいいが、沙夜はそういう言い方しか出来ないのは知っている。


「困りました。私は難題に差し掛かってしまいました」


 沙夜は思い詰めたように呟いた。あえて僕はそれについて「どうしたの?」や「何かあった」と聞かないでおいた。


 この場合、いつも余計なことを言って僕を困らせるのがオチだ。聞こえない振りをしていると「ゴホッ! ゴホッ! んん! んーん!」と、沙夜は咳払いをして何としても聞いてくれとアピールをする。うるさいから僕は仕方がなく「どうしたの?」と聞いた。


「私は彼女の謎を突き止めたいです。しかし、肝心なことに私には情報を聞き出す人物が周りにはいません。何故なら私はまだ入学から間もないですし、何より私は初対面の人と会話をすることが困難であるからです」


「それは僕も同じさ。欲を言えばどうしてこんなことに巻き込まれてしまったのか頭を抱えるよ」


「私用で巻き込んでしまったことに関しては謝罪します。申し訳ありませんでした」


「いや、いいよ。どのみち僕も少し気になっていたからスッキリしたいしさ」


「あなたはとても優しい人です」


「うん。ありがとう」

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