第56話 エピローグ(完)


 いつも、家の扉を開ければ沙夜がその場で待ちくたびれた表情で立っているはずなのに誰もいなかった。もう、沙夜は僕と一緒に通学していない。今まで当たり前だったことが急になくなると虚しい気持ちになる。これは世話役という関係がなくなってから続いた。これで良かったはずなのにどうも引っ掛かっていた。

 沙夜はもう、高校生だ。いつまでも子供じゃない。僕の過保護もいい加減にしてほしいところだ。


「太陽。おはようございます。私はあなたが公園の横を通るのを今か、今かと待っていました」


 ふと、沙夜に横から声を掛けられて後ずさりをしてしまう。


「どうかしましたか? 私がオバケのような反応はやめていただきたいです」


「沙夜。もう、世話役を終わったんじゃないのか」


「終わりました」


「じゃ、なんで僕を待ち伏せしていたんだ」


「世話役の関係が終わったら二度と関わらないということでしょうか」


「いや、そうじゃないけど」


「けど?」


「なんだか以前の関係と変わらないような気がしてならない」


「別にいいではありませんか。私たちは幼馴染です。それ以下でもそれ以上でもありません。今更、関わらないようにするというのは不自然ではありませんか」


「確かにそうだけど」


「それに今日はとても大切な日です。一緒に行きたい気分です。ダメでしょうか」


 ダメじゃない。これが僕と沙夜の関係なのだ。それに今日は……。


「行こう。沙夜」


「はい」


 と、沙夜は自分の右手を差し出した。


「手を……繋いで頂けませんか?」


「うん」


 手を繋いだ僕たちは歩き出した。


「太陽」


「何?」


「私、少しは変わりましたか? 表情が豊かになったとか自分では気づきにくいので教えて下さい」


「あぁ、充分変わったよ。普通の女の子だ」


「そうですか。ありがとうございます」


 沙夜の手は冷たくなっていた。細くて強く握れば折れそうな弱々しい手だ。それでもその繋がれた手から沙夜の温度が伝わってきた。


「夏宗君。冬月さん。おはよう」


 背後から春風に背中を押された。


「は、春風?」


 恥ずかしくなり、思わず沙夜から手を離そうとするが、沙夜はガッチリと手を握った。


 無言でただ首を横に振っている。


「沙夜……」


 言葉を交わさなくても気持ちがわかった。


「いよいよ。今日だね。気分はどうだい?」


 春風はニヤニヤしながら接してきた。


「僕は普通だよ」


「私は緊張しています」


 沙夜は目線を下に向ける。


「冬月さん。気合いだよ。気合い」


 春風は気分を盛り上げるようにガッツポーズをする。


「そう、ですね。桃華」


「ん? 今、なんと?」


「桃華」


 沙夜の口から春風の名前を呼ぶ。


「あの、私のことも沙夜って呼んでくれるかな?」


 思わず、僕と春風は顔を合わせる。


「勿論だよ。沙夜! うわーなんだか本当の友達みたい」


「私の大切な友達です」


「うわー、うわー」


 春風はオロオロと涙を浮かべる。気持ちは分かる。ようやく沙夜にも正式な女友達が出来ました。


「よし、会場まで競争だ。よーい、どん」


 照れ隠しなのか。春風は全速力で走り去ってしまった。


「え、ちょっと。春風! さ、沙夜。追いかけるぞ」


「はい。私は太陽と共に桃華を追いかけます」


 僕たちは演劇部の全国大会である秋のコンクール会場に向かって走り出した。

 結局、春風に追いつくことが出来ず、目的地で再会することになった。

 そこには既に演劇部の部員たちが待ち構えていた。皆、手を振ってくれた。

 ここで僕たちは演劇をする。沙夜と春風と秋山と部員の皆と共に全力を出すんだ。


「太陽、いよいよです。行きましょうか」


 沙夜は迷いのない表情で言った。


「うん。そうだね」


 沙夜に握られたその手は僕を引く。

 沙夜のその一歩がとても大きく感じ、僕もその手を握り返して一歩を踏んだ。

 沙夜が隣に居てくれることが頼もしく暖かく感じた瞬間だった。

 もう、何も迷うものはないんだ。

 なんて言ったって沙夜は僕のかけがえのないたった一人の幼馴染なのだから。


ーーー完結ーーー

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【完結保証】英語の翻訳みたいな喋り方をする幼馴染の世話役である僕は苦労が絶えない〜幼馴染である彼女の言動は奇想天外だった〜 タキテル @takiteru

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